本当の素は可愛い王女
——とはいえ。
アリアが本当に感情を失ってしまったわけではない。
ただ、“見せなくなった”だけだ。
「……ルエナ」
夜。
王城の一室。
誰の目もない私室で、
アリアは窓辺に腰掛けながら、小さく侍女の名を呼んだ。
「はい、アリア様」
穏やかな声と共に現れたのは、専属侍女のルエナだった。
幼い頃からアリアに仕え続けている、数少ない心を許せる相手。
扉が閉まった瞬間。
「今日の茶会、疲れたわ……」
先程まで社交界で“氷の王女様”として君臨していた人物とは思えないほど、
アリアはぐったりと机に突っ伏した。
「お疲れ様でございました」
「ベルトラン侯爵夫人、今日もすごかったのよ。
“アリア殿下は本当にお美しいですこと”って言いながら、目が全然笑っていないの」
「いつものことですね」
「あと三男の方。あれ絶対、“冷たい女だ”って思っていたわ」
「実際仰っていましたよ」
「やっぱり!?」
がばりと顔を上げる。
ルエナは慣れた様子で紅茶を差し出した。
社交界では決して見せない、年相応の反応。
これが、本来のアリアだった。
「……私、ちゃんと氷の王女様できていたかしら」
「ええ。完璧でした」
「そう……」
ほっと息を吐いたアリアは、次の瞬間にはしゅんと眉を下げた。
「でも本当は、ああいう場所苦手なのよね〜」
貴族たちの探るような視線。
腹の内を隠した会話。
一つ間違えれば、“王女の失言”として広まる世界。
幼い頃から慣れ親しんできたはずなのに、好きにはなれなかった。
だからこそ、感情を隠す仮面は必要だったのだ。
——誰にも傷つけられないために。
ルエナはそんな主人を見つめ、ふっと微笑む。
世間は知らない。
“氷の王女様”が、
実は甘い焼き菓子に目を輝かせ、
恋愛小説を読んでは赤面し、
小鳥を見るとこっそり餌をあげるような、
普通の少女だということを。
そして、そんなアリアの日常は——
一通の書簡によって、大きく変わることになる。
「アリア様」
「なあに?」
「陛下がお呼びです」
その瞬間。
アリアの表情から、すっと温度が消えた。
「……わかったわ」
立ち上がる姿は、再び完璧な王女そのもの。
そうして向かった謁見の間で、アリアは告げられる。
「お前の婚約が決まった」
それが、後に彼女の人生を大きく変える、運命の始まりだった——。




