26.因幡くんと白鰐ちゃん その4
白鰐の姫→因幡くん→ガロ と視点が変わります
地上に降臨した因幡たちが100年ほど帰ってこれないとの知らせが高天原中にもたらされた。大きなムカデに襲われその毒素を被ってしまった可能性があるから、高天原に持ち込ませるわけにはいかないと。表立った影響は見られないと付け加えられていたけど、心配で心臓がきゅっとなった。
アマテラス様が皆が被ってしまったかもしれない毒素を浄化する道具を作られることになったそうだ。その期間がおよそ100年。
心配した誰かが地上に行かないように、地上が嫌になった誰かが勝手に帰ってこないように、そして地上に現れた大きなムカデが万が一にでも入ってこないように高天原自体を完全閉鎖することとなった。
それはもちろん、門番の一族である私たち白鰐族の仕事となった。長である父上が念入りに完全封鎖の術を施す。門番の一族の長だけが行える秘術だ。時代の長として見届けながら、因幡が帰ってくるまで私にできることを頑張ろうと思った。
といっても、私にできることと言ったら高天原の見回りくらいだ。だけど父上が施された術にほころびがないか、侵入の兆しがないかをより念入りに確認するようになり、アマテラス様のお屋敷のあたりを通るときには、なるべく早く道具が完成しますようにと、心の中で祈るのが習慣となった。
今日も従兄弟であり侍従でもあるガロと共に見回りを行う。
ガロは天津神たちの降臨以降寡黙になった。時々何かを考えこんでいる。どうかしたのかと聞いても何でもないと言われる。天津神たちが地上に留め置かれていることに不安を感じているのだろうか?
まさかだけど、因幡が心配でってことはないよね。
そんなある日、オモイカネ様から呼び出しがかかった。
お屋敷に向かうと侍従としてついてきたガロは、入り口付近の侍従の待機場所で待つようにと言われた。緊張しながら応接間に通されると、アマテラス様とツクヨミ様もいた。
アマテラス様の道具作りの手伝いをすることを提案された。驚いたし、私に何ができるのかもわからなかったけど、一も二もなく頷いた。
これには誓約が必要だと言われた。我々の仲間にならねばならないと。
・・・正直、悪の道に誘われたのかとドキドキした。だけど因幡が帰ってこれるのならと思い頷いた。
悪の道では無かった。でもとても重大なことだった。因幡が女ったらしになった理由もわかった。でも、そもそもの素質があるからあんな振る舞いができるんだと思うと言ったら、ツクヨミ様は苦笑いしていた。
帰り道、ガロにはアマテラス様のお手伝いをすることになったとだけ伝えた。アマテラス様の秘術を用いるからガロは連れていけない、送迎はアマテラス様の屋敷の者が今後はしてくれるから危なくないと言うと渋々頷いた。
お手伝いが始まった。といっても、道具の基盤となる剣の手入れや装飾の相談に乗るくらいだ。
高天原の見回りをするあなたを見かけて、あなたが剣舞が上手なことを思い出したから、剣を使うことにしたのよとアマテラス様。
天岩戸事件の時に踊ってくれたんでしょ?本当に私の黒歴史だけど、あなたの舞は見たかったわ。そう言われてはと、アマテラス様の前で剣舞を踊った。あの時、因幡は舞台に背を向けて大人っぽい女性の天地神たちと話していたなと思いだすとムカッとする。あの女ったらしめ。帰ってきたら見てろよ。何をかはわからないけど。
そんな日々が続いた。
道具づくりは結構大変だった。100年もかかるものなのか?と思っていたけど、本当にかかった。
その間に、アマテラス様にはお子様たちが生まれ、お孫様たちまで生まれた。お孫様たちの中でニニギ様は特にアマテラス様が大好きで、スーちゃんと呼んでしょっちゅう遊びにいらっしゃった。私のことは白鰐ちゃんと呼んでくださるようになった。
