8.ティナ視点/「怖い」という感情の芽生え
遺跡の空気は、冷たい。
でもそれ以上に――
胸の奥が、落ち着かなかった。
(……なんだろう、この感じ)
ティナは、ラオンの背中を見ていた。
いつも通り。
静かで、淡々としていて、
頼れる背中。
なのに。
(ちょっとだけ、遠い)
距離が開いたわけじゃない。
声も、態度も変わらない。
でも――
ラオンの中で、何かが動いている気がする。
「ラオン」
呼ぶと、すぐに振り返った。
「どうしました?」
その反応が、少しだけ速すぎた。
「……ううん。呼んだだけ」
嘘だ。
本当は、確かめたかった。
でも、言葉にできない。
言葉にした瞬間、
壊れてしまいそうな気がした。
遺跡の奥で、淡い光が揺れる。
幻夢蝶――
それに近い反応。
「ねぇ……奥、行くんだよね」
「はい。目的地点です」
ラオンは即答する。
迷いはない。
だからこそ、
ティナの胸が、きゅっと縮んだ。
(行きたくない、じゃない)
(でも……)
――怖い。
初めて、そう思った。
怪我の心配でも、
遺跡の崩落でもない。
ラオンが、変わってしまうことが。
「ティナ?」
立ち止まった自分に、ラオンが気づく。
「……ねぇ、もしさ」
声が、少し震えた。
「奥に行って、何かあっても……
ちゃんと、戻ってきてね」
ラオンは一瞬、言葉を探すように間を置いた。
「戻る、とは?」
「……そのままのラオンで、ってこと」
説明になっていない。
自分でもわかっている。
それでも。
ラオンは、静かに頷いた。
「努力はします」
努力。
その言葉に、
安心と不安が、同時に押し寄せた。
ティナは笑う。
「うん。じゃあ、行こ」
怖い。
でも、目を逸らしたくない。
彼の隣にいると決めたから。
遺跡の核心へ、
二人は足を踏み出した。
ティナは知らない。
この一歩が、
「感情が戻る」か、
「何かが壊れる」かの分岐点だということを。




