三
国家安全保障局は、第四管理棟の最上階を占めていた。
生体認証を済ませ、鳴海は待合室に通された。壁一面のディスプレイには、各地の監視カメラ映像が流れている。新宿。渋谷。池袋。秩序正しく行き交う群衆。彼らの頭上には、それぞれの意識同期率が数値で浮かび上がっていた。
「お待たせしました」
応接室のドアが開く。三上鷹士。45歳。画面で見た以上に威圧的な存在感を持つ男だった。
「5年ぶりですか。記憶編集技術の第一人者が、なぜあのような形で研究を放棄したのか。ずっと気になっていました」
三上は鳴海の正面に座った。机の上には、三つのホログラムが浮かんでいる。
「先月から、記憶編集を受けた被験者たちの暴走が相次いでいます。死亡例も出始めた」
中央のホログラムが展開する。三つの死体。いずれも鼻と耳から出血していた。
「瀬川誠の時と同じ症状です」
鳴海の言葉に、三上は僅かに目を細めた。
「ご存知でしたか」
「ニュースを見ていれば分かる」
「いいえ。瀬川誠の事例は、完全に機密扱いです」
空気が凍る。鳴海は動きを止めた。
「あなたはまだ、フレームの向こう側を気にしている。私たちにも分かっています」
三上は残りの映像を展開した。そこには見覚えのある光景が映っていた。
「実験データです。被験者たちの意識が崩壊する直前。共通して30フレーム目と1フレーム目の間に、異常な波形が観測されています」
「それは─」
「ええ。5年前、瀬川誠の死の前に記録された波形と同一です」
鳴海は映像に見入った。確かに、それは覚えている波形だった。人間の意識が持つ0.033秒の空白。そこに現れる異常なパターン。
「私たちには、あなたの協力が必要です」
三上は最後の映像を指さした。
「これは一週間前の映像です」
スクリーンに映し出されたのは、地下鉄のホームだった。記憶編集を受けた元受刑者が暴走し、乗客を襲撃する場面。防犯カメラが、その男の最期を捉えていた。
口から血を流しながら、男は叫んでいた。
「黒い意識が覗いている」