18.因幡くんと白鰐ちゃん その3
因幡くん→白鰐の姫→ガロ と視点が代わります。
今日も僕はオオクニヌシ殿と国々を回ってオニムカデの退治と毒素の浄化を行っている。
あの日、白鰐の長から衝撃の話を聞いた僕は、ふわふわとした気持ちのまま、どうにかツクヨミ様の執務室に戻った。思いっきりニヤニヤしたオモイカネ様と、少々気の毒なそうな顔をしつつやはりニヤニヤしているツクヨミ様が待っていた。何も言わずにこっちを見ているので仕方なくありがとうございますと伝えた。
「いやいや、良いのだよ。くれぐれも白鰐の一族と仲良くしてくれ。これで情報網だけでなく結界網も我らの手中だな!」
「え、仲立ちしてくださったとはと驚いておりましたが、そちらでしたか!!」
「・・・やれやれですね。まったくオモイカネ様は最終的には照れ屋さんなんだから。
私も最初はそちらが本命の仲立ちかと思っていたのですが、どうやら本当に因幡君と白鰐のお姫様に幸せになってほしかったようです。
白鰐の長との話し合いの時になんか涙目に見えるなーと思っていたら、その日の夜はご機嫌で奥様と酒盛りしてまさかの泣き上戸でよかったーよかったーって言いながら寝たらしいですよ。」
「ちょっ、何でそんなこと!ウタヒメがしゃべったの?」
口をパクパクさせるオモイカネ様に思わず僕が涙目になってしまった。
ただ白鰐の長から、姫とその話をするのは降臨から帰って来てからと言われたと言うと、お二人ともとても済まなさそうな顔をされたので、”絶対無事に帰るから大丈夫ですよ!”と伝えた。
ツクヨミ様が、”それってフラグなんじゃ?”と余計心配顔になってぶつぶつ言ってた。
葦国中原への降臨の日、船に乗り込むための列に並ぶ僕のところに姫が突撃してきて、”お守り!ちゃんと帰ってきてよね!”と言って腰につける飾り紐を手に押し付けられた。
ピンクの花びらがまとった光る小さな球が付いたそれは姫のようで、走り去っていくその後ろ姿をポーっと見つめてしまった。アマテラス様の横に立ってつんと横を向いていたが、赤くなった耳が見えた。
ウワハル様とシタハル様に小突き回されながら心底幸せだと思った。
出発の際に、腰に付けた飾り紐を触りながら姫を見ると横を向きながら軽く手を振ってくれた。オモイカネ様が奥様の肩を抱きながら大きく手を振ってくださっている。
アマテラス様もツクヨミ様も、そして僕の両親に兄上たち。皆の顔を見ながら絶対に帰ってくるんだと誓った。
降臨の翌日のオニムカデの襲来によって僕たちは地上での長期待機となった。
あの日、キサガイヒメの貝の異空間を通り抜けることで全ての方の呪いやケガレといったものが取り除かれた。
表向きは。
実はニギハヤヒ様の右手には刺さったトゲの跡が残ったままだ。
異空間を通ったとき、赤黒く光っていたトゲは光を失い手から抜け落ちた。しかしながら刺さった場所に小さな黒い点が残った。
通り抜けた後に手をじっと見ていたニギハヤヒ様に、ためらいながら話しかけられたスサノオ様の顔色が真っ青になったのを見て、慌てて駆け付けた。
僕と同じかそれ以上に素早く駆け付けたウワハル様とシタハル様は、事情を察すると”失礼する!”と鋭く囁き、その黒い点にシタハル様の刺繍針を軽く突き立てお二人で神力を流し込まれた。
黒い点は、薄いピンク色に変わった。ウワハル様とシタハル様は何事もなかったかのように嫋やかにうふふと微笑まれた。
「お怪我の治療をさせていただきました。私の刺繍針は剣と同じ清廉さを持っておりますので、傷の消毒に適しております。そして姉のウワハルと私の神力によって治療をさせていただきました。」
そして、もう大丈夫です~とニギハヤヒ様を送り出された。
ぽかんとするスサノオ様と僕にシタハル様がおっしゃった。
「キサガイヒメの異空間をすり抜けるとはとんだ呪いだね。でも今の処置で制圧できているから大丈夫だよ。」
「え?いまのってなんですか?
なんで刺繍針?」
混乱しているスサノオ様をの背中をウワハル様がしっかりしろとたたいた。
「私って学問をつかさどってるでしょ?今回の地上の争いに呪いやケガレが関連しているかもと思って研究を秘かにやっていたのよ。
って、実はスサオミ殿からの相談のような指示のようなものだけどね。まったくどんぴしゃで予想してくるなんてあの男いやになっちゃうわ。」
「細かい傷に神力を通すのって難しいから、針を使わせていただきました。今私がはまっているのが刺繍なので懐に忍ばせていたんです。」
ウワハル様ととシタハル様のひそひそ声の説明にスサノオ様も僕もホッとするとともに、スサオミ様に心から感謝した。しかもこの双子を思い通りに動かすとは!
