Ⅰ.6. 予言
メイナードを無視して、アレンは久しぶりにホクホクとした気持ちと、足取りで、職員室に向かう。
ラッツと、さきほど仲良くなった数人もついてきてくれた。
学園祭の飾りがアレンを祝福するかのように煌めいてみえる。グラウンドから数分で職員室につくと、すぐにラアス先生の机に、アランだけ呼ばれる。
「はいこれ!さっきのシールドの上位互換!硬甲だよ!能天級まで耐えられるんだ!あと何か緊急時に僕らが駆けつけられるように位置情報が分かる装置と、通信機もついてるよ!肌身離さずもっててね!」
ラアス先生は、まるでマルチ業者のらような勢いで、嬉しそうに、アレンへシールドを渡してきた。
「こんな高性能なもの、いいんですか?」
「いいのいいの!僕も同じの持ってるしさ!なにより通信するには僕だけ持ってても仕方ないでしょ?あげるよ!」
「ありがとうございます!大切にします!」
「うん!じゃあ次の授業遅れないようにね!」
「はい!ラアス先生、あのう」
ラッツに言われたことを思い出して、机に向いたラアス先生に問いかける。
「ユイ先生は」
「あ、ユイ先生かい?」
ラアス先生は、少し考え込んだあとに意を決して、回転する椅子ごと体をアレンに向けた。
「えーと、そうだな。君に隠してもしょうがないね」
「どうされたんですか」
嫌な予感が走る。
「封牢付近で、警備にあたっていたところ、何者かに襲われてね。実はユイ先生、重症で、病院に搬送されたんだ」
重症、滅多なことで聞く単語じゃない。
「だ、誰にやられたんですか!」
「現在調査中さ」
焦りが募る。
「どこに入院してるんですか!」
「それは言えない。ないとは思うが、万が一、その何者かにバレたら、ユイ先生の命を狙いに行くかもしれない」
「なにか目撃したのかも」
「そうだろうね。じゃなきゃ侵入者が、わざわざリスクをとって、警備を攻撃する理由がない」
ロポが危惧していた通りのことが、戦争が起こるかもしれない。
「ロポにいわなきゃ」
「あ、アポロス様はもう知ってると思うよ。大丈夫。それについても、調査してもらってる」
「僕も行かなきゃ!ありがとう、ラアス先生!先生も気をつけて!」
「殿下こそ、くれぐれもお気をつけてね」
ラアス先生は、アレンに心配をかけないように笑顔で最後まで笑顔で対応してくれた。
職員室前で待っていたラッツたちには軽々しく事情は話せず、祝勝会をしようと言われたが、丁寧に断って、急いでアロポスの図書館へ走った。
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「ロポ!大変だ!!」
「らしいな。ワシもさっき知ったよ。ユイ君、一応は、無事らしい」
アロポスの元まで、身体強化魔法をかけて、やってきた。体にかなりの負担がかかったようで、息が切れて、両手を膝についた。
「良かった。本当に良かった」
肩で息をするアレンのそばに、黙ってアロポスが立つ。
「ワシは許せんよ。こんなことするやつぁ」
立ち尽くし、拳をぎりぎりと握りしめ、感情を露わにするアロポスをみて、畏怖と同時に信頼の情が再燃した。
「ロポ、絶対捕まえよう」
「ああ。アレン。言いにくいが、ワシは、内部にもいると思っているんじゃ。裏切り者がな。もちろん生徒側にあり得る話じゃ」
「そんな」
「もしかするとじゃ、もうこの国は」
「ロポ、そんなわけないよ。みんなを信じなくてどうするんだ」
「そうじゃが。優しすぎる王子様よ。最悪を、想定しておけ。だが、平常通り、冷静に動け、奴らに悟らせるなよ」
「そんなわけは……。うん、分かった」
アレンは決意した目を、ロポにむける
「聞き分けの良い子じゃ。それでこそ我が弟子。なぜじゃか奴らは焦っておる。その機会は必ず来る。じっと座して、待つのじゃ」
「師匠、そういえばさ、予言の子ってなに?」
アレンは、会話の途中でふと頭に浮かんだ疑問を、逃すまいとアロポスに問いかけた。
「ああ、謁見の間の時の話か。忘れとった、忘れとった」
アロポスはわざとらしい仕草で舌を出してみせたが、アレンの目は冷ややかだ。
「絶対わざとでしょ?なにそれ、気になるんだけど」
「おお、見抜かれたか。さすがはワシの弟子じゃ」
「茶化さないでよ」
