マギア・セレーナ
「ひとまずソラには此処に住んでもらうポル」
何よりも先ずは住む場所が必要だろうとポルルに言われて連れてこられたのは、とあるアパートの一室だった。
「住んでもらう……って、此処アパートだろ?契約とかどうしたんだ?」
「此処は妖精国が用意しているボクたち用の拠点だからその辺りは安心してほしいポル」
「拠点?」
「うん。また怪物化事件のような、人間界に迷惑をかける妖精が現れた時に備えて……人間の世界にも妖精用の拠点を用意しておく事が決定したんだポルよ」
「へえ」
「住処は此処にするとして……後、ソラが生きていくために必要なのは身分とお金ポルね」
「……身分?」
「陽巻ソラとしての身分は十年前に死亡届?が出されて使えなくなってるんだポル。だからソラが人間界で生きていくためには別の身分が必要になってくるんだポルよ」
「……っ、そうだよな……十年前に死んだ事になってるなら……そうなってる筈だよな」
死亡届が出された……か。分かってはいたが……そう現実的なワードを出されると、改めて自分が死んだ事になっているという現実を突き付けられる。
……良介さん達にも迷惑をかけてしまっただろうな。
「ソラ……?あ、新しい身分はボクが魔法でしっかりとしたものを用意するから安心して欲しいポルよ!」
どうやらポルルは俺が動揺したのを、新しい身分を用意出来るのか不安がっていると勘違いしているようだ。
……それにしても魔法で偽造した身分を『しっかりした』と表現してもいいのだろうか?
「それにお金の方も僕達の城の宝物庫から宝石か黄金を幾つか持ってくるからそれを売って工面すれば心配ないポルよ!」
「って、待て待て!それは流石に不味いだろ!身分は……どうしようもないからお願いするにしても、金くらいはバイトでも探して自分でなんとかするって!」
「……………にも」
「……ん?」
「何も不味くなんてない!ソラは人間の世界と妖精の世界の両方を救った英雄なんだから僕達が総力を挙げて支援して当然の存在なんだ!」
「うわっ、急にどうしたんだ?」
「あ、ごめん……つい興奮しちゃって……………ポル、でもどっちにしろソラの新しい身分を用意するまでに暫く時間がかかるから急ぎの資金は必要ポルよ。この国では働くにしてもちゃんとした身分が必要なんポルよね?」
「そりゃあ……そうかもしれないけどよ……」
「うん、じゃあ納得してもらったところで早速妖精国に行ってくるポルよ。新しい身分はそこで必要な物を貰ってきた後で造るポル」
そう言ってポルルは急くように部屋を出て行こうとした。
「あ、ちょっと待ってくれ!」
「ん?他にも必要なものがあるポルか?」
「必要なものっていうか……良介さん達は今どうしているのか知ってるか?というか今住んでる場所って分かるか?」
「…それを知ってどうするつもりポル?」
ポルルの表情が、硬いものへと変わった。
「!?……もしかして良介さん達に何かあったのか?」
「あ、いや、マギア・セレーナと君の両親は特に病気も怪我もなく過ごされてるみたいポル。ただ……彼等に会って自分が生き返った事を伝えるのは、もう少し待って欲しいポルよ」
「そりゃあ元からこっそりと様子を確認したら戻ってくるつもりだったけど………」
直接会ったところで何を言えばいいのだろう。
生き返ったからもう一度養子にしてください……なんて厚かましいことは流石に言えるわけがない。
だから遠くから様子を確認して、あの一家が元気に過ごしているかこの目で確認できればそれで良かったのだが………
「…なんで生き返った事を言っちゃダメなんだ?」
「ここに来る途中に君に掛けた『探知逃れのおまじない』が解けてしまうんだポル」
「探知逃れのおまじない?」
「そうだポル。ソラは最終決戦の時に敵に取り憑かれてしまったんだポルよね?」
「え、ああ、そうだな」
「その時にソラの魂の情報が敵に渡ってしまっているかも知れないポル。もしそうなら魔法で簡単にソラの居場所が探知されてしまうんだポルよ」
「え!?大丈夫なのかソレ!?」
キョロキョロと辺りを見回してしまう。
「今は探知逃れのおまじないがソラに掛かっているから探知には引っ掛からなくなっているポル」
「…ああ、そういえばさっきそう言ってたな。でもその事と良介さん達に生きてることを伝える事に何の関係があるんだ?」
