魔法使い?
「だ、大丈夫か?」
大霊山の麓からカイルの絶叫が消えて数秒後、といったところだろうか。
明らかに挙動不審かつ、珍しく慌てている様子のユースケの一言がカイルへ向かう。
(うわぁー、痛そうだったなぁ…)
などと思っているのかは定かではないが、私達は全員苦い顔のまま無言である。
「うっ、ああ、大丈夫だ」
全く大丈夫そうではないカイルがそう答えると、ユースケはあからさまにホッとした表情をうかべた。
(あー、こりゃ忘れてたな)
そう思ったのは私だけではないはずだ。
当たり前だが、ゲームで感じる痛みは現実の痛みに比べると、かなり制限されている。
剣で刺された痛みが針で刺された程度の痛みしか感じないくらいには。
だが、ここは現実世界だ。
ゲーム時代でもひどい痛みを感じた魔力の譲渡が、今のカイルにどれ程の痛みを与えたのかは、想像に難しくない。
とは言え、加害者?であるユースケはそんなことをすっかり忘れていたようであるが。
何とかカイルの蒼白だった顔色も血の気を取り戻したところで、ユースケの魔力操作講座が始まった。
「カイル、体の中にエネルギーが渦巻いているのがわかるか?」
「ああ、何だか温かくて不思議な感じだ。」
「その感覚を覚えろ。それが魔力だ!」
「わかった。」
「よし、じゃあ、そのエネルギーを手のひらに集中させてみろ。出来るか?」
「ああ、やってみる。…こうか?」
「そうだ。そのまま『ファイア』と唱えてみろ」
「わかった!『ファイア』」
吹けば消えそうな蝋燭の炎のような火がカイルの手のひらから出現した。
「おぉー!!」と外野から拍手が起こる。
カイルはどこか嬉しそうだ。
まぁ、なぜか指導役だったはずの私もその外野の一人に含まれているのだが。
ユースケは魔力を可視出来る様にしているのだろう。
教えかたも上手いし、魔法を出現させるタイミングもバッチリだ。
大事なことなのでもう一度言おう。
指導役は私のはずである。
そんなことを考えながら、ルミナスになぜか慰められている私という、とてもむなしい時間にも終わりがきた。
「フィー、後はお前の仕事だぞ!」
ユースケの言葉で、やさぐれていた私の意識が呼び戻された。
ちなみに、私がやさぐれている間にわかったことは、カイルの魔法適正は火、風、水だということ。
水に関しては派生である氷まで扱えることらしい。
どれも威嚇にすら使えないほどのものらしいが、風に関してはルナの能力が合わされば、そのへんの魔法使いなど敵わないであろう。
とは言え、今回の目的は、カイルを魔法使いにすることではない。
スキルを発動出来るようにすることだ。
これで準備は整った。
そんなことを考えながら、意気揚々と立ち上がる。
しつこいようだが、本来の指導役は私なのだ。
そして私は本日二度目のやさぐれタイムを絶賛展開中である。
相も変わらず、私を慰めてくれているルミナスにフレイ、リリス、姐御まで加わっての暖かい言葉が胸にしみる。
男性陣のあわれみの視線が心を抉る。
私がこうなった原因は簡単な事。
あのあと意気揚々と立ち上がった私に待っていたのは、魔力の運用をマスターしたカイルの何気ない行動だった。
「こんな感じか?『二刀流!』」
そうカイルが口にした途端、エフェクトが舞った。
私たち全員は、そのエフェクトの意味を知っている。
スキルの発動が成功した時のものだと。
唖然とする私たちを尻目に、カイルは『二刀流』というスキルを遺憾無く発揮した。
タイミングを狙ったかのように現れたサーベルタイガーに向けて。
火の精霊の加護を受けた炎を纏う剣と、水の精霊の加護を受けた氷を纏う剣がサーベルタイガーを襲う。
戦闘をしているように見えないほどの美しい赤と青白い剣舞が繰り広げられ、残像を残す程の剣の軌跡はまるで精霊が舞っているかのようだった。
サーベルタイガーを難なく倒したカイルは呆然としたまま振り返り、私を見て言ったのだ。
残酷な一言を。
「すまん、フィー。スキルの発動出来たみたいだ」と。
その言葉にガックリと肩を落とす。
そして心のなかで尋ねてみた。
ねぇ、私って必要だった?と。
「カイルのバカーー!!!」
すくっと立ち上がった私は叫びながら涙をのんで走った。
丁度よく現れた魔物を魔法剣で切り裂きながら。
「フィー、なんかわりぃ…」
そんなユースケの声も、「フィーにバカって…フィーに…」と一人落ち込むカイルの声も私の耳には届かないまま。




