村の異変
アルト山脈麓の村。ポルク村。
人口約50人。近くの村や町まで行くのに、2日から3日程かかるため、村人のほとんどは自給自足。たまに訪れる冒険者などに食糧を売り、わずかばかりのお金で生計をたてている。
なので、外からの客は歓迎される。私達も勿論例にもれず。
「ようこそ!ポルク村へ。私は村長のガルット。この子は孫のミーシャです。旅の方ですかな?」
村に入ると、村長が迎えてくれた。
まさかの村長のお出迎えに驚いたが、後でカイルから理由を聞かされて納得した。
「村長、私達は精霊の谷へ行くために旅をしている。冒険者だ。一晩宿に泊まりたい。すまないがよろしく頼む。」
カイルが村長に軽く頭を下げる。
「これはご丁寧に。お疲れでしょう。宿にご案内します。ミーシャ、宿へご案内して差し上げなさい。」
村長がカイルに答えた後、小さな女の子に向かって優しげに話しかける。
ミーシャと呼ばれた女の子が私に向かって小さな手を差し出した。
「おねぇちゃん、行こう!」
笑顔で私を見上げてくる。
私はその手に引かれ宿へと歩き出した。
ふとカイルの気配がないのに気付き、振り返ると、カイルは村長と話をしているようだ。
「カイル?」
私が名前を呼ぶとこちらに向き直り、
「フィー、疲れているだろう?先に宿で休んでてくれ。俺は必要な物を買ってから行くから」
と心配そうな顔で私を見つめてきた。
私は村に入るまで、どうしても不安が消えずずっと考えこんでいたためにカイルとほとんど話をしていない。
かなり心配を掛けてしまっていたようだ。
「わかった。じゃあ、先に休ませてもらうね。」
そう言うと、ミーシャちゃんと宿へ向かう。
「ねぇ、おねぇちゃん」
少し歩いたところでミーシャちゃんに話し掛けられた。
「なぁに?ミーシャちゃん」
私は笑顔で私を見上げてくるミーシャちゃんに首を傾げながら答える。
「あのね、おねぇちゃんはどこから来たの?」
何でもない問いかけだったと思う。
私以外には。
私はどこから来たのだろう。東京から?それともこの世界がユグドラシルというゲームだった150年まえから?
すぐに答えることが出来ず、言葉に詰まっていると、ミーシャちゃんが不安気な顔で私を見ていた。
私は何をやっているんだろう。子供にこんな顔をさせてしまうなんて。
自分を叱りつけながらミーシャちゃんに笑顔を向ける。
「おねぇちゃんは遠いところから来たの。精霊の谷へ行くために旅をしているんだよ。」
うまく笑えているだろうか?
「そうなんだー!ねぇねぇ、おねぇちゃんは王都に行ったことある?」
どうやらうまく笑えていたようだ。
何の疑問も持たずにミーシャちゃんが笑顔で問いかけてくる。
「あるよ。どうして?」
「あのね、ミーシャは薬師になりたいの。だから王都にある薬師の学校に行きたいんだ!」
びっくりした。
こんな小さな子がもう進みたい道を決めていることに。
「ミーシャちゃんは今いくつなの?」
「えっとね、もうすぐ七歳!」
七歳?!私が七歳の頃、なりたいものはなんだっただろうか。あるはずがない。
この世界にくるまで、なりたいものや、やりたい仕事なんて何もなかったのだから。
「そう、何で薬師になりたいの?」
そう聞いた瞬間、ミーシャちゃんの表情が変わった。
悔しさと辛さが入り交じったような顔へ。
それから何かを決心したような顔へ。
私は静かに次の言葉を待った。
「えっとね、お父さんが怪我をして動けないの。村には沢山怪我をしている人と、病気の人もいるの。村には今薬師がいないの。だから、ミーシャが薬師になって、皆をなおしてあげたいの。」
そうか。そういうことか。
ん?何かが引っ掛かる。
さっきミーシャちゃんは何と言った?怪我をしている人が沢山いる?この村に?なぜ?こんなにものどかな村なのに。
「ミーシャちゃん!何で怪我をしている人が沢山いるの?」
大きな声を出した私に驚きながらミーシャちゃんは意を決したように言った。
「あの、えっとね、最近、夜になると、幽霊が出るの」
その言葉を聞いた瞬間、私はカイルの元へ走った。
「カイル!!」
まだ村長と話していたようで、先ほど別れた場所に居たカイルを見つけて大声で名前を叫ぶ。
カイルは私の声に振り返ると、真剣な顔をしている私に驚いたようだ。
「フィー!?どうした!?」
ルナも驚いているようで、目を真ん丸にして私を見上げている。
「カイル、話があるの、そして村長さん。」
私は村長に向き直り、言葉を繋いだ。
「聞きたいことがあります。」
私の真剣な表情に、誰も言葉を発する事が出来ず、その場には沈黙だけが流れていた。




