■ “聖女”の名はまだ早くても
「誠さん、これ町の人に説明してくれる?」
夕暮れ時、リノアが小声でそう言った。彼女は自分が前に出ることをまだ少し怖がっているのかもしれない。
誠はうなずいて、濾過装置の仕組みと再現方法を丁寧に井戸の前に集まった人達に説明してみせた。誰もが驚き、感心し、誠に感謝の言葉を繰り返す。
「さすがだな、あんた! 本当にこの町を救ってくれた!」
「誠様が来てくれて、うちの町も変わるかもしれん!」
そんな賞賛の言葉が飛び交う中、リノアは後ろでうつむいていた。
アリシアがその様子を察して、誠に耳打ちする。
「……ちゃんと言ってあげなよ。あれ、誠じゃないんでしょ?」
誠は小さく頷いた。
「実はこの装置、作ったのは俺じゃない。俺には材料の見極めすらできなかったよ」
「……え?」
「作ったのは、この子――リノアだ」
町の人たちの顔から一斉に笑みが消え、驚きと困惑が広がる。
「……あの子が?」「でも、あの子は……」「いつも変なことばかり言って……」
リノアは、視線を浴びながらも前に出てきて、弱々しくもはっきりとした声で言った。
「私、別の世界から来たの。こことは違う、ここには無い知識とかがたくさんある場所。……だから少しだけ、ここの人たちが知らないことを色々知ってるの。ずっと言ってきたけど、誰も信じてくれなかった」
その言葉に、一人の男がぽつりと呟く。
「……うちの子が、あんたのこと“不思議な言葉を言う変な子”って言ってた。……悪かったな。ちゃんと話、聞いてやればよかった……」
次第に、町人たちが次々と頭を下げ始めた。
「すまなかった……リノアちゃん」
「疑ってごめんな……ありがとう、町を助けてくれて……」
リノアは驚きに目を見開いた。今までは、こんなことは一度もなかった。怖がられ、気味悪がられ、そして避けられるだけだったのに。
その光景を見ていた誠は、心の中で静かに微笑んだ。
(リノア……ようやく居場所を見つけたな)
アリシアが後ろからそっとリノアの背を押す。
「ほら、“知識の聖女”様。もう少し胸を張りなさいな?」
リノアの頬が赤くなった。
「そ、そんな名前……恥ずかしいからやめて!」
小さな笑いが広がった。