44.地上の混乱 その3
アマテラスは笑顔を浮かべたまま固まっていた。頭の中などうしよう、どうしようと同じ言葉がぐるぐると回っている。目の前には白鰐の姫ことミヤビヒメが膝をついてこちらを見上げている。絶対に本当のことを聞くまで帰らないとばかりに決意に満ちた表情だ。
アマテラスは今朝がたまでスサノオたちと鏡通信をしていた。キビヒコの訃報に泣き崩れたウワハルと通信後にナガスネヒコの訃報を聞いたシタハルに、ウワハルの母であるウタヒメと共に付き添い、二人が寝付くまでそばにいた。部屋から出るとツクヨミが待っていて、二人で遅めの朝食を食べようとアマテラスの館に戻ってきたら白鰐の姫が待ち構えていた。
「アマテラス様、お疲れのところ申し訳ございません!ですがこの因幡からの手紙の真意と、父が泣いていた理由をどうしてもお聞かせいただきたいのです。」
隣のツクヨミを見ると自分と同じように笑顔を浮かべたまま固まっている。きっと頭の中で自分と同じ言葉がぐるぐるしていることだろう。
「ミヤビヒメ、あなたの気持ちはよくわかるわ。自身の記憶を無くした理由だってずっと知りたかっただろうに、私たちや周りの人たちのために我慢していたのでしょう?」
「はい、きっと何か理由があるのだろうと思っておりました。ですが、因幡のことで父が泣いていたことを知った今、答えがわかるのを待っていることが出来なくなりました。」
「そうだよねぇ。白鰐ちゃんの性格で今まで我慢して待っていてくれたことにこちらが感謝しなくちゃいけないよね。」
ツクヨミが苦笑いした。
アマテラスがはぁとため息をついた。
「わかったわ。ウワハルのことで黙っているほうが良いっていうのはこちらの驕りなんだと思ったわ。
その代わり、話を聞いても今までと同じ態度を貫くことを誓ってほしいの。それと、私たちがご飯を食べ終わるまで待っていてもらえないかしら?それとも一緒に食べる?」
「一緒に頂きます!
アマテラス様、ツクヨミ様、ありがとうございます!!私、色々最悪なことも想像して気持ちを整えてきたつもりなんです。聞いたら泣いてしまうかもしれませんが、泣き止みますから。今までと同じ態度を貫きますから!」
白鰐の姫は飛び上がって喜んだ。
アマテラスとツクヨミとミヤビヒメは食堂でかなり遅めの朝食を食べ始めた。給仕をしてくれる侍女たちもいるので、美味しいわねとか、おかわりいただける?とか、あそこの花が咲きましたとかたわいのない会話をして、それなりに楽しく食事が終わった。
アマテラスはこそっとツクヨミに言った。
「では、3番目の打ち合わせ室に行きましょう。」
「なんで3番目何ですか?」
「あそこが一番防音の結界が強いのもあるんだけど、実は壁が一番丈夫なのよ。それに侍従たちの部屋も近いから応援も呼びやすいし」
「なるほど、私たちでだけでは手に負えないかもしれないと。
・・・オモイカネ様に知らせる必要はありますか?白鰐ちゃんの父君が呼ばれて行ってるみたいですけど。」
「そうね。一応知らせておきましょう。何かの時は駆けつけてもらえるように。」
二人がコソコソ話しているのをニコニコと見ているミヤビヒメを振り返り、二人は頷きあった。
「防音の結界が一番強い3番目の打ち合わせ室に行きましょう!」
◇
「なるほど、では因幡は生きているし元気なんですね?」
アマテラスとツクヨミは頷きながら泣いたり喚いたりましてや暴れたりもしないミヤビヒメに内心頭をひねった。
最初に白鰐の長が持っていた手紙の内容について尋ねられた。ツクヨミとオモイカネが、ひょんなことから二人が両片思いであることに気が付き、因幡があんなチャラそうな男の演技をする羽目になった発端は自分たちにあると反省し、二人の仲を取り持つべく働きかけたことを白状した。ミヤビヒメは自分の気持ちを見透かされていたのが恥ずかしくって雄たけびを上げたが、因幡の気持ちを知れて嬉しかったから良しとしますと胸を撫でで気持ちを落ち着けていた。
