この子どこの子?
「ねーカーイールー!カイルってば!」
「…なんだよ」
「この子どうするのー?」
私の前を歩くカイルの足元に小さな狼がまとわりついている。
今から2時間ほど前
夜営地を出発した私達はヨルグの森を通って次の町〔ユーヒア〕へ向かっている。
「ねぇカイル、次の町ってどれくらいで着くの?」
「このままの速さなら、日が落ちるまでには着けるだろう。食糧を補給するか?」
「ううん。まだ残ってるし大丈夫。あ、でも美味しそうなものがあれば買いたいな♪」
「じゃあ、今日は宿に泊まって、明日の朝にでも市場を覗いてみるか。」
「うんっ!やった、お風呂に入れる!」
「ユーヒアには温泉があるぞ。」
「ほんと!?やったー!」
森に入ってから道中和やかな会話が続いていた。その時、急に鳥の鳴き声が止み、森の空気がピリピリしたものに変わった。
「カイル!」
「ああ、気付いたか。何かいるな。」
私は気配を探る。
「前方の木の影になんかいるよ!」
そう警告した直後、木の影から、緑色の醜い人型モンスターが三体現れる。
「ゴブリンか!」
カイルが吐き捨てるように口にした途端、
ギュェーと奇声をあげてこっちへ突っ込んでくる。
「カイル、お願い!」
「おい!フィー!」
私がゴブリンをカイルに任せるとカイルがびっくりして私の方へ目を向ける。
「いや、申し訳ないんだけど出来るだけ森の中で魔法で戦いたくないの。」
私がそう言うと、昨晩の事を思い出したのか、なるほどという顔をすると、奇声をあげて突撃してくるゴブリンたちを一刀両断した。
戦闘が終わったと思ったその時、先程ゴブリン達が隠れていた木の奥から火の玉が飛んでくる。
火の玉を避けてそちらを見ると杖を持ったゴブリンが姿を現した。
ゴブリンメイジだ。
その後ろからゾロゾロと二十体程のゴブリンが出てくる。
「カイル、行ける?」
「ああ、大丈夫だ。魔法を使う奴だけ任せてもいいか?」
「了解!」
私は腕輪を外し、なるべく威力の小さめな魔法を放った。
「ウィンドカッター」
私から放たれた風の刃はゴブリンメイジを両断し、そのまま後ろの木を広範囲に切り倒す。
カイルを見るとゴブリン達を倒し終わった所だった。
カイルはさっきまで木があった場所を見てから私の方へ目を向けると、
「フィー。森での戦闘はこれからは全部俺がやる。余程の事がない限り、絶対に手を出すな!」
と苦い顔で言った。
近くに敵が居ないことを確かめると、森を抜けるために歩き出す。
とその時ガサガサッ
と音がしたかと思うと音の方から小さな狼が顔を出した。
子狼は唖然としている私達の方へとてとてと近付くとカイルの足元に顔を擦り付ける。
私がプルプル震えているのに気付いたカイルは不審そうに私を見る。
「お、おい、どうかしたのか?」
「き」
「き?」
「きゃーかわいー!ねぇ、カイル!目が金色だよ! この子連れてこうよ!」
「駄目だ。近くに親がいるかもしれない。」
「でもー。」
「駄目だ。それよりも暗くなる前に森を抜けたい。出発するぞ。」
「はーい」
と、ここで冒頭に戻るというわけだ。
「ねぇ、この子カイルになついてるし、やっぱり連れてこうよー、あなたも一緒に行きたいよねー?」
私は子狼を抱き上げて顔をのぞきこむ。
「キャン」
「ほらー、ねーカイルー」
「……」
「ねぇってばー」
私は子狼を抱き上げたままカイルに詰め寄った。
子狼もウルウルした瞳でカイルを見上げている。
「ああ!もう!分かったよ!連れて行こう。」
「ホントっ?良かったねー?一緒に行こっか」
私が子狼を覗きこんで問いかけると、子狼は尻尾をブンブンと振りながら元気よく「キャン!」とないた。
ユーヒアの町に着いたのは既に日が沈んだ後だった。何とか暗くなる前には森を抜けたものの、町に着くまでに日が沈んでしまっていたのだ。
「着いたー!」
「ああ、ゴブリンに二度も遭遇しなけりゃもっと早く着けたんだがな。」
カイルが苦い顔で言う。
あの後、またゴブリンの集団に遭遇し、カイルが全部倒したのだ。
「ごめんね。私も戦えれば良かったんだけど」
「いいんだ。それよりもう遅い。宿を探して今日は休もう。」
「そうだね。温泉入りたいし」
カイルオススメの宿に着いて温泉にはいった。部屋に入って横になるとすぐに意識が闇へ溶けていった。
朝、市場の時間より早く目覚めた私は、一人で朝温泉を楽しみ、クリスの店で買った服に着替えて宿に戻る。
今日はキャメルのショートパンツに白いシャツ。着ていた服は全部、魔法で洗濯済みだ。
宿の部屋に戻ってしばらくすると、部屋の扉がノックされた。返事をして扉をあけると、カイルとカイルの腕の中で丸くなっている子狼がいた。
「おはよう、フィー。そろそろ市場へ行って出発しよう。」
「カイルおはよう。わかった。じゃあ行こうか。」
市場で簡単な朝食を済ませ、買い物をする。スパイスを少しとチーズ、トマト、子狼用にミルクなどを買った。子狼はさっきサンドイッチを食べていたので何でも食べられそうだが、小さい動物というと、どうしてもミルクという先入観が消えないのは仕方ないことだと思う。
「カイルー!買い物終わったよ!」
「よし、じゃあ出発しよう。」
「キャンキャン!」
私達は二人と一匹でユーヒアの町を後にした。




