まるで別人のような
「初めまして!私が君が入ることになっている2-Cクラスの担任、陽巻日菜です!これからよろしくね?」
「……暮上大地です。よろしくお願いします」
ポルルの厚意により、妹が教師をやっているという曇月学園に改めて通えるようになった俺は、次の日に早速其処へと訪れていた。
そして、職員室に案内された後に知ったことなのだが……どうやら俺は妹が担任を務めるクラスに入る事になっているようだった。
きっと俺が妹の今の様子をちゃんと知れるように、ポルルが気を利かせてくれたのだろう。
「あ!そういえばこの学校、受付と職員室が少し離れているけど迷ったりはしなかったかな?」
「はい」
俺の体感では半月前まで普通に通っていた校舎なのだ。迷う筈が無い。
しかし、それにしても今目の前にいる女性が十年経った妹の姿なのか。
(なんというか……大人の女性って感じだな)
妹の溌剌とした雰囲気はそのままに、相手を気遣えるような思慮深さを得て魅力的な女性へと成長している。
名乗られなかったら記憶の中にある妹の姿とは結びつかずに、気付かなかっただろう。
「……どうかしたの?もしかして何か不安な事でもある?」
「……いえ、大丈夫です」
……しまった、顔をまじまじと観察し過ぎて怪しまれたみたいだ。
「そう?何かあったらいつでも相談してね?貴方は今日から私の生徒なんだから」
「…‥ご立派になられて」
「え?」
「あ、いや、なんでもな…ありません」
「??……じゃあ早速、教室の方に向かおっか」
「…はい、お願いします」
(折角のポルルの善意だ。今日一日、ヒナが無事に暮らせているのかしっかり確認しよう。そして大丈夫だと分かれば明日から俺もポルルの手伝いの方に……)
と、そう心に決めて妹の後に着いて行った。
そして……
「今日は皆さんに転校生を紹介します!」
「暮上大地です。よろしくお願いします」
教室にて自己紹介をする頃には《目の前で人(俺)が死んだという経験に引き摺られる事なく妹は学校の先生という人を導く仕事をしっかりとやれているのだ》と心から安心出来ていた。
教室に来るまでの道中、妹は努めて明るい様子で何度も俺に話しかけてきていた。
きっと、職員室での俺の態度や、正体がバレないように最低限の受け答えしかしてないのを、緊張からのものだと勘違いしてのことだろう。
少しでも転校してきた生徒の不安を取り除こうと奮闘しているその姿を見て、早々に俺の心配が杞憂なものだったと強く実感した。
だから学校のことは置いておいて、明日からすぐにでもポルルの手伝いの方に専念しよう……と考えていたその時だった、
「じゃあ暮上君は後ろの空いている席に………」
ガラガラガラッ
突然、教室内に扉のスライド音が響き渡る。
(……なんだ? 誰か教室に入ってきたのか?)
音の方へと目をやると、先程自分達が入ってきた教卓側の扉から、一人の女子生徒が入ってこようとしているのが見えた。
そしてその女子生徒はそのまま何事もなかったかのように自分たちの前を通り過ぎて席に着こうとしていたのだが、ヒナが咄嗟にそれを呼び止めた。
「……雲母坂さん、その……今HR中なんだけど……」
(雲母坂……この女子生徒の名前か?ヒナの態度から察するに遅刻してきたこのクラスの生徒というところだろう……だがなんで呼び止めるのにあんなに及び腰なんだ?)
