お茶会
宿から出て暫くしたところでルミナスを実体化させ、私は招待状にある地図を見ながらクリスの家へと向かっている。
貴族街に入って数分後、私は困惑していた。
目の前には大豪邸。何度確認しても、地図はこの場所を示している。
「いや、まさか、でも。」
「主様?どうしたのじゃ?」
「いや、地図を見るとね、この場所なんだけど。」
「ならば入ればよいではないか」
「いや、でもねぇ」
私とルミナスが問答していると、執事服を着た壮年の男性がこちらへ向かって歩いてきた。
男性は私とルミナスの前まで来ると、「当家に何か御用でございますか?」と尋ねてくる。
不審者に見られているんではないかと内心焦りまくりの私は、
「あ、あのっ、実は道に迷ってしまったみたいで…‥」
とおずおずと招待状を見せる。
失礼しますと言って招待状を手にした執事さんは、一瞬驚いた表情をした後、
「失礼致しました。こちらの招待状は当家のクリスティーナ様が出した招待状で間違いございません。どうぞこちらへ。」
といい、にっこり笑いかけられた私は混乱しながらも執事さんの後に続いた。
私を応接室に案内し、暫くお待ち下さいと一礼して出ていった執事さんを見送り、私はいまだに混乱のさなかにいた。
ルミナスは堂々としたもので、大人しく案内されたソファーに座っている。
その様子に驚いて思わず聞いてしまった。
「ね、ねぇ、ルミナス!?なんでビックリしてないの?カイルの家がこんな大豪邸だなんて。」
「主様は知らんかったのか?妾に会ったときにルーネストの者だと言っておったのに。」
「いや、それは聞いたけど、ルーネストって何よ?」
「ルーネスト家と言えば王都の主要貴族であろう。妾でも知っておるぞ?」
「いや、私が貴族の名前とか知ってるわけないじゃん!」
「そう言えばそぅであったのぅ」
「いや、そぅであったのぅじゃなくてさ「フィー!」」
ルミナスと話していると部屋の扉が勢いよく開き、クリスが入ってきた。
強引にクリスに手を引かれ、応接室を後にする。
もう今更どーにでもなぁれだ。
クリスに手を引かれ、たどり着いたのは広場と言ったほうが正しいのでは?と思える広さの庭園だった。
色とりどりの薔薇が咲き誇り、手入れが十二分にされているのが素人目でもわかる。
日本に居たときに一度行ったことのある薔薇園よりも見事なその光景に言葉がでない。
そのままクリスに手を引かれ薔薇のアーチをくぐって庭園の中心と思われる所まで来ると、ひらけた場所に出る。小さな噴水があり、その隣のテーブルには、男性二人と女性が一人座っていた。
「さ、座って!」
クリスに椅子を引かれ、私とルミナスが椅子に座ると、ルミナスとは反対側の私の隣にクリスが座った。
「フィー、紹介するわね。私の隣に居るのが兄のマイケル、その隣に居るのが母と父よ。」
紹介されたクリスのお父さんが立ち上がり、にこやかに私へ手を差し出した。
「フィーさん、私はミヒャエルルーネストと言う。こちらは妻のリーゼだ。お会いできて嬉しいよ。」
私は慌てて立ち上がりミヒャエルさんとリーゼさんと握手をして、マイケルさんへも会釈をした。
「あの、お招きありがとうございます。私はフィーと言います。隣にいるのはルミナスです。」
「「「「え!?」」」」
私が自分とルミナスの自己紹介をすると全員の顔が驚きに染まった。
リーゼさんは私と握手をしたまま固まっている。
「あの?」
私は何か失礼をしてしまったのではないかと心配になってたずねると、全員がハッと我に返った。
皆が椅子に座ったのを確かめてから、私が座ると、クリスが話しかけてきた。
「ね、ねぇ、フィー。隣の女の子って」
なんだが皆の表情が固い。私を首を傾げながらクリスの問いに答えた。
「ん?もしかして連れてきちゃまずかった?ごめん。えっとこの子はルミナス、私の相棒で光の精霊王だよ。あと、実はもう一人いるの」
今度はお茶の用意をしてくれていた執事さんも含め全員がかたまってしまった。
「いやぁ、まさか生きて精霊王様と神竜様にお会い出来る日が来るとは…」
流石とも言うべきか、ミヒャエルさんがいち早く我に返り、ルミナスと握手を交わす。
ルミナスは面倒そうに握手に応じていたが、私が睨むと自らその場にいた全員と握手を交わしていった。執事さんは目に見えて恐縮していたが。
「すみません、カイルから聞いているものとばかり。」
私が謝るとミヒャエルさんは手をブンブンと振り、
「いえいえ、うちのカイルはあまり話をしてくれないもので。そろそろ結婚でもして落ち着いてほしいところなんですがなかなか…」
と困った顔で頭を掻いていた。
それからは終始和やかにお茶会が進んだ。
ルミナスもドラちゃんも美味しいお菓子にご機嫌で、私含め、その場に居る全員の優しい視線を独り占めにしていた。
そろそろお開きにしようという頃、場に似合わぬ焦ったような大声が私の名前を呼んだ。
「フィー!」
声の方へ振り返ると、カイルが肩で息をしながら立っていた。
「え?カイルどしたの?」
私は何故カイルが焦っているのかわからずに首を傾げながらカイルに尋ねる。
カイルの家族は全員ニヤニヤしながらカイルを見ていた。カイルは私の様子にポカンとした顔をした後、盛大に溜め息をついた。
「はぁ…そうだった。フィーだもんな。なんでもない。お茶会楽しかったか?」
「うんっ!皆いい人だし、お菓子も美味しかったよ!」
「そうか、それは良かった。」
「カイル、それよりも、カイルがいつまでも結婚しないから皆が心配してたよ?早く安心させてあげないと!」
安堵したようなカイルに私が掛けた言葉にカイルが固まった。周りを見回すと、何故か皆がカイルに憐れみの視線を向けていた。
お茶会がお開きとなり、宿に戻る道をカイルと共に歩く。ルミナスは精霊化し、ドラちゃんは相変わらず頭の上で見えないようになっている。
しばらく無言が続いたが、明日からの予定を告げるため、私は口を開いた。
「カイル、私、明日、王都を立つよ。多分、半月くらいは帰ってこないと思う」
「そうか、一人で大丈夫なのか?」
「うん。行きはドラちゃんに乗っていくし、ルミナスもいるからね。剣も出来たし。」
「そうか。俺はフィーにとって必要じゃない人間か?っっ!!すまん、今の言葉は忘れてくれ。っと、宿に着いたぞ。じゃ、またな。」
カイルが何を言ったのか理解が出来なかった。
思わず聞き返そうとしたが、カイルは踵を返して帰ってしまった。
私はモヤモヤした気持ちを抱え、どんどん小さくなっていくカイルの後ろ姿を見ていることしか出来なかったのだった。