最終段階で行き詰っていた道具を完成に導いてくださったのもニニギ様だ。ニニギ様が拾ってきてくださった石は素晴らしい浄化効果を持つものだった。私が因幡に渡したものによく似ているような気がする。これも何かの縁というものなのだろうか・・・。
そうして出来上がった剣、天叢雲剣をもってニニギ様が天津神たちを迎えに行った。
地上にいた天津神たちが高天原の入り口前にやってきた。因幡は一番後ろにいる。彼のウサギの耳が人混みの中突き抜けて見える。
もうすぐ彼に会える。
◇
高天原に帰れることになったオオクニヌシと各国を回っている最中にスサノオ様から連絡が入り呼び戻された。まだまだオニムカデの討伐は終わらない。僕はてっきりどさくさに紛れてこのまま地上に居残りだと思っていたけど、オモイカネ様とツクヨミ様が今回絶対帰って来いと言ってくれたらしい。罪悪感が彼らの中にもあったんだな、面白がってるだけかもしれないけど。僕は腰紐の石をそっと撫でた。
オオクニヌシがくすっと笑った。愛しの君にもうすぐ会えるんだね。
この長旅で、僕たちはすっかり仲良しだ。オオクニヌシと別れるのは正直寂しい。また地上に戻ってくると約束した。オニムカデ退治の続きをきっと命じられるだろうし。
僕は国津神だから、長く生きるし死んでも記憶を持って生まれ変われるから、気長に待ってるよ。と彼は笑った。
旅で色々な人に会って色々な体験をした。地上が、人が好きになった。でも僕の居場所はここではない。
もうすぐ姫に会える。
葦国中原に戻ってすぐに高天原からの使者がやってきた。アマテラス様のお孫様だそうだ。見た目はアマテラス様とよく似ていらしたが中身は違うようで、てきぱきと事を進められ、僕たち天津神たちはあっというまに高天原の入口前にいた。
この雲の床も久しぶりだ。入口の内側には多くの天津神たちが待ち構えているのが見える。目が良い僕は、ツクヨミ様が満開の笑顔で手を振っているのが見えた。オモイカネ様はウワハル様たちを嬉しそうに見た後、僕のほうに片目をつぶって見せた。
・・・そして姫は、最後に見かけたときと同じようにアマテラス様の横でそっぽを向いて立っていた。耳が赤いのまで同じだ。
もうすぐ会える。
ニニギ様が天叢雲剣を振るわれた。瞬間、僕はすさまじい激痛を感じ気を失った。
◇
因幡が帰ってくることになった。
なんだ、結局帰って来るんじゃないか。がっかりするとともに、少々ほっとした気持ちとなった。
この約100年間姫を見続けてきた。100年は天津神たちの俺たちにとって長くはないが短くもない。自身の心を見つめなおすには十分な時間だった。そうだ、俺は結局曲がったことは大嫌いな門番の一族なのだ。一発どつかせてもらおう。そして姫様のことを任せよう。そう思って列の最後尾にいる因幡を見つめた。
何が起こったのかわからなかった。ニニギ様が振るわれた剣から柔らかな波動が発生し、瞬く間に因幡に到達した瞬間、あいつの腰紐から何かがはじけ飛んでその体に吸い込まれていった。
あれは、俺が姫様に渡した石だ!
奴は叫び声をあげて倒れ、その場が光ったのが見えた。光が収まった瞬間、因幡が床を突き抜け地上へと落下していった。俺の隣にいた姫が「因幡!!!!」と悲鳴を上げ、まだ完全封鎖のままの入口に向かって走っていく。無理に通ろうとしたら、さすがの姫も大けがをすると、慌てて追いかけ羽交い絞めにした。暴れる姫を押さえつけながら入口の向こうを見るとニニギ様が走っていき、天津神たちは騒然としていた。こちら側の天津神たちも同じだ。早く門を開けろとオモイカネ様が大声で白鰐の長にくらいついている。ツクヨミ様は茫然とされていたが、暴れる姫を見て、眠りの呪いをかけ、しっかりと見ておくようにと鋭い目つきでこちらを見やるとオモイカネ様のほうに走っていった。
俺の過去の過ちが感ずかれている、何故かそう思えた。
涙だらけの真っ青な顔で眠る姫を腕に抱え、俺は心底後悔をした。
今週もありがとうございました。




