エピローグ
「……ったく、人生ってやつは、どうしてこうも理不尽なんだよ」
深夜の東京、雨上がりの歩道。
ネオンの明かりが濡れたアスファルトに滲み、独特の光を放っていた。
スーツの男――**誠**はネクタイを緩め、無人の交差点にふらつきながら立っていた。
手には会社のロゴが刻まれた封筒。中身は“退職勧告”と“倒産通知”。
十数年尽くした会社は、経営破綻という二文字で、誠のすべてを切り捨てた。
「ああもう、やってらんねえ……せめて静かに、消えちまいたい……」
ぼそりと呟いたその瞬間――
光が、落ちた。
雷でもなく、車のライトでもない。
視界全体が白く染まり、まるで映写機が焼き切れたフィルムのように、現実が途切れた。
「――目を覚ましたか、異世界よりの来訪者よ」
耳元に響く、荘厳な男の声。
誠が目を開けると、そこは白大理石で造られた広大な玉座の間だった。
背の高いステンドグラスから差し込む光が、床に神聖な紋章を描いている。
周囲には鎧に身を包んだ騎士たち、異国の衣を纏った神官、そして玉座に座る男――国王がいた。
「我が名はバレント王。汝らは世界を救うため召喚された勇者である」
「……は?」
あまりに突拍子のない展開に、誠は思考を停止する。
横を見ると、同じように戸惑う顔の若者たちが数名。
どうやら誠だけでなく、他にも“勇者候補”が召喚されているらしい。
「汝らには神よりスキルが授けられる。この世界で生き抜くための力だ」
神官が祭壇に立ち、祈りを捧げる。
次々と光が降り注ぎ、若者たちにスキルが授けられていく。
「“雷帝の咆哮”、強力な雷属性のスキルです!」
「“聖女の加護”……え、これは聖女様誕生では!?」
若者たちが歓声を上げるなか、誠にも光が降り注いだ。
「……おお、これは……《再配置》、でございますな」
「……さい……? 再配置?」
神官が神妙な顔でスキルの説明を読み上げる。
「対象の配置を変更するスキル、との記載がありますな。……以上です」
国王は無言で誠を観るが冷ややかな視線だ。
「以上って、終わりかよ!?」
その場に微妙な空気が流れる。
周囲の騎士たちが、目を逸らしながらも笑みを漏らす。
「……役立たずじゃねぇか」「ハズレスキルってやつか」
若者たちの視線も次第に冷たくなる。
「ふむ。……再配置、か。無用のスキルであるな」
「ま、待ってくれよ、俺だって何かできるかもしれ――」
「黙れ」
バレント王の一言が、誠の声を断ち切った。
「余は強き者を求めている。……貴様には、期待外れだな」
その日の夜、宴が催され場内は陽気な雰囲気に包まれていた。
しかし誠だけは召喚された全員に用意された寝室へと足早に戻った。
天蓋付きの豪奢なベッドの上で、天井を見つめながらつぶやく。
「……俺は、また“役立たず”か」
そう、会社でも、家族からも。
何をしても評価されず、必要とされなかった。
だが、心の奥底で、彼はまだくすぶっていた。
「元の世界に戻れたところで居場所なんてない。
……この世界で、俺の価値を見せてやる」
その決意を、誰かが聞いていたわけでもない。
だがその夜、王は既に誠の“追放”を決定していた――。