次に自身の父が因幡の手紙に涙していたこと、因幡が帰ってこないことについて聞かれた。アマテラスたちは腹を決めて話した。ただし、姫が渡したお守りについては触れないように、原因は不明だが因幡の神力の器官が壊れて地上に落ちたと。器官が治らない限り高天原に戻ることが出来ないと。そしてミヤビヒメが記憶を失ったのは、地上に落ちていく因幡を見たショックのせいだと伝えた。ミヤビヒメは真面目な顔をして聞いていたが、その返答が冒頭の内容であった。
「大丈夫?なんか神力が暴走しそうとか、感情が爆発しそうとか・・・?」
「え、だって生きてるんですよね?元気なんですよね?神力の器官が壊れているだけなんですよね?」
「いや、そうだけど・・・。」
「なら良いんです。因幡の寿命がどうなるか分からないとのことでしたが、死にそうな時は私の力で高天原の結界をぶっちぎって会いに行きますから。生まれ変わって記憶が無くなっていたって、口説き落としますから。何に生まれ変わったって次こそは私のそばにいてもらいます。」
その時、打ち合わせ室の扉をたたく音が聞こえ、返事も待たずに入ってきた人がいた。
「さすが白鰐のお姫様だね!そのまっすぐな気持ち、僕の大切な友達に似ているよ。」
そう言って、小さく拍手しながら入ってきたのはオモイカネと白鰐の長だった。
「オモイカネ様!それに父上まで!!今の話聞いていたんですか!?」
さすがに実の父に恋バナを聞かれたのは恥ずかしかったらしく、ミヤビヒメは真っ赤になった。
オモイカネは素早く扉を閉めると更に防音の結界を部屋にかけた。
「さぁ白鰐の長、同士の集いへようこそ!」
「はぁ・・・。因幡殿が帰ってくるまでは触らぬ神に祟りなしでふわっとした立ち位置でいたかったのだが・・・。」
「どういうことですか?オモイカネ様?」
「いやね。ミヤビヒメは知らないかもしれないけど、白鰐の長にガロを探してもらう名目で高天原中の結界の様子を探索してもらっていただろ?で、怪しい場所があるっていて今日私のところに来てもらってたんだけど、その最中にこちらに引き入れようと色々粉をかけても、のらりくらりと躱されていたところだったんだ。ところがさ、ミヤビヒメがアマテラスのところに因幡のことで突撃してきたって連絡があった途端、こちらにつくからミヤビヒメを助けてくださいって。」
「白鰐ちゃんの神力が暴走して人格が無くなると思ったんですね。」
親子の愛だと、ツクヨミが感動したように言った。
「人格が無くなるってどういうこと?」ツクヨミの後ろから顔を出しミヤビヒメが訊ねた。
「ヒメ!無事だったか!!お前がお前じゃなくなったら儂にとっての世界は終わりなんだ。」
そう言って白鰐の長はミヤビヒメを抱きしめるとぐすぐすと泣いた。
◇
「なるほど、白鰐の一族にはそんな能力があったのね。だから父上は私のためにも因幡のことが心配で手紙を見て泣いていたのね。」
「すまん・・・。それにしてもお前がすでにオモイカネ様たちの仲間になっていたとはな。」
「仲間と言っても、すべて知っているわけではなかったの。」
今回、父娘そろってオモイカネたちの仲間になったということで、改めてすべてのことを二人に説明した。そしてオモイカネとツクヨミは因幡をお色気系諜報員にしてしまったことも改めてミヤビヒメに謝罪したのだった。
「もうっ、わかりましたからっ。次に因幡に会えたら因幡にいっぱい謝ってもらうのでお二人はもう大丈夫です。それに!見た目は少女みたいだけど私はもう大人です。色々考えたり感じたりしてきて成長しているんです。私の暴走を心配してくださったのは嬉しいですが、今度から隠し事はしないでくださいね!因幡もですが、父上や皆さんは私の大事な人たちなんです。何かあったのに知らないままでいるほうがよっぽど悲しいし、悔しいです。」
