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10.拾われなかったもの

 遺跡の床が、わずかに沈んだ。


 音は、しない。

 だが、ラオンは即座に反応した。


「停止」


 短く告げ、足を止める。


 ティナも反射的に止まり、周囲を見回した。


「なに? 罠?」


「可能性は低いですが、構造変化を検知しました」


 ラオンは膝をつき、床に手を当てる。

 魔力の流れを読み取り、即座に解析を進める。


 床下空間:安定

 荷重耐性:許容範囲

 崩落確率:0.03


 問題なし。


「進行可能です」


「……本当に?」


「はい」


 数値は嘘をつかない。


 ラオンは一歩、踏み出した。


 ――その瞬間。


 床が、沈んだ。


「え――!?」


 ティナの声と同時に、石床が崩れ落ちる。


 ラオンは即座に障壁を展開し、ティナを抱き寄せた。

 二人の身体が宙に浮き、衝撃が緩和される。


 数秒後、障壁が着地。


 下は、狭い空洞だった。

 落下距離は、三メートル程度。


 致命的ではない。


「大丈夫ですか」


「う、うん……」


 ティナは頷くが、顔は青い。


 ラオンは周囲を確認する。


 壁面に亀裂。

 天井から、細かな砂が落ちてくる。


 想定外ではあるが、被害は軽微。


 判断としては、致命的な失敗ではない。


 ――だが。


 ラオンの内部で、処理が追いつかない感覚が生じていた。


(……崩落確率、0.03)


 数値は、誤っていなかった。

 だが、現実は崩れた。


 つまり、確率の低い事象を引いた。

 それだけの話だ。


 本来なら、そう処理すべきだ。


 だが、違和感が残る。


 床が沈んだ瞬間、

 その前兆を、感知していた気がする。


 ほんの、微かな変化。

 魔力の流れが、揺れたような。


 だが、その情報は、判断に組み込まれていなかった。


 拾われなかった。


 なぜ?


「……ラオン」


 ティナが、震える声で言う。


「さっき……わたし、止まった方がいいって思った」


 ラオンは彼女を見る。


「それは、なぜですか」


「分からない。でも……嫌な感じがして」


 嫌な感じ。


 それは、感情的な判断。

 数値にできない情報。


 ラオンは、理解できないまでも、

 事実としてそれを受け取った。


「……それを、なぜ言わなかったのですか」


「言おうとしたよ。でも……」


 ティナは、言葉を探す。


「ラオン、迷わないから。

 止めたら、邪魔になる気がして」


 その言葉が、ラオンの内部で静かに響いた。


 邪魔。


 自分の判断が、誰かの発言を抑制していた。


 その可能性を、彼は初めて意識する。


 数値を再確認する。


 判断速度:1.08

 判断補正値:+0.32

 未採用情報:検出不能


 ――未採用情報。


 それが、問題だった。


 情報は存在していた。

 だが、採用されなかった。


 拾われなかった微細な兆候。


 そして、それが「結果」として現れた。


「……軽傷で済みました」


 ラオンはそう言った。


 事実だ。

 致命傷ではない。


 だが、ティナは小さく首を振った。


「ううん。たまたまだよ」


 その言葉が、胸に引っかかる。


 たまたま。


 確率論では、説明できる。

 だが、現場にいた者の実感としては、違う。


 ラオンは、静かに立ち上がった。


「次からは……」


 言いかけて、止まる。


 次からは、何をする?


 判断速度を落とす?

 感情的情報を採用する?

 同行者の直感を、評価に組み込む?


 どれも、理論が未完成だ。


「……次からは、事前に共有してください」


 結局、そう言った。


 ティナは少し困った顔で、頷く。


「……うん」


 それが、最適解だったのか。


 ラオンには、まだ分からない。


 ただ一つ確かなのは、

 小さな見落としが、現実に影響を与えたという事実。


 遺跡は、何も言わない。

 だが、確実に何かが変わり始めていた。


 幻夢蝶は、遠くで静かに光っている。


 まるで、

 「それでも、進むのか」と問いかけるように。


 ラオンは、その光を見つめながら、

 初めて、自分の判断にほんのわずかな疑問を抱いた。


 それは、感情ではない。


 だが、無視できるほど小さくもなかった。

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