38.キビヒコとナガスネヒコ その3
キビヒコは鏡をのぞき、日課であるリクとハナの映像を確認した。二人は16歳となっていた。さすがに親と一緒に寝る年齢ではなくなってきたので、リクの言葉足らずのもめごとは、鳥人達が夢枕といった形で周囲の人間にささやき大事になる前に解決している。
リクとハナに関しての夢枕が多いことから、最初のころは神様のお告げだとか彼らは特別なのでは?といった噂が流れたが、リクのポンコツぶりに対する夢枕ばっかり(たまにハナが悲しんでいること)だったので、ご先祖様が心配しているんだということで落ち着いた。最近では、リク自身が言葉が足らないことを自覚し努力するようにもなってきて、夢枕の出番も減ってきている。
そして、鳥人達はこの人間の言葉足らずを補う技を身につけつつあった。
「いやー、一時は鏡をずっと見てなくちゃいけなのかと気が遠くなったんだけど、何とかなるもんだね。」キビヒコは自身の影から鏡をのぞき込んでいた鷹のアキヒコに話しかけた。
「本当にそうですな。あのクソガキいや失礼、リクのやらかしは私の理解を超えていましたからね。」
「本当だよね。でもおかげで、と言って良いのかわからないぐらい大変だったけど、鳥人達が人の心の機微を非常に理解できるようになったからね。」
「まぁ、あれだけ多岐にわたって対応し続ければ学びますよね…。一時期、ストレスで羽の色つやが悪くなっていたぐらいですから・・・。今では見るべきポイントを抑えられるようになって、キビヒコ様が鏡に張り付いている必要もなくなりましたし。」
「学びがすごすぎで、待機しているほかの鳥人や鋼鳥たちに講座が開けるようになったしね。」
そうなのである。人の心の機微を察し理解し補う講座が夜中に開催され、これから任務に就く鳥たちに大人気となっている。
「あと、ハナは自分のためにリクが怒ってくれてることで幸せになっているよね。」
「たしかにそうですな。リクは怒りを外に出すのに対し、ハナは悲しみを内側に溜めこんでしまっていましたからね。組み合わせも重要なのですね。」
「彼らが、天寿を全うして戻ってくるのが楽しみだな。きっと魂魄が奇麗になっているよ。」
「ウワハル様も喜ばれるでしょうね。」
「ああ、ウワハル様にご報告したら飛び上がって喜ばれるだろうな。」
子供の様に大はしゃぎで喜ぶウワハルを想像してキビヒコはワクワクした。
その時だった。ハナの鏡に鋼鳥が映り「緊急事態です!!」との声が聞こえた。
キビヒコとアキヒコが慌てて鏡を見ると、村の池からリクとハナが走って離れようとしている映像が映った。リクの鏡には池からはい出ようとしている巨大なムカデに、鋼鳥たちが攻撃をしている映像が映っている。
「これはひょっとしてオニムカデか!」
「この巨体と色、そうに違いありません!」
「あたりのオニムカデは鋼鳥たちが駆逐していたのになぜ?!」
「水脈伝いでしょうか?とりあえず彼らと村を守らねば!」
「その通りだ!アキヒコ、屋敷に待機している鋼鳥たちをすべて村に向かわせろ。あとニニギ様たちは、現在どちらにいらっしゃる?お見かけしていないか地上のすべての鳥に通達を出せ!わかり次第鷹の鋼鳥とともに行って村へおつれしろ。」
