◆第1章 追放と旅立ち
翌朝、誠が目を覚ますと、寝台の脇には一人の老騎士が立っていた。
灰色の鎧を纏い、皺深い顔には一切の感情がない。
「誠殿……陛下の命により、貴殿は本日限りでこの城を離れていただきます」
「……え?」
「追放です。“無能なる者に王城の床を踏む資格はなし”との仰せです」
淡々と告げられたその言葉に、誠の胸は冷たくなった。
昨夜のスキル判定の結果――それが全てだった。
王国は、使えない者に宿を与えはしない。
荷物も支度もろくに与えられず、誠は古びた旅装束と薄汚れた麻の袋に干し肉、ぬるい水の入った竹筒、そして数枚の銀貨だけを渡され、門を閉められた。
王都の裏門を出た誠は、まるで何かから逃げるように早足で歩いていた。
寒風に吹かれながら、渡された銀貨を握りしめ、どこか遠くへ行ける場所を探していた。
「この国にはもう居たくない……」
王に見下され、周囲には嘲笑され、スキルは役立たずと烙印を押された。
惨めな思いをしたこの王都を、一秒でも早く離れたい。それだけが誠の本音だった。
やがて、小さな宿屋兼馬車亭の前で、荷台の準備をしている老いた御者に声をかけられた。
「おい兄さん、どこか行くのかい? ちょうど今、馬車が出るところだ。銀貨三枚だが、どうする?」「……行く」
返事は即答だった。
行き先もろくに確認しないまま、誠は荷台の隅に座った。
「どこでもいい……とにかく、この国から遠ざかりたいんだ……」
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馬車はがたがたと揺れながら、街道を進んでいく。
荷台には他に年寄りの夫婦や、商人風の男が座っていたが、誠は誰とも口をきかなかった。
森を抜け、小さな峠を越え、五日ほどの旅路の末――
ついに馬車は終着点に到着する。
「お兄さん、ここが終着点だよ。名前はセイラン村。こんな辺境に用があるとは物好きだな」
御者の声で目を覚ました誠は、目の前の風景に言葉を失った。
小高い丘の上に広がる、小さな木造の家々。
風に揺れる畑、遠くに見える森の縁。
まるで絵本のような、静かな村だった。
「……ここで、俺は生き直せるのか……?」
そんな淡い希望が心に浮かびかけた瞬間――
「そこ、誰だ!」
鋭い声が飛んだ。馬車の陰から、剣を腰に下げた男性が近づいてくる。
門番のようだ
「旅人かな? こんな辺境の村に、何の用だ?」
「……気づいたら王都近くで倒れていて……どこから来たのかも思い出せない。気づけば、この馬車に乗ってた」
誠は咄嗟に記憶喪失のふりをした。追放された転生者であることなど、口にできるわけがなかった。
男性は険しい目で上から下まで誠をじっと見つめた。
「……嘘は言ってなさそうだな。まぁいい。危険なやつじゃなさそうだし……村長に話してみよう」
こうして、誠はセイラン村に「記憶を失った旅人」として迎え入れられることになる。