プロローグ
2067年夏、私は知らない場所で目覚めた。
「ここどこ?」
目の前には鬱蒼と生い茂る緑の木々。しかも、鳥の囀りまで聞こえる。目のはしに見える古びた小屋は人が住める状態とは言い難く、入り口の板が朽ち落ちている。
「とりあえず人が居ないか確かめよう!」
何にせよ、情報が足りない。明らかに、人の気配はないが、もしかしたら人が住んでいた形跡や、あわよくば何か今の状況の手掛かりが得られるかもしれない。
頭の中でグルグルと誘拐やら、神隠しやらの単語が浮かんでは消える中、注意深く足を踏み出そうとした。
「え?!」
一歩踏み出そうとしたところで、顔に触れる違和感。
「な、何で髪が長くなってるの?!」
おかしい。私の髪は"お洒落にみえる"という訳のわからない持論でボブだったはず。いや、筈ではない。ボブだった。なにせ、昨日仕事帰りにお気に入りの美容室で切って貰ったばかりだ。
引っ張ってみたが、取れないということはヅラではないらしい。
「うーん、よくわかんないけど、まぁこれは後で考えよう!」
髪が長くなってることは、かなりの不思議現象だが、それよりも、今の状況確認が優先である。
改めて、小屋の方へ歩き出した。
「こんにちは~、誰か居ませんか~?」
想像通り、小屋の中は誰も居ない。
「ちょっと失礼しますね~」
誰に断るわけでもないが、一言掛けてから、小屋の中へ入ってみる。中はかなり荒れ果てており、ところどころ、床も抜けている。
無造作に置かれている、机と椅子、ベッドであったと思われる物が、かろうじて、以前誰かが住んでいたのであろうと思わせた。
床が抜けないように気を付けながら小屋の中を見渡すと、机の上に古びた紙が置かれているのに気付いた。
ゆっくり近づきそれを手に取る。
「地図?うーん、でも日本もないし、知らない大陸だなぁ…。でも、なんか見たことあるような気がするんだよね。とりあえず貰っていこう。」
地図をポケットにしまい、小屋の捜索を終了することにした。
外に出てみると、空は茜色に染まっていた。何も手掛かりは得られなかったが、とにかく早急にやらなければならないことがある。
「お腹すいた。見渡す限り森だし、帰り道を見付けるにも、今日は無理だなぁ…明日の朝からにしよう。よし、そうと決まれば、暗くなる前に食べられる物を探さないとね。」
結果から言うと、食べられる物は、、呆気ないほどすぐに見つかった。少し歩いたら、木の実がなっている大木を見つけたのだ。流石に木登りはできないが、おあつらえ向きに、いくつか落下しているものがある。それを2つほど頂戴してきたという訳だ。
青林檎のような果実を、着ている衣類の袖で拭いてから、おそるおそる口にしてみる。
「!!おいしーい。ちょっと想像と違う味だけど、なかなか。」
一つ食べおわったところで、小屋に入り、持ち物のチェックをしてみることにした。いくら能天気で鈍感でも、この状況が普通で無いことくらいはわかる。暗くなって何も見えなくなる前に、確かめておかなければと思ったのだ。
「うん、何にもない」
見覚えのない服を着ているが、それ以外は、さっき見つけた地図と青林檎もどきがひとつ。
「無いものは仕方無いよね。よし、寝よう」
気付けば、いつの間にか日は沈み、周りは暗くなっている。もし明日、森でイノシシや熊に出会ったら、力の限り逃げようなどと考えているうちに、意識は闇に沈んでいった。