Ⅰ.8. 蠢動
訓練棟やグラウンドを越えて、学園の城壁内の大扉を、目の前にした広場に出たところで、後ろから馴染みある声がした。
「あら、アレン!何してるの?探したのよ」
そこには王国一のスタイルを豪華な鎧に内包した女騎士が、地面に突き立てた剣の柄に両手を置き、赤茶の髪を風に泳がせていた。その髪から覗く、真紅の宝石のような両眼がアレンを見つめていた。
「あ!姉様!」
声だかに叫ぶんでハッとする。
重度のブラコンである姉との約束を忘れていた。
「アレン?姉様って呼ばないって約束したじゃない」
「あ、はい、お、お姉ちゃん」
「はい、お姉ちゃんです」
すかさず、姉は大きい目をよりカッと見開きパーティの中に割って入ってきた。そして、涎を垂らしながら、ぼくに威厳を保ったつもりで近づいてきた。
「アレン」
「はい、なんでしょう」
すっと耳元に顔を近づけてくる。
「わたくしが、お姉ちゃんです」
背筋に悪寒が走ったが、有無を言わせなさそうなので、首を縦に何回も振った。
「ところで、お姉ちゃん。喘息はいいの?」
「……んん……!!……あっ……朝方ちょっとしんどかったけど、きょ、今日はね、気候も安定してるし、体が鈍っちゃうから、た、たまにはフィールドワークにでも出て、レベリングしようかなって」
姉は僅かに頬を上気させて、呼吸を荒げていた。
ブラコンもここまでくるかと、一人頭を悩ませた。
「いやもう姉様……お姉ちゃんは必要ないんじゃ……。16歳で31レベルならかなり上の方じゃないの?」
アルが、姉を驚くように被り見る。
「31?!王国騎士団の僕の叔父さんが、28とかだよ!?」
アルが驚いて動くと甲冑が大袈裟に音を鳴らした。リアクションの修飾に困らない私服だ。
「そんな驚くほどじゃなくってよ!おほほ!他国には14歳にして、レベル50もいるらしいわ!レベルをあげればINTをもっと伸ばせると思うのよ。使える魔法も増えるだろうし。わたしの成長は国の成長よ。どう?ついてくる?」
分かりやすく、上機嫌に姉は宣った。我が姉ながら、調子のいい人である。
「よう、アレン。お前の姉ちゃん美人だな。今度ちゃんと紹介しろよ」
我が姉はラッツの変な性癖に刺さってしまったようである。
「いやいや……そしたらラッツも王族だよ?ていうか、お姉ちゃんの喘息が心配だから、ついていくけども。いまは迷子をお家に返さないと」
「迷子?迷子なんてどこにいるのよ」
リンドウのパーティが、屈強な女戦士を指差す。
「へ?あーはっはっは!こいつがあ?!とんだ笑い話ね!」
姉は、顔を空にむけて、ほぼ首無しになってしまった。
「あ、そうだ!ちょうどいい!キャミィ、お姉ちゃんも連れて行っていい?」
キャミィを仰ぎ見る。
「ま、31でそのINTなら少しはマシだろ。禁足地までついてきな」
首がそった姉をみながら、心底、めんどくさそうに言い放つ。
「き、禁足地なら、反対側の門じゃない!? そして勝手にステータス覗くなんてなんだこの無礼者は!開示魔法か??リビルを使ったな?!この破廉恥野郎!」
両腕で、胸部を隠すように姉は縮こまった。プライドが高い我が一族は、ちょっと侮られると感情を露わにしやすい。アレンもコントロールのトレーニング中だ。姉はまだまだのようだ。
「野郎ではない、かよわき乙女だ」
どこ吹く風と、キャミィは歩みを止めずに口笛を吹いた。
アレンは、姉に駆け寄り、屈んで耳打ちする。
「よして姉様。この人は、かの封牢の番人様だよ。僕らが束になっても勝てやしないさ」
「な!こいつが……ッ!私も是非同行させてもらうわ。ちょっとアレン伝えたいことがあるの。貴方をストーカー……エ゛エ゛ン゛…探していた件についてよ」
姉が、目の色を変え、アレンをグループから引き抜き、誰にも聞こえない位置でアレンに耳打ちする。
「わたし、鑑定師さんと友達なんだけど。鑑定師さん、確定事項じゃないことは報告できないのね」
