五
記憶編集実験データベース。鳴海は古い端末を起動した。画面に緑色の文字が浮かび上がる。
[ACCESS AUTHORIZED: NARUMI REN]
[LOADING MEMORY FRAME DATA...]
5年前の実験記録が次々と展開される。被験者番号。処置内容。結果。すべて、政府のデータベースからは抹消されているはずのデータ。
如月啓介。被験者番号001。
結果:意識崩壊。人格分裂。現在も施設収容中。
瀬川誠。被験者番号167。
結果:死亡。フレーム間干渉による意識崩壊。
「見つけた」
鳴海は一つのファイルに注目した。被験者167の脳波データ。死亡直前の記録。フレーム29と30の間に現れた異常な波形。そして─
「これは」
フレーム30と1の間。わずか0.033秒の空白。そこに現れた未確認のデータパターン。波形は既知の脳波とは明らかに異なっていた。
「人工的な波形」
誰かが意図的にプログラムした痕跡。フレーム間の空白に、何かを埋め込んでいた。
端末が震える。新着通知。如月からのメッセージ。
「緊急です。父が話し始めました」
施設の監視カメラ映像が添付されていた。如月啓介。5年間、ほぼ植物状態だった男が、突如として目を見開いて話し始める場面。
音声が再生される。
「30分の1。そこに、埋めた。我々の、意識を。人類に、上書きを」
突如、男は痙攣を始めた。口から泡を吹き、全身を激しく震わせる。
「フレームが、拒絶する。人類の、意識が」
如月啓介の最後の言葉。その直後、モニターは平坦な波形を示していた。
鳴海は端末の電源を切った。闇の中で、断片的な記憶が蘇る。
記憶編集技術の完成間際。最終テストで発見された異常なパターン。それを見た三上の奇妙な反応。
「上書き」
その言葉の意味を考える間もなく、緊急速報が入った。
「地下鉄銀座線で乗客が暴走。記憶編集経験者の可能性」