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5.誤差のない選択

 遺跡の内部は、昼と夜の区別が曖昧だった。


 外では確かに朝を迎えているはずなのに、石造りの通路に差し込む光は弱く、時間の経過を感じさせない。松明を灯すほどではないが、視界は常に薄暗い。


「ねぇ……ここ、本当に昨日より奥だよね?」


 ティナが歩きながら、周囲を見回して言った。


「はい。侵入深度は確実に増しています」


「なんかさ……あんまり進んだ気がしなくて」


 ラオンは即座に否定しなかった。

 距離、歩数、地形。どれも正確に記録されている。


 それでも、体感としての「進行感」が希薄だ。


 ――環境認識と主観感覚の乖離。


 だが、それは致命的な異常ではない。

 ラオンはそう判断した。


「空間構造が単調なため、進行感が薄れている可能性があります」


「そっか……」


 ティナは納得したようで、歩調を戻す。


 通路は分岐が多く、壁面には風化した文様が刻まれている。

 文字とも、模様ともつかないそれらは、意味を読み取られることを拒むように崩れていた。


「この遺跡、誰が作ったんだろ」


「既存の文明記録には該当しません」


「じゃあ、すごく昔?」


「時間軸の特定は困難です」


 ラオンは、壁の一部に手を触れた。

 冷たい石の感触。その奥に、わずかな“抵抗”を感じる。


 魔力反応ではない。

 だが、何かが“触れ返してくる”ような錯覚。


 ――感覚誤差、要観測。


「ラオン?」


「……問題ありません」


 通路の先に、広めの空間が現れた。

 円形の部屋。天井は高く、中央に浅い窪みがある。


「何も……ない?」


「現時点では」


 ラオンは部屋を一周し、構造を確認する。

 罠の気配はない。魔力の集中点もない。


 安全――そう判断する材料は揃っていた。


「ここ、休憩にちょうどよさそうだね」


「同意します」


 ラオンはそう答え、部屋の中央へ歩み出た。


 その瞬間だった。


 足元の石が、わずかに沈んだ。


 カチリ、と乾いた音が響く。


「――下がって!」


 ラオンが叫ぶより早く、天井の一部が開いた。

 石ではない。薄い膜のようなものが破れ、そこから淡い光が落ちてくる。


「なに、これ……!」


 ティナが身を引いた瞬間、光は床に広がり、霧のように漂い始めた。


 害意は感じられない。

 魔力反応も、危険域ではない。


 ――無害、と判断。


「ラオン……?」


「動かないでください。現象を確認します」


 ラオンは霧に手を伸ばした。

 触れた瞬間、視界が一瞬、歪む。


 ほんの刹那。

 だが、確かに“別の光景”が重なった。


 遺跡ではない。

 もっと広い場所。青空と、風と――。


 「……!」


 ラオンは即座に手を引いた。


「ラオン!?」


「……問題ありません」


 声は、わずかに遅れた。


 霧は数秒で消え、天井の膜も元に戻る。

 部屋は、何事もなかったかのように静まり返った。


「今の……何?」


「不明です」


 ラオンは内部ログを確認する。


 接触現象:一時的視覚干渉

 危険度:低

 影響:未確認


 ――探索続行、可能。


 それが、最適解だった。

 論理上は。


「……進みましょう」


 ラオンはそう言い、部屋を出た。


 だが、ティナは一瞬、立ち止まった。


「ラオン」


「何ですか」


「さっき……ちょっと、怖かった」


「危険性は確認されていません」


「うん。でも……」


 ティナは言葉を探し、首を振った。


「ごめん。気のせいだね」


 その言葉に、ラオンは何も返さなかった。


 通路を進むにつれ、選択は増えていく。

 右、左、直進。どれも同じように見える。


 ラオンは、迷わなかった。


 最短経路。

 最も合理的なルート。

 常に“正しい”選択。


 それなのに。


 小さな異変が、積み重なっていく。


 足音が、一拍遅れて聞こえる。

 ティナの声が、わずかに遠く感じる。

 判断結果が、確定するまでに、ほんの一瞬の空白が生じる。


 ――許容範囲内。


 ラオンはそう結論づけ続けた。


 だが、問題は別のところにあった。


 この日、彼は一度も「引き返す」という選択をしなかった。


 本来なら、霧の発生時点で撤退も検討すべきだった。

 未知の現象に対し、安全マージンを取るのが常だった。


 それを、しなかった。


 その事実を、ラオン自身が“判断ミス”として認識するのは、

 まだ、ずっと先のことになる。


 遺跡の奥で、何かが静かに回り始めていた。


 歯車は、音を立てない。

 ずれも、軋みもない。


 ただ確実に、「元に戻れない方向」へと、

 選択を導いていた。


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