光の精霊王
『うわぁーきれいだねぇ』
「これは……」
感嘆したようなドラちゃん、驚いて言葉もないといった様子のカイル。
夜営地を発った日の昼過ぎ、私達一行は光の奔流の中に立っていた。
オレンジ、青、緑、赤等の無数の光が空中にフワフワと漂っている。
そう。ここが精霊の谷の入口である。
フワフワと漂っているのは下級精霊たちだ。
「フィー、ここが精霊の谷なのか?」
カイルが珍しく戸惑った様子で問いかけてきた。こんな光景だなんて話は聞いたことがないと。
ルナはカイルのポーチの中で、ドラちゃんは私の頭の上で、未だこの光景に見入っている。
「そうだよ。この子達は下級精霊。自分達が望んだものにしか姿を見せないの。奥へ行ったらもっと驚くよ!」
久し振りの(現実では初めてだが)精霊たちの出迎えに嬉しくなって、近くに浮かぶ緑色の光を手のひらに乗せると、光は喜ぶようにフルフルと震えた。
下級精霊たちに誘われる(いざなわれる)ように、谷の入口から歩いて奥へと向かう。
20分程進むと開けた場所へと出た。目的地へ到着したようだ。
「ここが精霊の谷だよ。」
まず目に入るのが、いつから存在しているのかわからないような大木。浮き島の上に悠然と佇み、生い茂る葉は、谷へと降り注ぐ日の光を浴びて輝いている。
その大木を守るように、ぐるりと泉が囲い、泉の周りは新緑の芝生と色とりどりの花々が埋め尽くしていた。
一同がその幻想的な光景に目を奪われていると、
「主様!」
と甲高い少女の大声が響く。
声が聞こえた大木の影からは、輝く長い金の髪とエメラルドの様な瞳に白いヒラヒラのワンピースを着た美しい少女が、不貞腐れた表情で仁王立ちしている姿があった。
「あー、ルミナス久し振り?」
そう。光の精霊王、ルミナスである。
ルミナスの勢いに若干気圧されながらひらひらと手を振りながら答えると、
「久し振り?ではないのじゃ!150年もの間、妾を放ったらかして何をしておったのじゃ!主様の気配が途切れてから妾は!妾は!うぅっうぇっ」
泣き出してしまった。
ユグドラシルのサービスが終了してから3年、私からすれば3年だが、この世界では150年もの時間が流れている。ゲームの中で時には共に闘い、笑い、涙した、相棒ともいえる存在。
魔力の素であるマナが無くならない限り存在し続ける精霊にとって、150年の年月はけして長くはない。悠久の時を生きる精霊にとって、ゲームが終了するまでの10年という、吹けば消えそうな程の短い期間一緒にいただけの存在。
それでも私を求めて泣いているルミナスに愛しさが込み上げてくる。
「ルミナスおいで。」
両手を広げて名前を呼ぶと、一瞬で私の腕の中へ飛び込んでくる。
まだ、ひっぐえっぐとしゃくりあげているルミナスの頭を撫でながら、
「ルミナス心配をかけてごめんね。これからは私の命が尽きるまで一緒にいよう。一緒にいてくれる?」
と決意を新たにしながら聞くと、ハッとなったルミナスは、
「べ、べつに、妾は寂しかったわけじゃないんじゃからな?主様が一緒にいたいというなら、これから一緒にいてもよい!」
と慌てて答えてくる。
なんというツンデレ。
思わず可愛らしくて笑ってしまった。
ルミナスが私の頭の上のドラちゃんに向かって、妾の主様の頭の上に乗るでない!主様は妾のじゃ!としばらくぷりぷりしていたのは余談である。
「主様、それはそうと、そこにいる男は誰じゃ?」
ルミナスが今気づいたというように私の横にいるカイルを指差す。
「ルミナス!人に指をさしちゃいけません!この人はカイル。旅に同行してくれた仲間だよ。」
私とルミナスの掛け合いに呆然としていたカイルは、ルミナスのジロジロと値踏みするような視線に気づき、ハッとなって、
「お初にお目にかかります。カイルルーネストと申します。」
と直角に腰を折った。
「よい、よい!主様の仲間ならば普通に話してくれればよい。妾の事もルミナスと呼んでくれて構わぬ。ルーネスト家の者よ。それにお主は邪な心根の持ち主ではないようじゃ。」
ルミナスとカイルの話を聞きながら、カイルってルーネストっていうんだーなどとのほほんと考えていた私とようやく顔を上げたカイルは次に続いたルミナスの言葉に驚愕で顔を見合わせた。
「なにせ、フェンリルの子がそこまでなついておるようだしの」
「「えぇー!!」」
フェンリル、ユグドラシル内では中級エリアの最も難しい特殊クエストで現れる狼型の神獣である。
クエスト報酬は俊敏性向上の何かだった筈だ。
筈というのは、私がそのクエストを受けていないので、ギルド内での噂話でしか聞いたことがないからである。
「それにしても主様はフェンリルだと気付いておらんかったのか?」
場所は変わって大木の奥地、ルミナスの家で私達は寛いでいる。
精霊は家を必要としないが、ルミナスいわく、妾と主様の隠れ家を作ってみたのじゃ!だそうだ。
ウィンディから、私が出発したとの報告を受けて急いで作成したらしい。
今日はこの辺りで夜営する予定だったので、大いに助かったのだが、数日で作られた家は広く、作成の為にかり出された精霊たちの苦労が偲ばれる。
それはともかく。
「だって、私はフェンリルに会ったことないもん。確かに目が金色で珍しいとは思ったけど。それに、フェンリルって話せるんじゃなかったっけ?」
確か神獣ともなれば、会話をすることが可能だった筈である。現に神竜ともドラちゃんとも会話が成立している。私だけだが。
「主様、見たところ、そのフェンリル、ルナだったか、まだ覚醒しておらぬようじゃ。生まれて10年といったところかの。」
「そっかぁ、神獣の10才ならまだ赤ちゃんだもんね」
「おい。」
「そうじゃ。カイルとやらが契約を交わせば言葉を交わせるようにはなるが、能力的には成獣より劣るであろうな。」
「まぁ、戦闘させようってわけじゃないし、会話出来れば便利だろうけど、本人?の意思次第だよね。」
「おい!」
「そぅじゃのう。」
「おい!フィー!」
「ん?カイルどうかした?」
「どうかした?じゃない!説明してくれー!」
精霊の谷にカイルの叫び声が木霊した。