先ほどとは明らかに違う、真剣な声色になった。
「そりゃあ、変なこと言えないもんね」
「で、エリオンで唯一、番人さんと交流があったみたいで」
「キャミィと?へー」
「遺体はもしかしたら、番人さんかもって」
「へ?じゃあ……あのキャミィは」
背筋が凍る。
「まだ、可能性の話だけどね」
「おい、何話してんだ。日が暮れるぞ。ところで南はどっちだ」
いつのまにかキャミィが背後にたっており、アレンと、姉の肩に両手をかけた。
「あは!なんでもないわ!」
姉は隠し事が下手である。代わりにアレンが姉の前にずいっと出る。
「お、お昼なんで、太陽の位置的にこっちじゃないすか?」
アレンは、自身の心の揺れ動きを悟られまいと目の前の城門をすぐさま示す。
「じゃ、禁足地は北のあっちだ」
来た道の、もっと先の、ちょうど真反対の城門の方向を指してキャミィは悪びれもせずそういった。姉が横で「やっぱり」と呆れている。
「は?なんでですか?あの、ふざけてます?」
キャミィの態度に圧倒され、正気かどうか尋ねてみる。
「赤い山は南北にひとつずつある。南の赤い山の奥の高原が禁足地だ。いいや大真面目だ」
「あれ?この前の講義で、禁足地は岩山って…」
「いや普通に考えて、大勢の前で禁足地の場所をいうわけないだろ。腐っても番人だぞ私は」
正気のようだ。この人は狂気が正気なのかもしれない。そしてやっぱり、鑑定師さんの思い違いじゃなかろうか。個体として強すぎるから神様がバランスをとるためにデフォルトで状態異常なのだろう。
「ちょっと色んな意味で安心しましたけども。……え、来た道また戻るんですか?」
やはり信じられないので、真顔で問いただすも、直後に心配症のセシルに発言権を奪われた。
「ふぇ……あのー私18レベルなんですけど、禁足地って何レベルくらいの魔物が出るんですか?」
「あーだいたい23〜28かな。帰ってくる頃には20レベル超えてるんじゃないか?よかったな」
「ふぇえええ!わたし帰ります!ふえ!!」
少し身の丈に余るローブを擦りながら、走り去ろうとするセシルを羽交締めにして悟す。
「まぁまってよ!キャミィさんいるし大丈夫だって!パーティ連携の練習をしたいからがんばろ!え、ところでキャミィさんはなんで最初に方角を聞かなかったんですか?」
「ふぇ!練習じゃなくて実戦よ!?死よ!?」
「私がいるから大丈夫だ。地の利、抜け道、いざって時の隠れ家や、美味しい木の実が取れる場所、さらには、満点の星空が見えるところまで知り尽くしている。まぁ、全部一人で回ったけどな…」
「あの、キャミィさん聞いてます?」
「そうよ!こんなやつよりわたしの方が数倍強いんだから!大船に乗ったつもりでいなさい!」
「あのう?」
「へーへー。いくぞ若衆。聞いているぞ。これも筋力トレーニングだ。歩く力は、それ即ちSTRをじわじわと高める。黙って歩け」
アホほどムカついたので、後ろからこっそりステータスオープンと呟いて、開示魔法を唱えた。本物かどうか知るためでもある
だが、大体の情報がロック状態、つまり暗く塗りつぶされており非開示だった。
通常、自分の個人情報を秘匿するために、このロックは皆んながかけている。そして、皆んなが真っ先にロックするのはレベルの欄である。なぜならレベル差は絶対的であり、よほどのことがない限り勝敗を決する数値と見ていいのだ。
ちなみにアレンは◼️◼️レベルだが、恥ずかしいのと、素性が露呈しないようロックしている上に、見られても35レベルと偽造している。
改めて、キャミィのステータスをまじまじとみる。キャミィのステータス画面は、みんなとは、違った。
そうそう人の身で辿り着けない境地に、彼女は及んでいる。ステータス画面のレベルの表記はこう並んでいた。
【◼️◼️・◼️◼️◼️◼️ ◼️◼️歳 レベル:196】




