人非なるもの2
まだ孤児院にいたころ、寄付されたお金で通っていた学校ではいつも陰口がつきまとった。
子供というのは残酷で、大人なら思っていても言わないような言葉を平気で投げ掛ける。
友達だと思っていた子にも『かわいそうだから友達になってあげた』と言われ、いつの頃からか何かを望む事ををやめた。
高校に入ってからはバイト漬けの日々。たまの休みも、友達だと呼べる人が居ない私は何をしたらいいのかわからなかった。
そんな時、【ユグドラシル】に出会った。無理をして買ったVR。私は何を求めていたのか。一体何を欲していたんだろう。
男は言う。笑いながら。
『君にはなにもない。誰も居ない。かわいそうな違う世界の女の子。』
違う!違う!私は一人じゃない!!
「やめて!」
私は飛び起きた。誰も居ない室内に自分の声が響く。汗だくの体。涙で濡れた頬。
「夢か…」
夢だったということに安堵の溜め息をもらし、自分を落ち着かせるとまわりが見えてきた。
ここはギルド拠点の私の部屋のベッドのようだ。どうやら眠っていたらしい。
体が汗でベタついて気持ち悪いので、とりあえず浴場に向かうことにした。
部屋から浴場に向かう途中、ホールを通りすぎようとすると、ユースケとルミナスの話し声が聞こえてきたので反射的に立ち止まる。
「ユースケ?ルミナス?」
名前を呼ぶと、私に気付いた二人が、こちらに近付いてくる。
涙を浮かべながら飛び付いてきたルミナスを力強く抱きしめた。
「主様ー、心配したのじゃー」
「ルミナス、心配かけてごめんね。もう落ち着いたから。」
「もう大丈夫なのか?」
ルミナスに謝っていると、いつの間にか魔法爺に戻っていたユースケが心配そうに尋ねてくる。
「うん、もう平気。ここまで運んでくれたんでしょ?ありがとね。」
「それくらいいい。それより何があった?ルミナスから少し聞いたけど。」
ユースケの問い掛けにビクリと肩が震える。
「ルミナスに聞いた通りだと思うよ。詳しい話は後でしよう。ちょっと汗流してくる」
あの男を思い出した私は逃げるように一人で浴場へと向かった。
お風呂にはいって心を落ち着かせた私は市場であったことをユースケに話した。
話を聞き終えたユースケは黙ったまま考え込んでいる。
「ユースケ?」
「あ、ああ。その男が人じゃないって何でわかった?」
「うーん、多分雰囲気?人と話してる感じがなかったの。なんか強大な魔物と相対してるような感じっていうのかな。それに…目が赤かった」
「!!目が赤い!?そりゃ人じゃねぇわ。」
そうなのだ。ここユグドラシルの世界では赤い目をした人間は存在しない。
ゲーム時代も現在でもだ。
その後、少し話し合い、情報が足りなすぎるということで、ひとまず話を打ち切り、各自情報を集めるということでまとまった。
三人で食事を済ませ、ユースケは出掛けるとのことなので、ルミナスと共に自室に戻る。
部屋に入って先程から何か言いたそうにしているルミナスに声をかけた。
「ルミナス、どうかした?」
「いやっ、あの…」
ルミナスには珍しいことに、随分と歯切れが悪い。
「ん?何か気になる?」
「実は今日のあの男なんじゃが…もしかしたら魔族かもしれん。」
ルミナスの話によると、魔族とは伝承上の種族らしい。
言い伝えとして伝わっているのは、目が血のように赤い、人間とは異なった魔法を使う、最果ての地で生活をしている、人間の前には決して姿を現さないということぐらい。
長い間生きているルミナスでさえ会ったことはないらしい。
ゲームの中でも魔族という種族はいなかった。
だが確かに、あの男がいきなり消えたのも魔法だと言われれば納得できるし、赤い目をしているというのも一致している。
だけど、私は、その話を聞いてなによりも気になる事があった。
最果ての地とはどこなのだろうか?
攻略ギルドの一員だった私はほとんどの地区に一度は行っている。行っていない場所でも、どんな所なのかぐらいは知っている。最果ての地と呼ばれるような場所なんてあっただろうか?
考えていた私の頭の中にふと浮かび上がってきた記憶があった。
ユグドラシルのサービス終了後に覗いた某掲示板の書き込みの一文。
『サービス期間内に解放されなかった地区がある』
まさか!と思った。
10年かかって解放されなかった地区などありえないと。なのにも関わらず、なぜか心に引っ掛かっていた。
真実かどうかはわからない。
でももし、その地区が解放されたのだとしたら?
そこが最果ての地なのだとしたら?
人間の前に姿を現さないのではなくて、地区解放されなかった為に姿を現せなかっただけなのだとしたら?
余りにも不確かな情報。
でもなぜだか二つの事柄が無関係だとはどうしても思えない私がいるのだった。




