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新釈古事記伝  作者: りんたろう
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1.さみしい黄泉の神

 天と地がわかれ、天上にある高天野原(たかあまのはら)に3人の始まりの神が現れた。皆、対のいない独り神であった。その後、次々と神が現れ、彼らは自らを天津神(あまつかみ)と名乗ることとした。

 対の天津神であるイザナミノミコトとイザナギノミコトが生まれたことにより、地上で神生みと国生みが行えるようになった。


 最初に生まれた国は葦原中国(あしのはらなかこく)と名付けられた。また、天津神の神力と地上のエネルギーから天津神に準じた神々が生まれ、国津神(くにつかみ)と名付けられた。

 国津神たちは、地上のエネルギーを使って人間や様々な生き物たちを生み出した。


 生き物が生まれたことによって死も始まり、死んだ魂魄(こんぱく)の行く黄泉国(よみこく)が葦原中国の地下にできた。

 黄泉国にはいつのまにか輪廻(りんね)の輪がそびえたっていた。この輪に乗った魂魄は地上に戻り、国津神の手助けを経て新たな生き物に生まれ変わる。

 しかしながら黄泉国に神が降り立つことはなく、まわし手のいない輪廻の輪は高天の原から時折吹く風によって気まぐれに回るだけであった。そのため黄泉国は魂魄が渋滞し、時には揉め事が起きる混沌とした場所になっていった。

 その中で魂魄が強く頭のまわった”彼女”は、揉め事を解決し皆を統率していった。魂魄が強い死者達は次々と”彼女”へと追従し、黄泉国にとどまり”彼女”に仕え、已たちを黄泉軍(よみぐん)と称した。

 そしていつしか”彼女”は黄泉の神と呼ばれるようになった。




 ”私”は孤独なうえ、ここは寂しい場所だった。

 ”私”を慕ってくれるものたちはいるが、神ではない”私”が神の名を(いただ)き、常に(せき)を負う。

 死者達の半分は眠ったような状態で黄泉国にやって来るが、残りの半分は混乱し、悲しみや怨嗟(えんさ)の言葉を吐き、泣きわめく。まともな会話などはできず、黄泉国の外について語ってくれるものはほぼいない。黄泉国の食べ物を与えここの空気に触れるうち、記憶が薄れ赤子のようになったものを輪廻の輪に乗せる。


 ”私”や黄泉軍のように魂魄が特別に強いものは死んだ直後とほぼ変わらない知力と身体能力を持つが、そのようなものは滅多に現れず、”私”が黄泉の神と呼ばれるようになってからは皆無だ。


 死者に食べ物を与えては、輪廻の輪に乗せて送り出す日々。

 たまに地上への執着や怨嗟が強すぎて、食べ物を与えても沈静化することができず暴走する死者を黄泉軍とともに滅する。死者を滅するということは、魂魄が消滅し、二度と生まれ変わることができないということだ。何度やっても慣れることはなく、気が滅入る。

 高天原からの風によって気まぐれに回るものでしかなかった輪廻の輪が魂魄の力で回せることに気がついたが、私の力では非常にゆっくりしか回せないので次の生に送り出す速度も遅く、本当に疲れる。

 ”私”が死んだときに(とむら)いとして着せられていた、色鮮であったはずの衣もすっかり(すす)けてしまった。自身の本当の名も忘れ、衣のように煤けた日々がこのまま続くことを受け入れ始めたときにその方は現れた。


