30.因幡君と白鰐ちゃん その5
よろしくお願いします!
因幡君→白鰐の姫→ガロで視点が変わります。
スサノオ様が侍従を呼び、とても時間の早い朝ご飯を持ってこさせた。すぐ持ってきたことに驚くと、侍従たちも厨房のもの達もとても心配してくれていたようで、僕が地上に落ちてからずっと、朝晩交代で待機してくれていたそうだ。僕の部屋で皆で食べた後、昼頃にまた来ると言って帰っていった。スサノオ様が念のためと言って結界を掛けて行ってくださった。あの方が心配症のような行動をされることが面白くてくすっと笑ってしまって、笑えることにちょっと驚いた。思ったよりも落ち着いているのか、それとも心が麻痺してしまっているのか。誰もいなくなった部屋で寝台にドサッと横になり天井を見上げた。
右胸に手を当てる。ここが神力の器官がある場所で、ここから全身に力が巡る。その感覚がまったくない。スサノオ様は”器官が壊れた”とおっしゃったが、”治る”とはおっしゃられなかった。もちろん”治らない”とも言われなかったが・・・。あの方は少しでも良いことは言ってしまいたい方だ。だからきっと治らないんだろう。そして器官が壊れた僕は・・・高天原にはもう帰れないんだろう。つまり、姫のもとには戻れないんだ。
そこまで考えた時、涙があふれた。あーあの時、姫が腰紐をくれた時、怒られても殴られてもいいから抱きしめておけばよかった。完全封鎖がとけたら姫が地上に降りて来てくれないかな。一目でもいいから会いたいな。でも、神じゃなくなった僕はいつまで生きられるのかな。見た目はどうなってしまうんだろう。この耳飾りの神力はいつまで持つんだろう。もし死んだら記憶はどうなってしまうんだろう。色々なことが頭に浮かぶ。
姫に伝えることは出来なかったけど、白鰐の長から話を聞いたときの飛び上がりたいほどの嬉しい気持ちは僕の心に残っている。オモイカネ様、ツクヨミ様。きっと僕のことで心を痛めているんだろうな。でもね、僕の一番の幸せの記憶と気持ちがあるのはお二人のおかげだ。お二人にはいろいろ苦労させられたけど、感謝と慕う気持ちが一番にある。僕はきっともう異空間貝の中にも入れないんだろうから、鏡を使った通信に同席もできない。・・・また会える日が来るといいな。
取り留めなく考えているうちに睡魔に襲われ意識が遠のいた。
◇
目を覚ますと頭がガンガンする上に、目が腫れているのか開けづらい。手が握られているのに気が付き、それをたどるとアマテラス様が私の手を握ったまま寝台にもたれかかって眠っていらした。状況がわからず、そっと手を握るとはっと目を開けられた。がばっと起き上がったアマテラス様が大丈夫?と空いた手のほうで私の額や顔をペタペタと触られた。眠ってる途中でいきなり高熱が出たのよと。
目が腫れているみたいで恥ずかしい、いったい何があったのですか?と問いかけると、びっくりしたように私のことを見た。ちょっとまってて、ツクヨミをこの部屋に呼びたいんだけど良いかしら?とおっしゃられた。目も腫れているが、髪もきっとぼさぼさだ。こんな姿を見られるのは恥ずかしいけど、アマテラス様が必死な顔をされているので、おずおずと頷いた。
すぐにやってきたツクヨミ様もぼさぼさの髪で、何ならちょっと目も腫れた状態だった。自分と同じ状な状態のツクヨミ様に思わず吹き出すと、びっくりした顔をされた。そしてアマテラス様を引っ張って隅っこに行くと何かをコソコソ話し、最後は頭にグーパンチをもらっていた。
「えーっと、地上に行った天津神たちが戻ってこようとしていたことは覚えている?」
「はい、皆で門の前でニニギ様がお連れになったところまでは覚えているのですが・・・。ということは因幡も帰ってきたってことですか?もうツクヨミ様のところにいるのですか?それとも一族の屋敷に?会えるのかしら?・・・あれ?なんで私はそのことを覚えていないのでしょうか?」
「いや、実は帰還直前に緊急事態が起きてね。因幡には地上にとんぼ返りをしてもらうことになった。白鰐ちゃんの記憶がないのは、その時騒動が起きてね、えーっと、頭をぶつけたんだ。えーっと、そっちは薬だでなおした。ま、まぁ衝撃で記憶とんじゃったんだろうね。」
アマテラス様がツクヨミ様に更にグーパンチをしてからずいっと前に出られた。