「『探知逃れのおまじない』はあくまで『おまじない』ポル。魔法と違ってちょっとした事がきっかけで解けてしまうんだポルよ。それでそのきっかけっていうのが、
自分の本当の名を誰かに明かしたり、
一定以上の者の中で君が陽巻ソラだと認識されてしまう事
なんだポル」
「マジかよ、じゃあ良介さん達だけじゃなくてアイツ等にも……」
「うん、君が彼女達に生き返った事を伝えた瞬間、敵に居場所がバレて……その時近くにいる筈のあの娘達は……既に魔法少女じゃなくなってる」
「……怪物に変えられたり、最悪直接危害を加えられる可能性があるって事か」
「だから改めてヤツを何とかするまでは、誰にも正体を明かさないで生活して欲しいポル」
「………分かった。アイツらを危険には晒せないからな……」
本当は……死ぬ直前に見た妹の泣き顔が気がかりで、妹ぐらいには生き返った事を伝えに行かなければと思っていたのだったが……そんな事情があるのなら今会いに行くのはやめた方がよさそうだ。
「うん、じゃあ納得してもらったところで早速ボクは妖精国に行って来るポルよ」
そう言いながらポルルは自身の目の前に妖精国へと繋がるゲートを開き始めた。
「あー…………無理はしないでくれよ?」
厳密には「無理に強請ったりはしなくてもいいからな」という意味で放った言葉だったが、ポルルは「任せてポル!」と理解してるのかどうか判断の付かない反応を見せて完成したゲートの向こうに消えていってしまった。
そしてその日のうちにポルルは戻ってきた。……大量の日本札の入ったバッグを抱えて。
それらの物をどうやって貰ってきたのか、自分の故郷に居づらくなるような事をしたりしてないか聞き出そうとしたのだが、彼は「そのお金で暫く生活しておいて欲しいポル」とだけ言い残してまたすぐに何処かに姿を消してしまったのだった。
ポルルと面と向かって話すことが出来たのはそれから半月程が経ってからのことだった。
「ソラの新しい身分が用意できたポル!」
そんな第一声と共に部屋に入ってきた彼は、自分の身長ほどもある何かを抱えていた。
「これは……」
その何かは俺にとってとても見慣れた物だった。
「学生手帳?しかもこれ……俺が通ってた曇月学園のやつじゃないか」
「そう、これがソラの新しい身分だポル!」
ポルルが俺の目の前に来て、学生情報の部分を開いて見せてくる。
「暮上大地………第二学年?……これが俺の新しい身分………え、俺学生って事か?それも曇月学園の……?」
「当然ポルよ。ソラは死ななければ……ボク達の戦いに巻き込まれなければ……あのままあの学校を卒業出来ていた筈ポル。ボク達にはソラが本来過ごせていた筈の時間を出来る限り再現する義務があるんだポルよ」
「再現って……身分の偽造も出来るんだったら曇月学園の卒業記録だって用意できただろ?どうせだったらそうしてくれた方が助かるんだが……」
ポルルの持ってきた生活資金に頼りっきりになるのも忍びなかったので、身分が出来次第働き口を何処か探すつもりでいたが……学生という身分では色々と制限されてしまうことも多いだろう。
だからそういったものに縛られない身分に変えてくれないかと伝えたのだが、彼はそれに答えるよりも前に衝撃的なある情報を伝えてきたのだった。
「……ソラが通っていたあの学校には今、マギア・セレーナが教師として勤めているポルよ」
「なっ……!」
マギア・セレーナとは俺の妹の事だ。つまりあのヒナが……今は教師をやっているのか?それもあの学校で。
「……それが本当なら尚更学校には近づかない方が良くないか?俺の正体がバレたら不味いんだろう?」
「うん、だから勿論変装はしてもらうポルけど……ソラは義妹の現在の様子が気になっていたんだポルよね?だから正体を明かさずとも自然にセレーナに近付ける方法を用意してきたんだけど……余計なお世話だったポルか?」
「いや……………本当は気になっていたんだ。助かるよ」
その後学校に通い続けるかどうかはともかく、一度妹の様子の確認はしておきたかった。
「それなら良かったポル!なら明日からさっそく曇月学園に通ってもらうポルよ!」
「……明日?!」
そうして、俺の学校生活の続きが、十年後の世界で再開されたのだった。