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桜舞う日に

作者: 川理 大利

短めの短編です。

 季節は巡り春が来た。町のそこら中で桜が花開き、桜色で華やかに町が彩られる。そんな町の外れ、川沿いの土手の道、人2人が並べば道幅いっぱいになってしまうような狭い道を歩いている。川に沿うように桜の木が植えられており、桜の名所として県外の人にも知られるほどの場所なのだが、平日のど真ん中だからか人は少ない。


「もう春か……」


 夏秋冬とあっという間に季節は巡り、気がつけば春になってしまっていた。本当にあっという間だった。まるで、世界に私の存在だけが置いてけぼりにされてしまっているようで、なんだか虚しくなってくる。日々が忙しいからここまで時間の流れが早く感じるのだろうか。いや、きっとそれが理由ではないだろう。

 ただただなんの目標もなく日々を過ごし、早く時間が過ぎ去るようにと思いながら過ごしているせいだろう。できるだけ日々を疲れないように過ごし、なんとか頑張って生きている。そうすれば、時間はあっという間に過ぎていく。きっとこのままでいいのだと私は思っていた。

 しかし、それももう限界が来てしまったのかもしれない。会社という組織に所属すればするほど、責任は増えていく。1日1日をなんとなくで過ごしてきた私にはあまりにも重すぎる責任で、やたらとミスが増えてしまった。もっとも、それが原因なのかは分からないのだが。もう無理だと思った私は会社を休んだ。いわゆるズル休みというやつだ。私自身会社に申し訳ないとは思っている。申し訳ないとは思うのだが、休んだっていいじゃないか。逃げたっていいじゃないか。


「桜は綺麗だなぁ」


 風が吹くたびに、桜の花びらが舞い散る。なんとも風情ある光景だ。そんな風情のある光景とは裏腹に私の心はボロボロだ。きっとこんな気持ちで桜の下を歩いているのは私くらいだろう。なんだか悲しくなってくる。

 そもそも、なぜ私はズル休みしたその日に桜の下を歩いているのだろう。思い返してみると、家にいてもやる事がなく、ひたすら暗い気持ちに落ちていくだけだったため、家を飛び出しふらふらと彷徨うように歩いていたらここに辿り着いていたというわけだ。

 この桜の咲く土手は家からほど近い場所にある。小学生の頃はよく友人と桜を見にきたものだ。思い返せばあの頃が1番楽しかった。悩みなど無く、責任なども無い。何にも縛られず自由に日々を過ごしていた。親という存在には縛られていたものの、それでも今よりはよっぽど楽しかったと思えてしまうのだ。小学校が終われば夕方17時くらいまで遊び、夜は宿題をやり21時くらいには眠りにつく。不安など無く毎日を楽しく過ごしていた。

 あの頃見た桜と今見る桜では全く別物にすら感じられてしまうのだ。なんだか、あの頃見ていた桜の方が綺麗だったような気がしてしまう。気のせいだろうか。あの頃見た世界は美しく輝いていた。何もかもが眩しかった。今見る世界は真っ白で色も無い。気がつけば未来に抱いていた薄らとした希望すらも消えてしまっていた。


「私がすべてダメだから……」


 ボソリと独り言が漏れてしまう。大丈夫、周りに人はいないようだ。聞かれたところで、問題など無いのだが少し恥ずかしい。

 会社でのミスも全て私のせいだ。ミスをしたところで、次ミスをしないようにと頑張ったところで、またミスを重ねてしまった。ミスが重なった事で、私は頑張る事に疲れてしまった。そもそも、私など会社に必要ないだろう。むしろ、いない方が上手く仕事がまわる可能性すらあるかもしれない。私は、同期に比べて仕事ができない。同僚たちは、その事を咎めてくることはないものの、私自身その事はしっかりと理解できている。理解できているからこそ辛いのだ。私がこの会社にいる意味など、あるのだろうかと考えこんでしまう。あまり良くない思考だという事は分かっている。それでも考えてしまうのだからどうしようもない。そういう性格なのだから。

 それでも、なんとか頑張ってここまでやってこれたのだ。よくここまで頑張ったよと褒めてあげたいくらいだ。それでも、もう頑張れる気がしない。頑張ったところで、またミスをしてしまう気がして怖い。私はいったいどうすればいいのだろうか。なんだか、もうどうしようもない状況に陥ってしまっている気がする。本当にどうすればいいのだろうか。なんだか、最近思考能力が低下している気がする。解決策も何も考える事ができないのだ。疲れだろうか。


「はぁ……」


 ひたすら桜の下を歩いているうちに、気がつけばだいぶ遠くまで来てしまっていた。というかここは何処だろうか? はるか先まで桜が続いている。土手沿いの桜はここまで多かっただろうか。

