有名人?
ユーヒアの町を出てから、ひたすら草原を歩いている。
子狼は私達の歩幅にあわせると、常に小走りになってしまうことがわかったので、今はカイルの左腕の中におさまって、キョロキョロと周りを見渡している。その姿が可愛くて、軽く萌え死にしそうだ。カイルの表情も柔らかい。
「カイル、子狼ちゃんに名前つけないの?」
「実は昨日の夜、ずっと考えていたんだが、いい名前が浮かばないんだ。」
もうすっかり親バカである。
「うーん、そっかぁ。」
私も名前を考えてみたが、金色にちなんでゴールドだとか、ウルフだからウルだとか、そんな名前しか出てこない。どうやら私に名付けの才能は皆無のようだ。
暫し無言になって二人で子狼の名前を考える。やはり名前がないと不便だし、もう旅の仲間なのだから 、いつまでも子狼ちゃんでは、あまりにも可哀想だ。
「なぁ、ルナなんてどうだろう?」
私がウンウン唸っていると、カイルが名前を思い付いたらしく、自信なさげに提案してくる。
「良いんじゃないかな!可愛い名前!」
「そ、そうか?よし、お前の名前はルナだ!」
私が名前の提案に肯定を示すと、カイルは嬉しそうに子狼に話しかけた。
子狼は尻尾をブンブン振りながらカイルの腕にじゃれついている。
名前を付けてもらえたのが嬉しかったようだ。
その子狼の様子を見て、カイルは顔が緩みきっている。
親バカここに極まれりである。
カイルの親バカっぷりを堪能し、皆で軽い昼食をとった後も、ひたすら草原を歩いている。
右を見ても草原、左を見ても草原、ちなみに前も後ろも草原だ。
つまり、全く景色がかわらないのだ。
「ねぇカイル、確かに平和なのは良いことだけど、ここまでずっと同じ景色だと、本当に進んでるのか不安になるよ。」
現代日本で、ずっと東京に住んでいた私には、こんな景色を歩いた経験はない。
「ちゃんと進んでるから大丈夫だ。もう少し歩けば小高い丘がある。そこを過ぎたら夜営出来る場所を捜そう。」
「ん、わかった。」
それから約三時間ほどひたすら同じ景色の中を進むと、丘が見えてきた。
丘を越えて、今晩夜営出来る場所を探しながら歩いていると、何組かの冒険者グループとすれ違う。
すれ違う度に、カイルを見て驚愕の表情を浮かべ、腕の中にいるルナを見て、目を丸くしていた。
すれ違いざまに『剣聖』という単語が聞こえてくるので、カイルの事を知っているのだろう。
「ねぇ、カイル。今更なんだけど、『剣聖』ってカイルの事だよね?」
「ほんとに今更だな。ああ、そうだ。Aランクになると二つ名が付くことがある。大体いつの間にか付いてるもんだから、気にする必要はない。」
「うげ、ってことは私もいつの間にかつけられちゃったりするのかな?それにしてもカイルって有名人なんだね!すれ違う冒険者の人達から剣聖って聞こえたもん!」
「Aランカーは数が少ないからな。高ランクの冒険者になると、国からの依頼を受けることもある。まだフィーの戦い方を知ってるやつは少ないからな。大きな依頼を受けて色んなやつに名前が知られれば二つ名も付くんじゃないか?楽しみだな!」
カイルがニヤニヤしながら説明をしてくれた。そうか、Aランカーの(いや、今ではSランカーだが)有名人が子狼を大切そうに抱っこしてたらそりゃびっくりするだろう。
色んな意味で。
それにしても二つ名って誰が考えているんだろうか。私の戦い方で二つ名をつけるのは、さぞ難しい事だろう。
変な二つ名が付かない事を祈るばかりだ。
「フィー、今夜はこのあたりで夜営をしよう。俺は薪を探してくるから、ルナを預かってくれ。」
どうでもいいことを考えている内に着いたらしい。丘を越えて暫く歩いた所にある林の入り口だ。カイルがルナを地面に降ろすと、ルナがこちらへとてとてと歩いてきた。
「ルナ、カイルが戻ってくるまで、ご飯の下拵えしてようか?」
ルナを抱き上げて顔をのぞきながら言うと、『キャン!』という可愛い返事が返ってきた。
