許せぬ蛮行
ポルク村を出発する日の朝、私達は村人総出でのお見送りを受けている。
昨晩、アンデッドが現れなかったことで、村人の不安はもうすっかり消えたようだ。
日がのぼり明るくなってから、村の人々が代わる代わる私達が泊まっている宿に訪れ、村で取れた野菜や自家製のお酒などを片手にお礼を述べる。
中には放し飼いにしている牛を一頭引っ張って来た猛者もいたが、こちらは丁重にお断りさせていただいた。
村長や、ミーシャちゃん、お世話になった宿の主人との別れを済ませ、村の人々にも手を振りながら、山に向かって歩き出す。
しばらく歩いて後ろを振り向くと、まだ手を振っている村人たちが見えた。
「カイル、いい村だったね。」
「ああ、そうだな。また帰りにでも寄って帰ろう」
カイルの表情がいつもより柔らかく見える。カイルの腰のポーチにいるルナを見ると村人から貰った林檎のような果物に嬉しそうにかじりついていた。
村人たちのあたたかい見送りを受けてから約半日、途中で宿の主人に作って貰ったお弁当を食べた時以外は、ひたすら山を登っていた。
山道に慣れていない私が、何度かこけそうになるという醜態をさらしもしたが、旅はおおむね予定通りに進んでいた。
そして三日後の夜、(歩いていただけなので道程は割愛)、私達は山の中腹にある天然の洞窟で夜営の準備を進めていた。
私が三日間の夜営で多少減った食糧をながめながら今晩のメニューに頭を悩ませているときだった。
『たすけて』
?!!
弱々しい、だけどはっきりした言葉が頭の中に響いてくる。周りを見渡しても私達以外は誰もいない。
『おねがいだれかたすけて』
また聞こえた。幼い男の子の声。
キョロキョロと落ち着かない私に、カイルが不思議そうに聞いてくる。
「フィー?さっきからどうしたんだ?」
『たすけて』
「っっ!!カイルはなにも聞こえないの!?」
「何がだ?」
顔をしかめながら私を見つめるカイル。
私の尋常ではない様子に、さっきまでカイルとじゃれあって遊んでいたルナもこちらを見上げている。
「さっきから助けてって声が聞こえるの!幼い子供の声で『だれかたすっ』」
助けを呼んでいた声が不自然に途切れた。
私は洞窟から飛び出し、周りを見渡す。暗い闇。近くに気配はない。
「カイルっ!ちょっと行ってくるっ!すぐ戻ってくるから!」
「お、おいフィー、行くってどこに、フィー!」
カイルの言葉を聞かずに私は闇の中へ飛び込んだ。
あてもなく、闇のなかを走る。
10分ほど走った頃、弱々しい魔力を感じた。
魔力の気配を辿っていくと、複数の笑い声が聞こえてきた。
ゆっくりと笑い声が聞こえた方へと近付く。魔力の気配も同じ方向から感じる。
しばらく歩いてやっと見つけた場所には、複数の男と、血を流して横たわる幼竜がいた。
松明を持っている男が四人、剣で笑いながら幼竜を痛めつけている男が三人、少し離れたところにローブを羽織って杖を持っている魔法使いと見られる男が一人。
何でこんなところに神竜の子供がいるの?!
