不穏な問いかけ
拠点に転移した私たちは、それぞれの部屋へと向かう。
ユースケは、今まで来客用に使っていた部屋へとカイルを案内するようだ。
あの部屋は家具もきちんと揃っているし、少し広めだからルナと一緒でも大丈夫だろう。
ユースケとカイルの後ろ姿を見送って、自室に戻ると、ルミナスが飛び付いてきた。
最初は飛び付かれるたびに、バランスを崩して倒れそうになっていた私も、今となっては慣れたものだ。
危なげなくルミナスを抱き止めて、頭を撫でていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「はーい」
私が部屋の扉を開けると、そこにはユキナが立っていた。
「フィーちゃん、お風呂いこうにゃー」
「うん、いいよ!」
これが噂の裸の付き合いというものたろうか?などとどうでもいいことを考えながら、着替えを持って、一緒に浴場へ向かった。
なぜか少し警戒している様子のルミナスに首を傾げながら。
「うわー、すごいにゃー」
「でしょ?私もはじめはビックリしたもん。」
浴場に入ったユキナの感嘆といった様子の言葉を聞いて、なぜか私が得意気な気分になる。
いや、まったく私はお風呂の改造に関わっていないのだが‥…。
それはともかく、ぴったりと私にくっついて離れないルミナスを伴って、軽く体を流した後、湯船に浸かると、ユキナも湯船へと入ってきた。
「ねぇ、フィーちゃん、フィーちゃんは、いつ頃こっちに来たにゃー?」
「ん?私は三ヶ月くらいまえかな。」
「そうにゃんだー、寂しくなかったー?」
「うーん、確かに最初は寂しかった.‥かな。でも、すぐユースケとも合流出来たし、カイルにも助けて貰ったし、平気だったよ。それにルミナスもいるしね。」
「へぇー、よかったにゃー。殺したいくらいイラつく。」
「え?」
ユキナの言葉の最後の方が声が小さくて聞こえなかった私が聞き返すと、なんでもないにゃー。と言いながら、ユキナはにっこりと笑った。
笑顔のはずのユキナを見て、なぜか言いようもない恐怖が沸き上がってくるのを感じた私は、その感情を振り払って、体を洗おうと湯船から立ち上がろうとした。
「ッッ!!」
立ち上がろうとした私の腕を掴んだユキナに、私の直感が警鐘を鳴らす。
「な、なに?」
私が聞くと、ユキナは大声で笑いだした。
「ヒャハハッ!フィーちゃん、何で恐がってるにゃー?」
「あ、えと、そうだよね。ユキナは仲間だもんね。」
仲間に不信感を持ってしまった自分に嫌悪感をつのらせながら答えると、ユキナは一層笑みを深くした。
「そうだにゃー。おんなじギルドの仲間だにゃ。ところで、ひとつ聞いていいかにゃー?」
「うん。なに?」
「この世界の人間をどう思うにゃー?」
ユキナは何が言いたいのだろうか?
この世界の人間?どう思うとはどういう意味で?
質問の意味がわからなくて悩んでいる私に、さらに質問がとんだ。
「んー、質問が悪かったかにゃー?じゃあ、質問変えるね。この世界の人間は生きる価値があると思うかにゃ?」
「「ッッ!!!」」
ユキナの問いにルミナスと私が言葉をなくした。
生きる価値?
どういうこと?何でそんなことを笑いながら聞けるの?恐い。ユキナが…恐い。
ぐるぐると頭の中でユキナの言葉を巡らせる私の腕を離したユキナは「先にあがるにゃー」と言って湯船からあがっていった。
湯船からあがって、浴室から出ていくユキナの真っ白な尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れるのを見ながら、私は、その場から動くことが出来なかった。
自室に戻った私は、浴室での一件が頭から離れず、頭を悩ませていた。
ギルドの仲間であるユキナ。
ゲーム時代、何度も一緒にクエストをこなし、短くはない時間を共にしてきた。
職業が盗賊なわりに、穏やかでのんびりした性格だななんて常日頃感じていた。
「フィーちゃん、フィーちゃん」なんて呼んでくれるユキナを妹分のように思っていたのに…さっき浴室にいた少女は誰?
あんな獰猛な顔が出来る少女を…私は知らない。
「主様、主様!」
思考の渦に飲まれそうになっていた私を、ルミナスが救いだしてくれた。
「どうしたの?」
ルミナスに心配をさせたくなかった私はなるべく笑顔でたずねたが、次にルミナスから発せられる言葉によって、顔を歪ませることになった。
「ユキナという少女の魔力が、今、完全に禍々しいものに変わったのじゃ。」
「どういうこと?」
私はたずねる。
一筋の光を求めて。
嘘だと言ってほしい。今のは冗談だったと。
だが、ルミナスの答えは私の希望を打ち破った。
「ユキナという少女の魔力は、禍々しいものに侵食されておった。それでも完全に染まってはいなかったので黙っていたのじゃ。主様が『仲間』だと言っておったから。だが、今、完全に禍々しい魔力に変化した。このままでは主様が危険じゃ!」
わかっていた。
精霊は嘘をつかないことも。
浴室で私が感じた違和感や、頭に鳴り響いた警鐘も、気のせいなんかじゃないってことくらい。
全部わかっていたけど、信じたくなかった。
ユキナ、私はあなたが大切だよ。
それでも、ユースケやカイル、ルミナスやルナを傷つけるならば…私はあなたを許さない。
ユースケの部屋に急ぐ。
まだ髪が乾いていないけど、そんなことはどうだっていい。
「ユースケ!ユースケ!」
部屋の扉を力の限り叩く。
どうか無事でいてほしいと祈りながら。
「フィー?どうした?なんかあったんか?」
扉の中から出てきたユースケにひとまず安心しながら私は叫んだ。
「ユースケ!ユキナを拠点から排除して!早く!」
私のただならぬ様子を見て真剣な顔になったユースケは、すぐに魔法を行使した。
この拠点はギルド員かギルド員が招待したものしか入ることができない。
逆を言えば、ギルド員でなくなったものは、その場で拠点の外へ出される。例外なく。
ギルド員の除名が出来るのは、ギルマスのみ。
つまり、ユースケしかユキナを拠点から排除することが出来ないのだ。
ユースケがユキナを除名するための魔法を行使した後は、しばらく沈黙が支配していた。
その沈黙を破ったのは、今になって、溢れてくる涙が止められない私の嗚咽。
涙で滲む私の目に映ったのは、ユースケの苦しそうな顔と、心配そうにユースケの部屋の中からこちらを見ているカイルの顔だった。