魔法で手を綺麗にしてアイテムボックスから取り出した茄子のような野菜を切る。
ニンニクをみじん切りにしてトマトを切り終えた所でルナを見ると、興味津々といった様子で私が料理するところをジーッと見つめていた。
「美味しいご飯作るから待っててねー!」
と言うと、尻尾がパタパタと揺れる。
どうやら楽しみにしてくれているようだ。
「フィー!薪を取ってきたから、こっちで火をおこしておくぞ。」
「ん、ありがとう。じゃあ、ご飯作るね。」
鍋を持って少し離れると、私の後ろをついてこようとしたルナを、カイルが慌てて抱き上げる。
うん。学習してくれて何よりだ。
「ウォータ」
ザッバーン
カイルに抱き上げられているルナが目を白黒させていた。
錬金で作ったフライパンでニンニクを炒めてトマトと茄子のような野菜を入れて煮込む。
煮込んでいる間にパスタを茹でておく。
煮込んだソースにハーブとスパイスで味をととのえて細かく刻んだチーズを入れる。
茹で上がったパスタと絡めたら完成だ。
デザートに洋梨のようなフルーツを切っておく。
「カイルできたよー!」
少し離れた所でルナと遊んでいるカイルに声を掛けると、 ルナを抱えてカイルが歩いてくる。
食事を3つの皿に取り分けるとカイルがとルナの前に置いた。ちなみにルナがこういう食事を食べられる事は確認済みだ。昼食の時にミルクをあたえたのだが、ミルクには見向きもせず、カイルが食べていたサンドイッチをペロリと平らげてしまった。
急いでサンドイッチをもうひとつ作ったのは言うまでもない。
「「ごちそうさまでした!『キャン!』」」
カイルもルナもきれいに平らげてくれた。
こんなにきれいに食べてくれると作ったかいがあるというものだ。
片付けを終えてテントに戻ると、ルナはもう眠ってしまっていた。
「カイル、先に休んでいいよ。四時間たったら起こすから。」
「ああ、わかった。じゃあ、頼む」
「ん、外にいるからね。おやすみ」
「えーっと、確か余ってた素材があったはず…あ、これだ。えっとここをこうして」
私は周囲を警戒しながら裁縫をしている。
サボっているわけでも、暇潰しでもない。決して。
今日一日、とても平和な道中だったから問題なかったが、これから先、カイルがルナを抱えたまま旅を続けるのは厳しいだろう。
もし急襲されたら対応できない。
なので、ルナが中に入って顔と前足だけ出せるような大きめのウエストポーチを作成中だ。素材は伸縮性のある皮である。ゲーム時代の上級者エリアモンスターのドロップ品で、防御力に優れた一品である。もちろん、普通の針と糸では傷つけることすら出来ない。なので針と糸に魔力を纏わせながらチクチクと縫っているわけだ。
そしてこれがかなり疲れる。
普通のウエストポーチにルナをいれる気にはなれないが、この素材なら窮屈じゃないし、丈夫だし、万が一何かあったときも守ってくれるだろうから大丈夫だろう。
旅の間だけ我慢してもらおう。
「よしっ、出来た!」
我ながら良い出来だ。
これをカイルのベルトに通せば完璧だ。多分。
周囲を警戒しながら作っていたので思ったより時間が掛かってしまった。
そろそろ交代の時間だ。
もうヘトヘトなので、これを渡すのは明日の朝にしよう。
「フィー?そろそろ交代しよう。ってどうした?疲れた顔してるぞ?早く休め!後は俺がやるから。」
心配されてしまった。裁縫していただけなのだが、説明をするより、今は寝たい。
「ん、ありがと、おやすみ」
テントに入るとルナは丸まって寝ていた。
横になってルナを撫でているうちに私もいつの間にか眠りについていた。
「フィー。朝だぞ。」
「んー!カイルおはよう」
「キャン!キャン!」
「ごめんごめん、ルナもおはよう。」
ルナをひと撫ですると体を起こす。
「朝御飯作るね。」
昨日の夜、魔法で出した水の残りで顔を洗い、サンドイッチを作って皆で食べる。
昼食用の具をかえたサンドイッチも作ってアイテムボックスに入れておく。
準備が終わった私達は夜営地を後にした。




