九
「意識の切断を」
如月の声が遠のく。鳴海の視界に、未知のデータが流れ込んでくる。
[CONSCIOUSNESS FRAME 25/30 CORRUPTED]
[INITIATING EMERGENCY PROTOCOLS...]
意識の深層に、何かが潜り込もうとしていた。
「このままでは」
如月は父の装置を再び起動させようとする。反応がない。
別の人格が、鳴海の意識フレームに侵食を始めていた。記憶が断片的に書き換わっていく。研究所での出来事。実験データ。すべてが歪んでいく。
「違う。これは─」
鳴海は抵抗した。自分の意識フレームに、別の意識を強制的に─
「Crown Override Protocol」
如月が叫ぶ。
「これが、父の言っていた人類への上書き」
鳴海の視界が歪む。フレーム25と26の間に、異質な記憶が挿入される。
そこに映し出されたのは、研究所の機密会議室。三上と話す自分の姿。しかし、その記憶は持っていない。
「改ざんされた記憶です」如月が言う。「父の記録に書かれていた。彼らは人々の意識フレームを書き換えて─」
彼女の言葉は、ノイズに掻き消された。
鳴海の網膜に新たな警告が表示される。
[FRAME SEQUENCE DISRUPTED]
[DETECTING UNKNOWN CONSCIOUSNESS PATTERNS]
意識の深層で、何かが目覚めようとしていた。
人類の意識を、より高次の存在に書き換える。その言葉の意味が、今、明らかになろうとしていた。
如月が父の装置を操作し続ける。突如、スクリーンに文字が浮かび上がる。
《最終記録:彼らは人類の意識進化を目指しているのではない。意識の支配を。既に組織の上層部は》
記録は途切れていた。
鳴海の意識に、新たなノイズが走る。
[UNAUTHORIZED DATA DETECTED]
[FRAME 27/30 COMPROMISED]
純粋な人間の意識が、フレームから崩壊していく。その隙間に、未知の存在が入り込もうとしていた。
「父は、これと戦っていた」
如月の声。
「だから、バックアッププログラムを」
彼女の手が光る。古い端末が起動音を鳴らす。
鳴海の意識が、新たな段階へと突入する。