39.キビヒコとナガスネヒコ その4
「では、こちらを書類をスサノオ様にお渡ししてきます。」
「よろしく頼むよ。あ、ニニギ殿が帰って来てるそうだね。今夜にでも皆でお食事をしたいから、ご都合を聞いてくれる?」
「畏まりました。」
ナガスネヒコは甥であり主でもあるウマシマジに恭しくお辞儀して退出しようとした。
「久しぶりに伯父上に甥として扱ってほしいな。」
振り返るとちょっとむくれ顔でウマシマジがこちらを見ていた。
近づいて思わず頭をなでた。
「お前は本当によくやっている。自慢の甥で自慢の主だ。」
嬉しそうに笑うウマシマジに笑い返して部屋を出た。
「兄上。」
部屋を出た途端、待ち構えていたのかウマシマジの母であり、キビヒコとナガスネヒコの妹でもあるミカシヒメが近づいてきた。
「どうした?ウマシマジ様ならお部屋にいらっしゃるが。」
「兄上に聞きたいことがあるの。」
ナガスネヒコの言葉にかぶせるように答えると彼の腕を引っ張って近くの空いている部屋に入った。
「どうしたんだ?何かあったか?」
思った以上のミカシヒメの力に腕をさすりながらナガスネヒコが聞いた。
「・・・ニニギ様が英雄として人間から崇められていると聞いたわ。」
「そうだな、オニムカデの退治をしてくださっているし、農耕についても指導してくださっているからな。」
「何を呑気な!兄上、非常にまずい状況になってきているのをわかっているの?今や人間がニニギ様派とニギハヤヒ様の子であるウマシマジ派で対立しつつあるのよ。」
「どういうことだ?」
「表側を担っているウマシマジたちは現状を維持することに注力しているわ。凶悪な事件が多発している時代で現状を維持するなんて本当に大変な仕事よ。だけど地味なの。日常が日常であることへの感謝なんて人間はしないわ。それに対してオニムカデを退治し、農耕の指導を行うニニギ様は変化を見せつけて派手だわ。まさに地上の救世主よ。ニニギ様こそ地上を統べるにふさわしい神だと言い出す人間が出てくるのはちっとも不思議じゃないわ。」
「それに反発する集団がいるってことか?」
「そうよ。あの女が率いている集団が扇動しているわ。」
ミカシヒメは周りを見回して声を潜めた。
「・・・あの女たち、ニニギ様に何かしようとしているわ。」
「はぁ?!」
「声が大きい!昔、兄上たちに権力よこせってよくいいがかりつけてたあの女!もうかなりの年齢だし、ある程度は目こぼししてやろうと思ったけど、まだまだ厄介ごとを引き起こすつもりみたいよ。
先日なんかコソコソしてたからつけて行ったら、村の空き家で決起集会開いていたわ。なにするのかまではわからなかったけど。人間が天津神に何かできるわけないけど、行動を起こされただけでもニニギ様の権威に傷がつくわ。ウマシマジの存在に対する致命傷にもなる。実際には支え合っている我らとしては双方ともに痛手になるわ。」
「ウマシマジ様はこのことはご存じなのか?」
「いいえ、知らせていないわ。
”知らないことが、命を長らえることにもなる”ってニギハヤヒ様のご方針でね。ある意味可哀そうだけど、ウマシマジには光の当たる場所しか見せないことにしたの。まっすぐに地上のために取り組むのがあの子なの。本人も気づいている上で受け入れていると思うから、申し訳なさそうな顔しないで。私もその方針で基本何も知らない方向で行こうと思っていたんだけど、あんまりにもスサノオ様たちが呑気すぎて・・・。
あーあ、ウワハル様たちがいてくださったらこんな心配しなくて良かったのに!」
「お前・・・。」
「あ、本当に私に何も言わなくていいから。私はウマシマジと長生きしてニギハヤヒ様にもう一度会いたいの。とにかく!上手くやってよね。」
しっかりしてよと言ってミカシヒメはコソコソ帰っていた。
妹と別れた後、ナガスネヒコは悩みながらスサノオのもとに行った。
「こちら、ウマシマジ様からお預かりした書類になります。ご確認をお願いいたします。」