「あ、すいませーん。家庭の事情で遅れましたー」
その躊躇うような注意に対して女子生徒は気の抜けたような謝罪のみ返して席に座った。
「あ……えーっと、最近ずっと遅れて来ているけど……出来れば理由を教えてくれないかな?此処でじゃなくてもいいから……」
「‥‥家庭の事情って言ったじゃないですか。ただ担任ってだけで他人の家庭事情に首を突っ込まないでください」
「っ、ご……ごめんなさい………」
「…!?!?」
女子生徒の拒絶するような態度を前に尻込みしてしまった妹の姿を見て、俺は驚愕に囚われた。
……あれはまだ俺と妹の二人で魔法使い活動をしている時のことだ。
「お兄ちゃん!仲間になってくれそうな人達を連れて来たよ!」
ドタドタと乱暴な足音と共に部屋に入ってきた妹は、自身と同じ制服に身を包んだ二人の女の子の手を引いていた。
「仲間?ああ、そういえばポルルがもう少し人員が欲しいって嘆いてたときに、仲間になってくれそうな子達に心当たりがあるって言ってたな…それがその子達なのか?」
「オイ!テメェ!本当に誰なんだよ!突然腕を掴んだかと思ったらこんなところに連れてきやがって!理由ぐらい説明しやがれ!!」
「な、なんでわた…余はこんな所まで連れてこられたのだ?!お主達は誰なのだ?!もしかして組織の人間か!?」
「…………………おい、確か仲間になってくれそうな子達に心当たりがあるって話じゃなかったか?その子達事情を分かってないどころかお前の顔も知らなそうなんだけど……」
「うーん、でも運動部以外で頼りになりそうな人ってなると、私の中ではこの二人かなって」
「えぇ?でもこの子達の反応を見るに友達…って訳じゃないんだろ?」
「うん!!」
「いや、うんって……」
「目的地に着いたんなら早く手を離しやがれ!!っていうかなんでテメェここいらの番を張っているオレより力が強ぇんだ!まさかテメェらどっかのチームのもんか?!」
「えーっと、なんでこの娘を仲間にしようと?」
「強そうだったから!」
「……ん?それだけか?」
「うん!」
「えぇ……」
「この細腕からは考えられない余の腕を掴む強さ!余の力を持ってしても振り払えぬとは貴様さぞ名のある魔術師だな?!」
「……えーっと、こっちの娘の方は?」
「魔法に詳しいって教室の中でいつも言ってたから!」
……あっ(察し)
「…‥あー、ヒナ、多分この娘は……」
「賀茂別さんは凄いんだよ!なんでも千の魔法を使いこなし、てんちそーぞーがどうのこうのって事らしくて……」
「お前自分でもよく分かってねぇじゃねぇか。そんなあやふやな根拠でこの娘を俺の部屋まで連れて来ちゃったの?」
「大丈夫大丈夫、私に任せて…!あー、コホン…‥実は二人にお願いがあってここまで連れて来たの」
「……あ?お願いだぁ?」
「同級生に頼られた?!な、なんでも余に言うがよい!」
「実は今ニュースになっている怪物と戦う魔法使いなんだけど…‥実はあれは私達なの」
妹は二人の前で変身してみせた。
「「?!?!?」」
「それで二人にはこれから私たちの仲間の魔法使いとして一緒に戦って欲しいんだけど……」
「それって余達も魔法を使えるようになるってことか!?」
「え、うん、でも賀茂別さんはもう魔法を使えるんじゃ「是非私を仲間にしてください!!」……本当!?それじゃあ二人にはまずルル君と会ってもらって」
「おい、なんでオレまで頭数に入れてんだ。オレはやらねーぞ」
「え、なんで……」
「なんでもクソもあるか!何が嬉しくてそんなヒラヒラした衣装着なきゃいけねぇんだ。そんなもん着てたら……下の奴らに示しが付かねぇ。オレは帰らせて貰うからな!」
「ちょっと待ってよマジカル・ヤンキーちゃん!」
「おい!勝手に仲間になったみたいなあだ名を付けんじゃねえ!」
……と、そんな感じで最初は拒絶していた彼女だったが、その後の妹のしつこい勧誘により根負けして渋々ながら俺たちの仲間になったのだった。
そんな感じで妹は相手にいくら拒まれようとも気にせずに、ぐいぐい懐に入っていくような社交性おばけだった筈だ。
…‥だが、
これは………誰だ?