 まあ、そんな事どうでもいい。今のこの現状をどうにかしなければならない。少なくとも、明日は絶対に仕事に行かなければならない。今日休んでしまったのだから明日は頑張って行かなければ。


「行きたくないなぁ。仕事」


 1人ぼやく。行きたくない。行ったところで良いことなど何もない。むしろ自分という存在がさらに嫌いになるだけだ。行きたくないのなら辞めれば良いのではないかとも思うが、辞めたところで私は別の会社で働く事ができる気がしない。私にできる仕事などあるのだろうか。きっと無いだろう。だから、私は頑張って仕事を続けなければならない。そう頑張って頑張って頑張らなければならない。気が遠くなるほど頑張らなければならない。いったいいつまで頑張れば良いのだろうか。


「なんかもう疲れたなぁ」


 生きていく事に疲れてしまった。これから先も何年もこれが続くと思うと恐ろしい。もう生きている理由もないのでは? いっそ……。そう思えてしまう自分が怖く感じてしまう。

 こんな気持ちをいつまでも引きずっているようではダメだ。休んだ意味がなくなってしまう。音楽でも聴いて気分を切り替えるとしよう。

 ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して、耳に装着する。接続を知らせる音と共に勝手に曲が流れ始める。通勤途中でいつも聴いている曲だ。好きな曲ではあるのだが、なんだか憂鬱な気分になってくる。何か別の曲はないだろうか。スマホを取り出して曲を探す。ひたすら画面をスクロールしていくと、ふと1枚のアルバムに目が止まる。20年以上シリーズが続いているゲームのアニメの主題歌を纏めたアルバムだ。オープニング曲とエンディング曲が全て入っているらしい。曲数を見てみると75曲ほどある。数年前に買おうとしてやめたのだがサブスクで配信されていたらしい。久しぶりに聴いてみることにしよう。元気を貰えるかもしれない。


「これは……懐かしいな……」


 アルバムの曲をシャッフル再生して聴いているのだが、だいたいの曲が懐かしい。高校生の頃なんかは、狂ったように一部の曲を聴いていた事もあって歌詞も口ずさめてしまう。なんだか少しばかり元気を貰えたような気がする。何処までも突き抜けた明るい曲調に明るい歌詞。この曲達を聴いていれば、アニメの主人公のように自分も頑張れそうだと思えてくる。気のせいかもしれないが、不思議と暗い気持ちは消え去っていた。もっとも、これは一時的なものでなんの解決にもなっていないだろう。それでも、少しばかりの元気を貰えたのは事実だ。音楽のちからというのは凄いものだなと思う。


 曲を聴いていて気づいた事がある。ほとんどの曲で夢という言葉に触れられているのだ。社会人になってからは、忙しくて夢など気にする暇はなかった。いや、気にしないようにしていたのだろう。もう一度夢に向かって進んでもいいのかもしれない。何も仕事をしながら夢を見るなとは、言われていないのだから夢を見たっていいだろう。仕事なんてその過程だと思ってしまえばいい。しかし、それでいいのだろうか。


「私はどうすればいいのだろう」


 今更夢を見てもいいのだろうか。見なくなった夢を、もう一度見てもいいのだろうか。自分自身に問いかける。答えなど返ってくるはずもない。気がつけば投げてしまっていた夢。このまま、なんとなく仕事を続けながら意味もなく死んでいくよりは、夢が叶うというほんの少しの可能性に賭けてもいいのかもしれない。その方がきっと生きていく理由にはなる。

 本来ならば、私はしばらく休んだ方がいいのかもしれない。しかし、一度休んでしまえばもう立ち上がれる気がしない。だから、休みたくはないのだ。夢を追う事が少しでも生きる理由の足しになるならば、夢を見てみてもいいのかもしれない。夢を見るだけならばいくらでもできるのだから。


「……そうすることにしよう」


 私が私自身に胸を張れる日が、いつかくる事を願いながら来た道を戻る。

 風が吹くたびに桜の花びらが舞う。はらはらと舞う花びらのうちの一枚が、頭の上に舞い落ちる。頭に落ちてきた花びらを手に取り眺める。桜の花びらは桜色一色でどこまでも美しい。


「きっと、私は大丈夫だ」


 桜舞う道を帰路に着く。桜の終点はまだまだ先だ。どこまでも続くようだった道はすぐに無くなってしまう。それでも、進みゆく。いつか来る終わりへと向かって、少しでも明日が良くなる事を願って。

読んでくださりありがとうございました。

音楽のちからってすげー! ですよね。

無理しすぎないように頑張りましょう。

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