「さっき言った通り呪いは完璧に制圧できてるけど祓えたわけではないから監視はしておいたほうがいいわ。ニギハヤヒ様のお世話係の3兄弟妹はスサノオの手の者なのでしょ?妹にやらせたらいいわ。ニギハヤヒはきっと落ち込むから慰めがてら張り付いておくようにって。父上たちにはお伝えしなくていいわ。変にあちらで動かれても心配されても困るから。どうせ高天原は完全封鎖することになると思うし。こちらには私とシタハルがいるんだからなんとでもするわ。」嫋やかな顔からポンポンと飛び出る指示に僕とスサノオ様はこくこくと頷くだけだった。
ウワハル様がおっしゃられたように高天原は完全封鎖することとなった。
そしてしばらくしてオニムカデの毒素が人の魂魄にこびりつき凶暴化させること、毒素が付いたまま魂魄が転生すると、その先でも凶暴性を持ち、争いを引き起こしたりすることが分かった。
気が付いたときには相当数の毒素が付いた魂魄を転生させてしまっていた。
僕たちができることはオニムカデを退治すること、神力で残された毒素を浄化すること。
そして毒素が付いた魂魄が根の国にやってきたとき、転生しないように破壊することである。
神力での毒素の浄化は楽なことではなかった。おそらくスサオミ様やオモイカネ様の神力を溜めた球であれば簡単であっただろうが、根の国の動力源であり使うことはできない。
降臨した神の中で神力が最も強いニギハヤヒ様は我々の監視対象であること、そしてシタハル様とウワハル様は何かあったときのために中央に居ていただく必要があることから、僕が行くことになった。もともと諜報活動のために地上に降りる予定だったのだから、様々な国を堂々とまわれるのは都合がいい。疲れるけど。
魂魄の破壊はスサノオ様が引き受けらた。かりぞめとはいえ根の国を司るものの役目だとおっしゃって。当初、キサガイヒメの異空間を通すことを考えたが、その能力を秘匿するためには使うことはできないとオモイカネ様たちが判断された。魂魄の破壊は精神を擦り減らされるようで、時々高天原のほうを見上げてボーっとしているお姿を見かける。
アマテラス様の道具が出来上がるまでの辛抱ですねと励ましあった。
人間の世としては短くない50年ほどの月日がたった。その間に天津神たちは地上で様々な関係を築いていた。
ニギハヤヒ様はお世話係のミカシヒメと夫婦になり、ウマシマジ様というご子息を得た。驚きではあるがまぁ想定路線だ
ウワハル様はニギハヤヒ様のお世話係の兄のほうであるキビヒコ殿といい雰囲気である。キビヒコ殿はウワハル様の本性をご存じだそうだ。ただただ驚きである。
シタハル様は弟のほうのナガスネヒコ殿と親友となってよくつるんでいる。ナガスネヒコ殿は人間としての性質が強いことから少々老いが進み、二人がいると父と息子のようだ。シタハル様は剣技も素晴らしいが刺繍にはまっていらして、ナガスネヒコ殿は剣と絵がお得意だ。時間があるときにお二人で剣の稽古や素敵な景色を探しに行かれている。
スサノオ様はある日3日ほど休みたいと告げ、ふらりと出かけられた。きっと心が限界だったのだろう。3日目に海からスセリビメ様という娘を連れ帰った。
驚きだがスサノオ様のご息女様ということだった。母君は一緒に来ることを拒んだそうだ。一緒に暮らせはしないけど心は通じ合ってる!といきなり元気になっていた。
一度ご挨拶に伺いたいと心底思った。
いらした時から大人の女性の姿をしていたスセリビメ様はオオクニヌシ殿という国津神と夫婦になった。このオオクニヌシ殿が本当にできた国津神で、スサノオ様を心から慕っていて、どんなに無茶振りをされてもにこにこと嬉しそうにこなされる。ついでにウワハル様とシタハル様にもこき使われてもである。本当にできた婿殿である!
そして現在、僕はこのオオクニヌシ殿と共に国中を回ってオニムカデの退治と毒素の浄化をして回っている。
根の国でオ二ムカデが出てきて以降、あちこちの国で目撃されるようになった。様々な国で顔が利くオオクニヌシ殿に厄介な表向きの交渉事はお任せして退治と浄化と共に情報収集を行う。神力での浄化は疲れる。特に最近疲れを感じやすくなってきているような気がする。姫に会えないからかな?
会いたいな~と腰の飾り紐を触って高天原の方向を見上げた。
因幡が地上に向かってすぐに高天原が完全封鎖されることになった。
門番の一族である白鰐族の長である父上が術を施しているのを見守った。
父に何かあれば私が同じことをするのだからとその手順を心に刻む。
地上で大きなムカデが襲ってきたそうだ。ニギハヤヒ様によって粉砕されたが、呪いやケガレが万が一にでも高天原に流入しないようと厳重に結界を張る。
アマテラス様がケガレ等を祓う道具を開発されるまでのおよそ100年間の完全封鎖。
我々天津神にとってわずかな時間ではあるが、そんなに長く因幡に会えなくなるなんて今までなかったのにと不吉な予感に心が冷たくなる。
でも因幡が帰ってくる場所である高天原をしっかり守らなきゃ。
そして帰ってきたら、気持ちの整理をつけるなんて思ってたけどそんなの嘘だ。
大好きだと一生そばに居てほしいと気持ちをぶつけよう。
思った以上に長い間会えないと知って、伝えられるってことだけでも幸せなんだと気が付いた。
「ガロがくれた守り石があるから因幡は絶対元気に帰って来るよね!」
私の後ろに控えるガロに、振り返ることはせずに囁いた。
高貴な方がおっしゃられた通り、因幡は高天原からいなくなった。
そして100年帰ってこない。
だが、100年帰ってこないということは、100年たったら帰ってくるかもしれないということだ。
姫様が俺に因幡の無事を願う言葉をささやいた。
会えなくなる時間が思ったよりも長いことで、気持ちを募らせてしまったようだ。
次に因幡にあったときには気持ちがあふれ出てしまうだろう。
本当にあいつはもう高天原に帰ってこなくなるのか?
このままあいつが帰ってこなければ、姫様を慰めて俺が一生そばにいられる。
俺が直接手を汚すこともなく。そう、運命のように。
そうなればいいと心で強く願いながら、俺は姫の囁きにとりあえず頷いた。
またまた遅れました<(_ _)>