目の前の彼女は人の事情に踏み込むのを酷く怖がっているように見える。
俺が居ない十年間の間に、いったい何があったんだ……?
『ポルル、今話せるか?』
その場ですぐに事情を知ってそうなヤツに念話を繋ぐ。
『どうしたポルか?まだ学校に行ってすぐぐらいの時間ポルよね。もしかして用意した書類に何か不備があったポルか?』
『ち、違う。妹の事なんだが………何か様子がおかしいんだ。遅刻してきた生徒に事情を聞くのを怖がっているみたいで………ポルルだってヒナがそんなヤツじゃないことを知ってるだろ?!』
『その遅刻の理由っていうのは例えば家庭の事情とかポルか?』
『あ、ああ!そうなんだ!何か知ってるのか?!』
『……うん。セレーナが他人の事情に干渉しなくなった理由、それは………
ソラ、君が死んでしまったから
だポルよ』
『………は?』
『自分が兄を魔法使い活動への勧誘に勧誘しなければ……兄に深く干渉しようとしなければ兄が死ぬことは無かった。そんな後悔が、《他者に深く干渉することへの恐怖》として今のセレーナを苛んでいるんだポル』
『……俺の…‥せいなのか………』
『いや、それは違う。僕も直接見てた訳じゃないけどあの時ソラは最善の選択を取り続けたと思うポル。本来乗っ取られる筈だったセレーナを庇い、兄を自分の手で殺すか仲間を見殺しにするかの二択を突きつけられていた彼女にどっちの手段も取らせずに事態を終わらせている……ソラの行動が少しでも違えばセレーナは死んでいたか、他者に深くどころか全く関わらなくなっていた筈ポルよ』
『クソッ……!ポルル、俺も明日から邪精王を探すのを手伝うぜ。早くヤツを倒して妹に俺が生きていることを伝えないと…!』
『……学校生活の方はどうするポルか?』
『そんなの後回しに決まってるだろ』
『それはやめておいた方がいいポルよ』
『なんでだよ!妹が苦しんでいるって分かっててのうのうと学校生活なんて送れるわけが……』
『前回の戦いで…‥僕達が邪精王の居場所を掴むまで二年……』
『……!!』
『今回もそれぐらい…‥いや、それ以上に時間が掛かるかもしれないポル。ソラはそんなに長い間セレーナの苦しむ姿を見ていられるポルか?』
『っ!でもヤツを倒さないと俺が生きてる事を妹に伝えられないんだろ!!ならこれ以外に方法なんて…』
『一つあるポルよ』
『…‥なんだって?』
『ソラが、暮上大地としてセレーナの抱えてる恐怖を解消してあげればいいんだポル』
『………は?』
『勿論正体がバレないように気をつけて欲しいポルけど、邪精王がいつ見つかるともわからない中で妹の苦しむ姿を見続けるよりは、そうした方がソラの精神的な負担も少ないと思うポルよ』
『……でも、なら邪精王の行方の捜索とか……ヤツが復活したってことはまた怪物化してしまう人達も出てくるんじゃないのか?妹の問題を解決する為に動くってなると学校に通い続けることになると思うんだが…』
そうなるとポルルの手伝いをするのは難しくなるだろう。
『そうして欲しくてその学校の生徒としての身分を造ったんだポルよ。それにもう人間が怪物化される事は……ほぼ無いに等しいんだポル』
『……?それはどういう……』
『それはまた時間があるときに話すポル。……まあとにかく!アイツの捜索と生活資金の工面はボクに任せて、ソラは学校に通うことに注力してほしいポルよ!それじゃあボクは今から魔法の使用が禁止されている場所に入るから一旦テレパスを切るポルよ』
『……ちょっ!』
聞きたいことがいろいろあったのだが、それ以降ポルルからの声が聴こえなくなってしまった。
「それじゃあ今日の朝のホームルームを終わります」
…‥妹のそんな声と共に、意識が現実へと引き戻された。
どうやらポルルとテレパスで話している間に、ホームルームが終わっていたようだ。
(テレパスの方に集中していて全く話を聴いていなかった。言われた席に移動したことは覚えてるが…‥)
「なあなあ、こんな中途半端な時期に転校してくるなんて珍しいな」
「……え?」
テレパスしている間にあった話を思い出そうとしていると、突然前の席の男子生徒が話しかけて来た。
「ああ、驚かせて悪い。俺は前野、前野汐彦。これから宜しくな!」
前の席のまえのせきひこ…か。……覚えやすいな。
「俺は…」
「暮上大地だろ?突然の転校生ってことで記憶に残っちまったぜ。何処の学校から来たんだ?」
「何処の……」
……そういえばポルルは暮上大地のこの学校に来る前の生い立ちの設定とかは造っているのだろうか?
