ユースケの考察
ユースケ視点です。
震えながら気を失ったフィーを背負い、王都から少し離れたところで魔法陣を発動させてユーランに戻る。
今日は久し振りに、昔はギルドで恒例だった『フィー弄り』を楽しんだ後、カイルとかいうフィーにちょっかい掛けているヤローに対してのささやかな威嚇をして回り、その後、冒険者ギルドの高ランク依頼を片っ端から転移を駆使してこなした。
ギルドの受付嬢は余りにも早い依頼完了に目を白黒させ、ギルド内にいた冒険者も不躾な視線を投げ掛けてきていたが、そんな事も気にならないほど、俺は機嫌が良かった。
フィーの昔と全く変わらない態度に、俺は嬉しくて浮かれていた。
この世界に飛ばされて四年。
たかだか四年だと言われるかもしれない。
だが、俺には何十年にも感じる四年間だった。
初めは何が起きたのかわからず、飛ばされた草原の真ん中で途方にくれ、魔物に襲われたことでやっと、認めたくなかった現実を噛み締めた。
ユグドラシルのステータスを引き継いでいたことに安堵し、共に絶望した。
俺はゲームではなりきりプレイで通していた。ユグドラシルを始める時、職業を魔法使いにした為に、魔法使いと言えば爺だろという安直な考えで外見をかなり弄った。最初は喋り方もなりきっていたが、途中で面倒になったからやめた。それからは『外見とのギャップが酷い』と言われ続けたが、ゲームのサービス終了の日、それもいい思い出として感慨深い気持ちになったくらいだ。
そう、ゲームの中ならば。
現実での俺は23才。
大学院に通う学生だった。
イタリア人の母と日本人の父を親に持ち、母の美貌を色濃く受け継いだためにかなり恵まれた容姿に育った。
それに伴って、寄ってくる女の嫌な部分を人よりも目にした結果、軽い女性不振に陥ってはいたが、学生生活を自分なりに楽しんでいた。
それがどうだ。
今や、若さはなりを潜め、老成した魔法使いになっている。
それもそのはず。キャラメイキングの時に選んだ種族はハイエルフ、年齢設定は1500歳。
それを考えれば当たり前の容姿だが、昨日までの自分とのギャップに打ちのめされる思いだった。
だが、これが現実だと認めてからの俺の行動は早かった。俺以外にも飛ばされた人間がいるのではないか。そう考えた俺は、移動を開始した。
草原に出る魔物やモンスターを魔法で倒しながら、ようやく見つけた村の門番が、俺のローブ姿を見て、ユーランから来たのか?と聞いたことで、ここがユグドラシルの中だという確信が深まった。それからは、村でひたすら情報を集めた。
ひとつひとつ、自分の記憶と照らし合わせるように。
村で丸一日情報を集めた結果、ここはユーランから程近いクルス村だということがわかった。
他にもいくつか気になる事を聞いたが、小さな村ではどの情報も噂話の域を出ず、信憑性に欠けると考えた俺は急いでユーランに向かった。
魔法使いの聖地、ユーラン。
俺が仲間と長い時間を過ごした街。
そして、俺が作ったギルドの拠点がある街。
身体強化の魔法を駆使して二日後の夜、ユーランに着いた俺は、はやる気持ちを押さえつけて拠点へと向かった。
街に入ってから見た街並みは、俺の知るユーランではなかった。無かった筈の高い建造物。夜にも関わらず行き交う人の多さに、不安が募る。
不安を押し殺して辿り着いた街のはずれ。
ギルド拠点は、俺が最後に見た約三年前から何も変わっていないように見えた。
その事にほっとした俺は入り口で認証を済ませて、緊張しながらギルド内へ入る。
もしかしたら仲間も飛ばされてきているのではないか?