 その方の名はイザナミノミコト。

 国生みと神産みをされた、いわばこの世の母君とも言える天津神だった。

 天津神が黄泉国に下られるのは初めてであった。尊い天津神のお一人となる火の神をお産みになることでひどい火傷を負われ、亡くなられたとのことであった。

 当然ながら魂魄が特別に強く、黄泉国の食べ物を口にされても、知力も身体能力も変わられることはなく、黄泉国にとどまってくださることになった。

 鮮やかな衣とともに埋葬されたイザナミノミコトは、肌の色こそは青白い死者の色となっていたが、とてもお美しかった。

 夫であるイザナギノミコトを想われてこっそりお泣きになっていることもあるが、黄泉国を見てまわり”私”と黄泉軍の者たちの今までの働きを()めてくださった。

 我々は皆イザナミノミコトに夢中となった。

 ”私”の煤けた髪を櫛でとかし、黄泉国にわずかに咲く薄桃色の花を飾ってくださった。

「私にはこんなに必要でないわ」と、一緒に埋葬されたご自分のお衣装箱から反物を取り出され、皆に揃いの帯を作ってくださった。

 うれしくて微笑むなんて、今まであっただろうか。

 煤けていた世界が、鮮やかに見えた。


 黄泉国にとどまられたイザナミノミコトは、輪廻の輪を回すことを担ってくださることとなった。

 自身の魂魄の力を使って回すため、送り出す死者の魂魄が通常より強い場合、非常に疲れ時間もかかってしまっていた。たまにやってくる国津神やそれに連なる死者の送り出しには特別に時間がかかる。

 しかしながら天津神であるイザナミノミコトは神力をお持ちであった。神力であれば輪はスルッと回り、次の生への送り出しがすみやかに行われるのだ。


 イザナミノミコトは黄泉国の皆の心の拠り所となった。


 しかしある日、”私”の髪に飾られた花がささやいたのだ。

『イザナギノミコトがイザナミノミコトを迎えに来るよ』と。


 誰もいないときにのみ聞こえてくる、男とも女とも思えるその声を最初は幻聴(げんちょう)かと思った。つぎに良からぬものの(はかりごと)と考えた。

 花を消し去ってしまえば良いのだが、イザナミノミコトが飾ってくださった物をそのようにできなかった。また、イザナミノミコトの耳に、イザナギノミコトの名がどのような形でも伝わるのが嫌で誰にも相談できなかった。

 何度も繰り返すささやきは、徐々に近づいてくるイザナギノミコトの位置を具体的に伝え始めた。


 あと3日ほどでたどり着く場所まで近づいてきたとのささやきに、ついに”私”は返事をしてしまった。

『イザナミノミコトはもう黄泉国の住人である』

 ささやきは『相手は高天野原の天津神。そのような(ことわり)は通じない。己の望みをとおすだろう。』

 つづいて『知恵を貸してやろうか?』と。

 ”私”はこのささやきにのってはいけないと感じ、断ろうとした時、『また煤けた世界の生活に戻ることになるだろう』とささやかれた。

 悲しみと苦しさで喉が詰まって返事が遅れた隙をつかれた。

『イザナミノミコトも青白い肌では高天原で肩身が狭かろう。引き止めるのは彼女のためでもある』


 ・・・そうだ、イザナミノミコトのためだ。


 そうして”私”はささやきの誘いにのってしまった。

 迎えに来たイザナギノミコトに黄泉軍と大ムカデを仕掛け、黄泉国から追い立てた。

 イザナミノミコトには、イザナギノミコトはあなたの姿を(のぞ)き見て恐れをなして逃げていったと伝えた。


 悲しみと恥辱(ちじょく)にイザナミノミコトの神力は暴走した。

 暴走した神力に毒され、黄泉軍の者たちも大ムカデも異形の姿に変化した。揃いの帯も瞬時に色を失った。

 泣き叫ぶイザナミノミコトに呼応して、皆が苦しそうに吠えている。

 凄まじい風が吹き荒れ、僅かな花も吹き飛ばしてしまった。

 最後に残った私の髪に飾られた花からは、クスクスと嬉しそうな笑い声が聞こえる。


 イザナミノミコトを中心に風がうずまく。

 後悔でイザナミノミコトを見つめたまま動けない”私”は、渦巻く風に巻き取られ彼女に吸収された。

 最後に聞いたのは『これでずっと一緒にいれるな』と嘲るようなささやきだった。

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