幸いにしてニニギ達一行は、オニムカデ退治の遠征からの帰路であり、葦原中国のすぐそばまで来ていた。アキヒコは弟分のナツヒコと娘のモモとアンズを連れ、ニニギ達のもとへ向かった。
◇
リクとハナは二人で池に魚を捕りに来ていた。今日は二人の生まれた日だ。いままで祝ってもらう側だったが、16歳は大人になる年だ。今まで育ててくれた両親たちにお礼の料理を出して驚かそうと二人でこっそり来たのだ。
リクは隣で釣り糸を垂れるハナを見る。目が合うとにっこり笑ってくれた。同じくらいだった身長も今では随分差ができてしまって、リクの肩ぐらいまでしかない。色々ともめ事を起こしてきた自分だが、夢枕と家族、そしてハナがいてくれたおかげで何とかなってきた。今では村に友達もいっぱいいる。池の周りの木々には顔見知りになった数羽の鳥たちがいてこちらを見ていた。幸せだなとリクは空を見上げた。
釣果はなかなかのモノだった。
「これだけ釣れればおなか一杯になるわね!あともう少し釣って保存食もつくろうよ。」
「まだ釣るのかよ?そろそろ帰ろうぜ、料理もしなくちゃいけないし。」
もう少しだけ、と釣り糸を垂れたハナを見た瞬間、その釣り竿がすごい力でしなり、行けに引きずり込まれそうになった。
「竿から手を放せ!」
ハナに飛びつき、池に落ちそうになったのを阻む。竿が池に飛び込み、その瞬間大きな音とともに水柱があがった。おどろいて水柱を見つめる二人の前に現れたの赤く巨大なムカデであった。
池の中で立ち上がっている巨大なムカデはリクの3倍以上に見えた。目を光らせ口を大きく開き岸にいる二人のほうへ倒れこもうとした。その瞬間、木々から鳥たちが現れた。いつも見かける小さな鳥でなく、羽が金属のように光っている大きな鳥たちが一斉にムカデに攻撃を仕掛けた。その様を見て我に返ったリクはハナの手を引いて村に向かって走った。
「大人たちに知らせるんだ!」そう叫んでハナを見ると真っ青な顔をして泣いていたが、頷いて懸命に走っていた。村の家のあるあたりまで来たとき、向かい側から池で見たのと同じ金属のような羽をもつ巨大な鳥の大群が池に向かって飛んでいくのとすれ違った。それを見送りつつ駆け込むと叫んだ。
「たいへんだ!大きなムカデが池に出た!俺の3倍以上あるやつだ!」
リクの大声を聞いて、大人たちが走ってきた。
「それってオニムカデじゃ?最近見かけなくなっていたのに!!」
「急げ!子供と女は岩穴に隠れろ!男たちは武器をもって集合だ!」
大人たちは大急ぎで指示を飛ばした。
「リク、ハナ!急いで母さんたちと岩穴のところに行け!」リクの父親が二人のところに走ってきた。
「俺も父さんと行くよ!今日から大人だ!ハナ、母さんたちを頼む。父さん、今鳥たちが俺たちを守ろうと戦ってるんだ。早く助けに行こう!!」
「よーし、ここで降ろせ。あとは任せろ。」
そのとき、大きな声が聞こえると空から3つの人影が降ってきた。突然現れた3人に驚いた村人たちの動きと声が止まった。
「そりゃ驚くよね!私たちはオニムカデを退治して回っている神です。聞いたことないかな?ま、この辺は鳥たちが頑張って追い払っていたからあまり知られてないかな?
