13.正しさの連続
遺跡の奥へ進むほど、空気は澄んでいった。
それは安心を意味するはずだった。
魔力の乱れは減少し、罠の密度も下がっている。
――安全域に近づいている。
ラオンはそう判断した。
「ここから先、崩落確率は一割未満です」
淡々と告げる。
「……ほんとに?」
ティナは疑うように天井を見上げた。
だが、何も起きない。
軋みも、揺れもない。
結果は、ラオンの言葉通りだった。
「ほら」
彼は振り返らない。
それが、いつもの流れになっていた。
罠は発動前に無効化され、
危険な床は踏み込む前に避けられ、
迷路のような回廊も、最短で抜ける。
どれも、成功。
しかも――説明なしで。
(……すごい、けど)
ティナの胸は、晴れなかった。
成功が続くほど、
「おかしい」と言いづらくなる。
結果が正しい。
被害がない。
むしろ効率的。
反論する理由が、見つからない。
「ラオン、地図……見なくていいの?」
「必要ありません」
「前は、必ず確認してたのに」
「今は、不要です」
その言葉に、ティナは黙る。
確かに、迷っていない。
間違ってもいない。
――だから、何も言えない。
次の広間で、古い魔導装置が起動した。
幻夢蝶の影響か、視界が歪む。
「幻覚系……?」
「軽度です」
ラオンは即座に歩き出す。
ティナは、遅れた。
足元が、揺らぐ。
壁が、遠ざかる。
「……ラオン……」
呼びかける声が、薄れる。
だが次の瞬間、彼の手が伸びた。
「大丈夫です」
彼は、幻覚が強まる前に彼女を引き戻していた。
結果、問題なし。
「……助かった」
「当然です」
当然。
その言葉が、胸に引っかかる。
以前のラオンは、
「運が良かったですね」とか、
「次は注意しましょう」と言っていた。
今は、違う。
まるで――
最初から成功する前提で動いている。
小さな戦闘が起きた。
遺跡防衛機構の残骸が、魔力で動き出す。
ラオンは、迷わず前に出た。
以前なら、ティナを下がらせ、
安全距離を取ってから迎撃していた。
今は――
「ここで終わらせます」
一瞬で距離を詰め、
急所を貫く。
完璧。
被害ゼロ。
ティナは、息を呑んだ。
(……強い)
否定できない。
そして、怖い。
だがその恐怖は、
敵に向いていない。
ラオン自身に向き始めていることを、
彼女は言葉にできなかった。
「進みましょう」
ラオンは淡々としている。
成功が、彼の中で積み上がっていく。
――ほら、問題は起きていない。
――ほら、最適だった。
――ほら、間に合っている。
その積み重ねが、
「慎重である理由」を削っていく。
遺跡のさらに奥で、
幻夢蝶が静かに羽を震わせた。
それは、観測とも、誘導ともつかない動き。
ラオンは、立ち止まらない。
(成功率、上昇)
彼の中で、判断基準が書き換わる。
“避ける”から、“通す”へ。
“確認”から、“即決”へ。
まだ、破綻はしていない。
だからこそ――誰も止められない。
ティナは、背中を見つめながら思う。
(……このまま、うまくいき続けたら)
それは、祈りに似た疑問だった。
成功が続く限り、
異変は「異常」にならない。
ただの――
頼れる力として、受け入れられてしまう。
ラオンは知らない。
成功体験が、
最も危険な兆候だということを。