未開の地大霊山に住むといわれる神竜。滅多に大霊山から降りてくることはなく、人に姿を見せることはない。
ユグドラシルでも、大霊山に行ったことがあるプレイヤーは少なかった。
攻略組の私達のギルドでも大霊山に行ったのは、私を含めてたったの6人。
人の知り得ぬ知識と恩恵を授けてくれると言われている神竜。何十回と戦いを挑み、最後まで倒すことは出来なかった。
カンストプレイヤー6人で何度挑もうが倒すことが出来なかった竜。ユグドラシルのサービス終了後に、どこかの掲示板で、倒すには幾つかの前提条件が必要だったのでは?と書かれていたが、今では確かめる手段はない。
それはともかく、なぜこんな人里に近い山に神竜がいるのか。近くの背の高い草にしゃがんで隠れ、男たちの声に耳を澄ませる。男たちは背を向けている為、私の位置からは顔は見えない。
【いやぁ、これで俺たちも一流の冒険者の仲間入りだな!】
【そうだな。見たことない竜だが、幼竜といえど竜は竜だ。】
【早いとこ鱗を全部剥ぎとっちまおうぜ!】
【それが、こいつまだ死なねぇんだよ。】
【動けねぇんだ。ほっといてもじきにくたばるだろ。】
【生きたまま剥ぎとっちまえばいいじゃねぇか!どうせ動くこともできねぇんだ。】
【ハハッ、ちげぇねぇ。】
【これで俺たちは大金持ちだ!】
聞こえてきた会話に耳を疑った。
何てことを!
神竜は戦いを望まない種だ。
人に危害を加える事もない。攻撃されない限り。
幼竜ならなおのこと。
そんな相手によってたかって攻撃したと?一流の冒険者になるために?お金のために?
極めつけに、まだ生きている幼竜から鱗を剥ぎ取ろうとしている。笑いながら。
こいつらはクズだ。許せない!
私は思わず立ち上がった。
私が隠れていた草が立ち上がった拍子にガサッと揺れた。
【誰だ!】
男たちが一斉にこちらに振り向く。私は男たちの方へとゆっくりと歩き出す。
今さら隠れても仕方がない。
私を見た男たちは一瞬目を見開いたものの、すぐにその視線は下卑たものへと変わった。
【おいおい、お嬢ちゃん迷子かぁ?】
【送ってってやるから、楽しませてくれよぉ!】
笑いながら松明を持った二人が私に近付く。
私は顔に笑顔を張り付かせたまま、二人に魔法を放った。
「サンダーボルト」
放たれた稲妻が二人に落ちる。
二人はもう動かない。電流で気を失ったのだろう。これぐらいでは死なないはずだ。多分。
動かなくなった二人を一瞥し、笑顔を張り付かせた顔を解除。周りを見渡すと魔法使いが詠唱を開始していた。
「私に攻撃するなら最低でも無詠唱じゃなきゃ無理だよ?サンダーボルト」
さっき、二人を倒したときに詠唱しなかったのに、わざわざ詠唱を始めて攻撃しようとするなんてバカなのだろうか?
それに魔法使いが詠唱しているのに、全く動かなかった剣を持った三人は何がしたいのだろうか。
チームワークが出来ていない。
というより、戦い方が下手すぎる。
私がわざとらしくハァとため息をつくと、カッとなったらしい。
顔を赤くし、剣を持った男が一人斬りかかってきた。
「フィー!」
風が舞い、剣が合わさる音が響く。
カイルの剣が男の剣を弾きとばしていた。
【け、剣聖?!】
【何でこんな所に?!】
カイルは剣を持った男三人をあっという間に切り伏せ、カイルの事を剣聖とよんだ松明を持った二人に向き直った。
「お前らが何処の誰かは知らんが、フィーに剣を向けた奴の仲間なら俺の敵だ!」
二人は顔を真っ青にし、そのままカイルの剣に倒れた。
幼竜は虫の息だった。
生きているのが奇跡なくらい、傷付き、血を流している。
神竜特有の、光を浴びて七色に輝く筈の真っ白な鱗は赤く染まっていた。
魔力も先程よりも弱い。
「可哀想に。今なおしてあげるからね。よく頑張ったね!」
幼竜の頭を撫で蘇生魔法を使う。
「我願う、想いは光となりて。降り注げホーリースピリチュアル!」
幼竜の命の灯が再び輝きだした事を確認する。
誰かの温もりを背中に感じ、意識を失った。
意識が闇に沈む前に『ありがとう』と聞こえた気がした。