「とにかく目が覚めて良かったわ。その騒動のさなかあなたの従兄弟のガロ殿が行方不明になっているの。それもあってまた高天原は完全封鎖に入ったの。因幡以外の天津神たちは帰って来てるわ。いま、ガロ殿の行方を捜しているんだけど、思い当たることはないかしら?」
考えてみたが思い当たることはなかった。
「兎にも角にも目覚めて良かったわ。私はあなたの父上に状況を説明した後に屋敷にいったん戻るけど、明日の朝また来るわ。無理はしないように。」そうおっしゃると、侍女に何かあったらすぐ連絡するように言って、ツクヨミ様を連れて走る勢いで部屋を出ていかれた。
ぽかんとする私に侍女が心配げに寄ってきて、食事と風呂をすすめてきた。何があったか聞いたが、出迎えに行っていないのでわからないと言われた。ガロは私をこの部屋に連れてきた後姿を消したということだけ聞けた。こう見えても私は白鰐の一族の次期長だ。出迎えに行った天津神たちに緘口令が敷かれているのだとわかった。何があったかわからないが、明日の朝、アマテラス様がいらっしゃる頃には、オモイカネ様たちが方針を決めているだろう。今は失っている記憶が何であるかとても不安だ。
まずはお風呂に入ってこの腫れた目を何とかしよう。そして食事をとった後、とんぼ返りしたという因幡の無事を祈ってお守りでも作ろう。何か言づけてくれてもいいだろうに、薄情者め。次会うときに私の想いを思い知るが良い。
◇
気を失いながらも涙を流し続ける姫様を抱え、屋敷に戻った。遠くで聞こえる騒ぎに、なにごとかと数名の侍従と侍女が門のところまで出てきており、俺に抱えられた姫を見ると急いで姫の部屋に案内された。初めて入る姫の部屋には本がいっぱい並んでいた。幼いころに、因幡の影響で本が好きになったと長が喜んでいたのを思い出す。姫を寝台に下し、何があったかと問う侍女には天津神の帰還の際に騒動が起き、姫はショックを受け気を失った、自分は現場に戻るとだけ伝え、後を任せた。
因幡が帰ってきてホッとしたなどと呑気に思っていた自分を殴りたい。あの方が戻って来れないとおっしゃったのだ。戻って来れるはずがないじゃないか。
地上に落ちていく因幡を思い出して身震いをした。
もっと早くに、自分の命に代えても手を引くべきだった。俺は直談判するためにあの方の屋敷にこっそり忍び込んだ。・・・今度こそ間違えてはいけないと思っていたのに、やはり俺は間違えてしまった。己の罪を人に、姫に知られたくないと保身の気持ちがあったのだろう。誰かに罪を告白してから来るべきだった。忍び込まずに、屋敷の入口で名乗りを上げてから入るべきだった。
そこで衝撃の事実を知った。因幡は神力の器官を失い天津神でなくなってしまった。この方でも神力の器官を治すことはかなわず、因幡は高天原に戻れないばかりか、神でも人でもないものとなってしまった。不老ではあるが不死でなく、どれほどまで生きるのかはわからず、死後の輪廻さえもどうなるかわならない。前例がないからな、とあっけらかんと言われ、おのれの罪深さに吐き気がした。早くここを去って罪を告げなければ。この方をこのままにすることは出来ないと逃げ出そうとした。俺は自分の体格や腕力に驕っていた。そしてかの方に神としての優しさがあると侮っていた。格と精神が違った。あの方に比べたら俺は虫けらどころか石ころですらない。絶叫する俺に眉一つ動かさず、紙を折るように俺を折りたたんだ。気が付くと、笑うあの方に摘み上げられていた。白いトカゲとはちょうどよい、地下を清めろと屋敷の地下に放り込まれた。
トカゲになったおかげで暗闇もよく見えたが、絶望しかなかった。どこにも出口になりそうな隙間が
見当たらないのだ。穴を掘ろうとしたが、あの方の神力のせいか何処もかしこも硬くて全く歯が立たない。暗闇をさまよい、空腹に耐えかねて虫やコケを食す。どれくらい経ったかわからないぐらい長い時間をそうやって過ごした。そんな時だった。天啓のように閃いたのだ。因幡は神力の器官が壊れたことで地上に落ちた。俺も器官が認識されなくなればここから地上に落ちることができるはずだ。俺は門番の一族として他の天津神よりも結界を操ることに長けている。この力を鍛えて神力の器官を覆ってみよう。覆って駄目なら破壊すればよい。地上に行ったら因幡を探そう。そして少しでも罪滅ぼしをしたい。
それを希望に俺は日々を過ごすこととした。
今週もありがとうございました。
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