ミヤビ~と白鰐の長が感激してむせび泣いた。
そんな父を押しのけてミヤビヒメはオモイカネに言った。
「先ほど父から怪しい場所について報告を受けたとおっしゃってましたが、その件はもうよろしいのですか?私は下がったほうがよろしいでしょうか?」
「本当に私は君をわかっていなかったようだね。是非ここにいて欲しい。そしてその力を貸してほしい。」
オモイカネの返答にミヤビヒメは心底嬉しそうに微笑んで大きく頷いた。
「では、白鰐の長よ。先ほど話が途中になっていたことをもう一度最初からお願いできるかな?」
「畏まりました。
行方が分からなくなっているガロを探す名目で、高天原の神々の許可を得て、すべての館の中まで探索をかけました。その結果、始まりの三神の館が地下でつながっており、そこに中が探知できない空間があることがわかりました。」
「今は高天原にいらっしゃらないアメノミナカヌシの館もなの?」
「はい。アメノミナカヌシ様の館には数人の侍従や侍女がいて屋敷を歩きまわっている様が探知できましたが、アメノミナカヌシ様のお姿は探知できませんでした。そちらからも通路が伸びていて、探知できない空間に繋がっておりました。」
「ほかに探知できない空間がある所はなかったのですか?」
「ほかには見当たりませんでした。始まりの3神の館から通路が伸びているその空間だけが、中を探知できませんでした。」
「通路を誰かがウロウロしているということはなかったのか?」
「ウロウロされている最中に探査をかけていれば分かるのですが、それ以外ですとわかりません。少なくとも私が探査をかけている最中に通路を歩いている方はおりませんでした。」
「なるほど・・・。ところで、タカミムスビ様のお孫様であるニギハヤヒ殿は探知できたかな?スサノオが心配しているのもあって会いたいのだが、タカミムスビ様に問い合わせても仕事が忙しいとの返答ばかりで・・・。」
「タカミムスビ様のお屋敷を探知いたしました際に、お庭に面した部屋で横になられている方を探知いたしました。気配から言って恐らくニギハヤヒ様かと思います。」
「横になっているとは、臥せっているってことか?」
「寝所に横になっているわけではありませんでした。ですが病を得られているかどうかまでは分かりませんでした。私の探査はそこに居るか居ないか、立っているか寝ているか歩いているかの程度です。ただ、他の皆様より気配を感じる程度が非常に強いのが強味です。」
「そんな父上ですら探査することが出来ない空間となるとどういうことでしょうね?」
「ひょっとしてアメノミナカヌシ様がいたりして?」
ツクヨミのおふざけにアマテラスが笑えない!と頭をぽかりと叩いた。
「とにかく、その空間について調査を行う方法を考えよう。」
「タカミムスビ様やカミムスビ様に直接頼むのはやめたほうがいいですよね。敵かもしれませんし・・・。長殿にはもうしばらく探査を続けていただませんか?できれば夜中などの本来歩き回ることがない時間に。高天原の皆様には探査時間をあえて告げずに探査延長の許可を頂きますから。」
オモイカネとツクヨミがそう言い、一同は頷いた。
話が一段落し、皆がぞろぞろと帰ろうとする中、ミヤビヒメはオモイカネを呼び止めた。
「オモイカネ様。私と父を信用してくださりありがとうございます。
・・・あの、次の鏡通信の時、スサノオ様から因幡に伝言をお願いできないでしょうか?」
「ああ、何でも言ってくれ!」
「次会えるのをずっと待っていると。何度生まれ変わっても見つけるからとお伝えください。」
「ああ、確かに。」
そう言うとミヤビヒメは父親のところに駆け寄り、二人でこちらにお辞儀をすると肩をならべて帰っていった。
「白鰐ちゃん、大人だったですね。」
「本当だな。」
「あーあ、僕も誰かと幸せになりたい!」
ぼやくツクヨミの背中をたたき、オモイカネは妻と子供たちが待つ館に帰っていった。