えー、こちらは天津神のニニギ様と因幡様、そして私は国津神のオオクニヌシです。」
人のよさそうな男性がニコニコしながら紹介をした。その瞬間、大人たちはワッと湧いた。
「もちろん存じ上げております!!しばらく平和でしたが、かつて神様に助けていただいたご恩は語り継いでおります。」
年寄りたちはまたお会いできるなんてとうれし泣きをし、若い世代は興奮で頬を赤くした。
リクは驚いたが、これで助かるんだとホッとしてその場に座り込んだ。そこにハナが走って抱き着いた。
「リク!よかった!!よかったね~・・・。みんな助かるね。誰も死なないね。」
そういって大泣きし始めた。
「うん、そうだな、だれも死なないな。本当に良かった。」
リクも涙目になってハナを抱きしめた。
その後、ニニギ達が池に向かい、一刀でオニムカデを退治するとともに辺りの毒素の浄化を行った。神たちの圧倒的な力に村人たちは感謝と共に畏怖の念をおぼえ、村の長が礼を述べている間、おずおずと遠巻きにしていた。毎度の反応に慣れっこになっていたニニギ達があっさりと去ろうとした時、ハナが飛び出し、3人の前に額づいた。
「本当に本当にありがとうございます!皆様のおかげで誰も死なず、毒素にも侵されずこれからも生きていけます。皆さまのことは生まれ変わっても忘れません!!」
ハナの言葉に因幡とオオクニヌシは顔を見合わせた。
「君は・・・。」
そう言って因幡がハナの手を取り顔を上げさせ、じっと見つめた後オオクニヌシにささやいた。
「この子はキビヒコの見ている子だ。前の生で俺たちが看取った子だ。」
そしてハナを見てにっこり笑った。
「ありがとう。元気に生きておくれ。」
因幡は数多の女性の天津神を虜にするイケメン。ハナは失神しそうになりつつ真っ赤な顔でハイと答えた。因幡の笑顔が女性の心をわしづかみしたらしく、3人が去るとき「是非またいらしてくださーい!」と大きな声が響き渡っていた。
◇
葦国中原に戻ったニニギ達は、スサノオ、キビヒコと今回のことについて話し合った。
「毒素が付いた魂魄を持った人間にまたオニムカデが近づくと厄介だな。」
「そうですね。更に毒素がこびりつくことになりますからね。転生による毒素の浄化の程度も分からなくなってしまいますし・・・。鋼鳥たちが周囲のオニムカデを駆逐してくれてはいたのですが、今回のように水脈などの地下を通られるとお手上げです。
あと、今回はニニギ様たちが近くにおられたので被害がまったくでなくて済みましたが、もし遠くだったらと思うとぞっとします。」
「たしかにな。ニニギ達の居場所はどうやって把握したんだ?」
「今回は、アキヒコを通じて地上のすべての鳥にニニギ様たちをお見掛けしていないか呼び掛けました。多くの鳥が眠ってしまっている夜だったら無理だったかもしれません。それに毎回こんな大掛かりなことをしていたら、地上の鳥たちの生活にも影響が出るかもしれません。」
「僕たちを村に運んでもらうためにアキヒコ達にも来てもらったしね。」
「だからと言って、転生した魂魄のいる場所のそばにずっと居てもらうわけにもいかんし・・・。」
「あの・・・。僕とオオクニヌシ、ニニギ様と鷹の鋼鳥で分かれて行動するのはどうでしょう?オオクニヌシは天津神でないので神力の浄化ができませんが、僕ならできます。ニニギ様は腕もたつし神力もありますし。」
「なるほど!ニニギ様に転生した魂魄のいる地域を巡回していただき、因幡様とオオクニヌシ様には離れた地域をまわっていただくわけですね!確かに安心だ。」
「確かにいいなそれ。ニニギには定期的に戻ってきてもらって、魂魄に関する分析もしてもらう必要もあるから近いと便利だよな。」
「えー、それじゃ僕だけ一人なの?寂しい・・・。二人は僕がいなくなって寂しくないの?」
ニニギがしょんぼりした。
「いやいや、鋼鳥がいるではありませか。アキヒコの弟分のナツヒコを付けますし。ナツヒコ、頭いいし、面白いし、可愛いですよ?」
「ニニギ様と一緒のほうがとっても楽しいですが、今回はしょうがないですよ。」
「そうだぞ、ニニギ。それに因幡たちと違って村の周りとかの巡回だから目立つぞ!お前の専門の農耕だって指導できちゃうから人間から英雄扱いだぞ!かっこいいな~。」
皆がなだめすかしてやっとニニギは納得した。寂しそうであったが。
だが、この”人間からの英雄扱い”がのちに神々の間に大きな亀裂を生み出すことになった。
ありがとうございました!!