「お、ナガスネヒコ!ご苦労様。
どう?ウマシマジ殿はお元気でおられるかな?最近慌ただしかったからお目にかかりたいな。」
「ありがとうございます。我が主はとても元気です。ちょうど我が主もスサノオ様たちと夕食を共にできたらと申しておりまして、突然にはなりますが今夜のご都合をお伺いするように言いつかりました。」
「それは良い!ニニギもちょうど帰ってきたところで、面白い話が聞けるんじゃないかと楽しみにしていたとこなんだ。」
「いや面白い話じゃなくて大切な報告です。」
同じ部屋にいたキビヒコがスサノオに突っ込んだ。
「最近、因幡もオオクニヌシも遠征ばっかりだから俺の相手をしてくれるのがキビヒコしかいなくて。」
「私も仕事があるんですけどね。」
「いいじゃん、たまに相手してくれたって~。」
仲良さそうな二人をぼーっと見ているとキビヒコが心配げに言った。
「どうした?ナガスネヒコ。何かあったのか?」
「いや、大丈夫。ちょっと疲れたかな?」
「無理するなよ?忙しすぎたのなら頼れよ。少しぐらいなら手伝えるから。」
「ありがとう。その時は言うよ。
では、スサノオ様。今夜は皆で夕食会ということで。場所はウマシマジ様の館の広間でよろしいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼むよ!あ、ナガスネヒコとキビヒコもぜひ参加してくれ。久しぶりに男だらけでぱーっとやろう!」
畏まりました、是非とキビヒコとナガスネヒコがお辞儀をした。
ご機嫌なスサノオとキビヒコに見送られウマシマジの館に戻ろうとしたが、巷の声がきけるかもと近くの村々を散策してみることとした。
葦国中原の村々は少々のもめごとはあっても血を流すほどのことは起きないし基本的には平穏である。これもウマシマジ様が頑張っていらっしゃるからだとナガスネヒコは誇らしく思った。
ナガスネヒコを見かけた村人たちが頭を下げる。ニギハヤヒ、ウマシマジと2代に渡り神に仕えているナガスネヒコは、人間族の長だったこともあり皆に顔を知られていた。
「いるだけの神様の手先に頭なんて下げる必要はねぇよ。これからはニニギ様の時代だ!」
突如として大きな声が響き渡った。
見ると片手を失い、頭に包帯を巻いている男がいた。オニムカデに襲われニニギが助けに向かった村の一人だ。家々が破壊されたので再建の目途がつくまで数人で移り住んできたと聞いている。
「ニニギ様は俺たちを救ってくださって、新しく生活する場所まで与えてくださった。作物の種も分けてくださった。この世界を助けてくださるのは、いるだけの神様じゃなくてニニギ様だ!」
そうだそうだ!と男の仲間と思われる人々が集まってきた。
「何を言う!ウマシマジ様は始まりの神のひ孫じゃ!地上に使わされたニギハヤヒ様の正統な跡取りじゃ。」
そこに妹があの女と呼んだ彼女が現れた。さらに老いが進み一人では歩くこともできなくなった彼女は大きな男に抱きかかえられていた。
巫女様!巫女様!!と数人の村人が駆け寄ってきた。
「始まりの神の血筋であるウマシマジ様をないがしろにするニニギには天罰がおちるだろう!」
ナガスネヒコはもう訳が分からなかった。
ニギハヤヒとウマシマジが行ってきたことを理解していない人間がいることが、彼女が巫女と呼ばれていることが、天津神であるニニギに天罰が落ちると言っていることが。
唖然として彼女を見ると歯をむき出して笑った。
「ご安心召されよ。ウマシマジ様の従者様。我らが神をお守りいたします。」
どうやら彼女はナガスネヒコのことを忘れてしまったようだった。
うすら寒くなったナガスネヒコは身を震わせた。
これは大変なことが起きようとしている。
今夜の夕食の後にスサノオ様たちにご相談をさせていただこう。
その前にキビヒコに相談しなければとスサノオの館に急いで引き返していった。
話を頑張って進めたいです!