だが、そんな期待はすぐに打ち砕かれた。
一人には広すぎるホールは静寂が支配している。
大声で仲間の名前を叫ぶも、反響した自分の声だけが響く。
そこで俺の涙腺は崩壊した。もしかしたら。そんな気持ちだけを支えにここまで来た。
辛かった。訳がわからない。何で、俺だけが。その言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。
ひとしきり泣いた後、己の身勝手さに気付いて愕然とする。
大事な仲間が俺と同じ目にあわなかった事を、喜びこそすれ、嘆くとはなんと勝手な事かと。
それから四年、ただただ空っぽな日々。
寝る間も惜しんで帰る方法をがむしゃらに探し続けたはじめの一年。
拠点の食料の備蓄も底をつき、生きるために魔法学院の教授を引き受け、働き始めた二年目。
働きながら学院の図書館にある数え切れないほどの本を読み、転移の魔法を改良し続けた三年目。
そして、何もかも諦めはじめた四年目。
正直、帰る方法なんて少し探せば見つかると思っていた。いや、そう信じていたかっただけなのかもしれない。
大量の本を読んで、やっと見つけた転移の魔法。
完成はしているが、魔力の消費量の為に発動できない魔法陣を、一筋の光と信じて改良を進めた。
だが、それはいくら改良しても元の世界に戻る方法として使える物にはならなかった。
限界だった。心も体も。
それからの俺は、一切、帰る方法を探すことをしなくなった。
学院で仕事をして拠点に帰る。たまに生徒と実習として魔物を狩る。ただその繰り返しの日々。
眠ると夢に出てくる両親の笑顔は、いつの間にか泣き顔に変わり、拠点にいる時間は、楽しかったゲームでの仲間をいやがおうにも思い出させる。
その度に感じる辛い感情に無理矢理蓋をして、なんとか生きているだけ。そんな毎日だった。
あの日までは。
俺の様子を心配した学院長から貰った長期休暇を、やることも無かったのでほとんど使って拠点の改造に精を出していた。
昔を思い出さないように、少しでもゲーム時代の拠点と違う場所を作りたかった。
それでも仲間の部屋や、倉庫は触れなかった。
俺や仲間が確かにこの世界に存在していた証だったから。
それに、最近もたらされた情報『王都の近くで魔物千体の討伐がなされた』それを聞いて、俺以外にもプレイヤーがこの世界にいるかもしれないと感じはじめたから。独自に調べた結果、今はゲーム時代から、約150年後。
今の時代の人間はゲーム時代に比べると、総じて弱い。
中級クエストである、通称『千体撃破』を成し遂げられる人間がそういるとは思えない。
もし、他にも同じ状況の奴がいるなら、この拠点にある装備は必ず役に立つはず。
俺は多分、仲間を求めていたんだと思う。かつて、地球という星の同じ空の下で生活していた、この世界でこの四年間、出会ったことのなかった同じ傷を持つ仲間を。
改造を終えて、疲れからか久し振りに夢も見ずに眠り、起きたのは昼間。
自分の部屋からホールに向かい、飯を作る。
最近は何を食べても旨いと感じなくなった飯を口に押し込み、強引に胃におさめる。
そんな時、懐かしい声が聞こえた。
声の方向に目を向けると懐かしい人物が驚愕に目を見開いていた。
「(おいおい、ついに幻覚まで見えるようになったか。重症だな俺も)」
「なっ、ユースケ!」
その人物が叫んだ声を聞いて、一瞬で意識が覚醒する。
心が喜びで一気に満ち溢れた。
かつてのギルドのサブマス、フィーがそこにいた。
思わず飛び付きたくなる気持ちを理性で押し込め、何でもなかったかの様に平静を装って声をかける。
「んあ?あ、フィー、久し振り」
浅ましくも、自分と同じ状況に陥った仲間を見て喜んでしまったことに自己嫌悪に苛まれる。
その後、いくつか話をしたが、心の中で喜びと自己嫌悪の気持ちが同時に存在していた俺は、自分の感情の整理に精一杯でよく覚えていない。
「これから大霊山に行くんだけど、一緒に行かない?」
正直、フィーの誘いに興味はなかった。
ゲーム時代に何度か足を運んだ大霊山。
確かに強い魔物やモンスターは居るが、レベルがカンストしている今となっては、倒すメリットがない。
それにフィーは強い。大霊山の雑魚ごときにはやられはしないはずだ。
だが、気がつけば俺は、一緒に行くと返事していた。その時の感情はただ恐怖のみ。
恐かった。やっと会えた仲間をなくすことが。
大霊山は強い魔物やモンスターの巣窟だ。
もしもの事がないとは言い切れない。
しかも、聞けば神竜の元まで行くという。
俺たちが何度挑んでも倒せなかった神竜。
俺が着いていったとしても、神竜と戦うことになったら勝てないだろう。
でも一緒に死ぬならそれでいい。
また一人には戻りたくなかった。
大霊山の山頂に着いた俺達は、懸念していた戦闘をすることなく、無事に神竜の子供を送り届ける事が出来た。
だが俺は別れ際に聞いた神竜の言葉が引っ掛かっていた。
帰れないというのはいい。いや、良くはないが、無理なんだと半ば気付いていた。
あの日までの俺なら、絶望に打ちひしがれていた事だろう。
でも今はフィーがいる。俺を知っている仲間が。
拠点に着いた俺は、気を失っているフィーをベッドに寝かせ、ルミナスと共にホールに向かった。
ホールに着くと同時にルミナスが、事情を一気にまくし立てる。なんとかルミナスを落ち着かせ、話を聞くと、予想もしなかった話の内容に言葉を無くした。
そうしていると、目が覚めたらしく、フィーがホールに出てきていた。まだ若干顔色が悪いし、汗をかいたのか髪の毛が顔に張り付いている。
汗を流すというフィーを浴室へ向かわせ、ルミナスと二人きりになったものの、さっきのフィーの様子が頭に焼き付いて、お互い言葉を発せずにいた。
しばらくして戻ってきたフィーに話を聞いて、まさかという思いが確信に変わるのを感じた。
以前、帰る方法を探している時に読んだ本の中にあった記述通り。
恐らくフィーに接触したのは魔族だ。しかも高位の。一瞬でかき消えて、その上自分以外の人間まで認識をさせない魔法など、高位の魔族にしか出来ないはず。
でもなぜフィーがこの世界の人間じゃないことを知っている?
まさか、あそこから出てきたのか?
まだあの地区の結界は破られない筈なのに。
俺は部屋に戻るというフィーとルミナスと別れ、拠点を後にした。