分からないうちは変な事は言わない方がいいだろう……。
「うーん、忘れた⭐︎」
「…………………」
………………とんでもない馬鹿を見る目で見られた。
「……そんな事よりあの生徒の事なんだが」
遅刻して妹を困らせてた女子生徒の方へと視線を向ける。
「そんな事よりって、ああ……雲母坂の事か。気になるのか?……まあ自分を挟んであんなやり取りされたら気になるよな」
そう言って彼もその女子生徒の方に目を向ける。
「あの女子の名前は雲母坂伊織。さっき見た通り遅刻の常習犯だ。…といってもここ二ヶ月ぐらいの話なんだけどな?それまでは特に問題を起こすような奴じゃ無かったんだが……」
「さっきヒ…先生が理由を聞いていたけど理由は分かってないのか?」
「ああ、あいつヒナちゃん先生どころかそれまでツルんでいたトップカーストグループの連中にすら理由を話してないみたいでよ………噂によると夜遅くに学校の近くのゲーセンで見たとか警察と一緒に居たとか聴くけど、詳しい事は誰も知らないみたいだな」
「本人に聞くしかないってことか」
「………は?ちょっ、おい……!」
自分の席を立ち上がり、その雲母坂という生徒の下まで向かう。
そして……
「なあ、なんでさっき遅れて来てたんだ?」
自分の正体を明かす以外で妹の抱えている恐怖を取り除く方法なんてすぐには思い付かないが、とりあえず妹が踏み込めずにいるこの生徒が抱えている事情というのを代わりに解決出来ないか動いてみることにした。
「……え、突然なに。というかアンタ……さっき先生の横にいた転校生……?」
「ああ、ところでなんでさっき遅れて…」
「へぇ?こんな中途半端な時期に転校してくるなんて前の学校でなんかあった?それとも………家庭の事情ってヤツぅ?」
「………っ」
その此方の質問には一切答える気のない態度から、彼女の強い拒絶の意思を感じた。
そしてそれ以降、彼女は俺と会話する気は無いとでもいうように窓の外へと顔を向けたのだった。
……今はこれ以上は難しいだろう。
「事情は聞けなかったよ」
自分の席に戻り、ハラハラした様子の前野にそう告げた。
「そりゃあそうだろうけど…すげぇなお前、普通気になったからって転校初日に話しかけには行かねぇよ……。眼鏡かけてるし前髪も顔を隠すように伸ばしてるみたいだからてっきり引っ込み思案なヤツなのかと思っていたけど……」
そう言えば言い忘れていたが俺は今変装のために前髪を下ろして眼鏡も掛けている。
「おい、眼鏡かけてたら引っ込み思案だなんて眼鏡ユーザーに対する偏見じゃないか?眼鏡ユーザーの代表として強く抗議する」
「あ、ああ悪りぃ悪りぃ。あとシカトされたからって気にするなよ?彼女のあの態度は暮上だけに対してのものじゃ無いから」
「……ならまだ(話を聴いてもらう)芽はあるって事か」
「いや、誰もそこまでは言ってないだろ」
キーンコーンカーンコーン
そうこうしているうちに、一限目の始まりを告げるチャイムがなったのだった。