アロポスはふっと笑うと、わずかに息を整え、わざとらしくも芝居がかった調子で言葉を続けた。
「ふむ。ワシの口から語るより、原典をその目で見たほうが納得するじゃろうな」
そう言うと、アロポスは小声で何かを唱えた。直後、図書館全体が応えるように青い光を一度だけ放ち、薄闇に包まれた。
「さて、アレン。この図書館の使い方は覚えておるな?」
「覚えてるけど……ロポの口から直接聞いたほうが手っ取り早いんじゃないの?」
「いやいや、こういうのは雰囲気が大事なんじゃ。そもそもワシが嘘を言うておるかもしれんじゃろ?」
「はぁ……謎のこだわりだよね、ほんと」
アレンは肩をすくめると、両手をゆっくりと上に向け、静かに口を開いた。
「接続──起動──照合──」
言葉が響き終わるや否や、図書館全体に低く唸るような音が広がった。
「声紋称号を開始します……受理されました。──お久しぶりです、アレン」
機械的だが、どこか人の温もりを感じさせる女性の声が響く。それは、この古びた木造の図書館にはまるで似合わない、無機質な音だった。
「久しぶりだね、エンバー。図書館には何度か来てたけど、君と話すのは久しぶりかも。続けていい?」
「ええ、どうぞ。そのまま念じてください」
アレンは目を閉じ、頭の中に「予言の子」の情報を浮かべた。すると、彼の目の前に、ふわりと光の粒が舞い始める。大小さまざまな粒が混ざり合い、淡い流星群のように揺らめく。
その瞬間、図書館の本棚の間を、数冊の本が羽ばたくようにして飛び出してきた。革装の表紙が擦れる音が耳に心地よい。宙を泳ぐように動くそれらは、光の粒に向かって吸い寄せられていく。
「魚みたいで可愛いよのう」
アロポスが微笑む。
近寄ってきた本の一冊──それは特に古びて厚みのあるものだった──が、光の粒を飲み込むようにして受け取ると、その場でふわりと開いた。
「これが、僕が探していた本かな」
アレンが手を伸ばし、そっと本を掴むと、ページが自らめくれていく。やがて該当箇所で止まり、静かに開かれた。
『──エリオンは二千年の時を待つ。七つの国を統べる子が生まれる。その子は水の流れを熟知する。その子はすべてを献げる。そしてその子は、世界を──』
エンバーの声が再び響く。今度は、無機質なはずの声に、どこか人間の語り部を思わせる抑揚と深みが加わっていた。
「まぁ、前後の文が欠けておるがの。初代エリオン国王様は、こう書き残したそうじゃ」
アロポスが言葉を締めくくると、アレンはふっと息を吐き、ページを静かに見つめた。
「この予言の子が、僕だって?」
「まだ確証はないが、アレン。お前の水魔法は異常じゃ」
「ロポが封印したっていう魔法でしょ。僕は記憶にないね。ただ、水がなによりも好きって感覚しかないよ。副作用なのこれ?封印失敗したんじゃないの?」
「バカモノ。失敗しておったら、エリオンは存在せんわ。アレは、封印せざるをえんのじゃ。あまりに強大で、凶悪すぎる。まだアレンには扱えないんじゃ」
「今の僕でも!?メイナードを、倒すくらいには成長したんだよ!」
アレンは最近、自分が軽んじられるような発言には、くってかかってしまう癖があった。
「ほお!!すごいのう!!あの、極悪非道っ子に一撃かましたのか」
そんなアレンには気づかず、アロポスは手放して喜ぶ。
「そうだよ!みせたかったなー僕の雄姿!みんな拍手喝采だったんだから!」
アロポスが喜び小躍りする様をみて、アレンは得意気になってしまった。
「すごいのう!すごいのう!よくやったよくやった!お祝いじゃな!」
アロポスはアレンに抱きつき、アレンを高い高いをしようとするが、持ち上がるはずもない。
ひとしきり、盛り上がって、二人で手を繋いでくるくると、踊った。
二人のダンスは、そばにあった本の塔が、二つほど倒れることで終焉を迎えた。
アロポスが笑顔のまま続ける。
「ときに、封牢の調査は、ユイ先生の件とは別にワシ一人でいくからの」
アレンは笑顔をさっと引っ込めて、やや怒りを露わにした。
「いやだ!僕も行くよ!」
「ダメじゃ、怪我人が出た以上。国王も、許してはくれまい」
「ロポ、僕を見て」
アレンはアロポスの両頬を両手で挟み、じっとロポをみつめる。アロポスは、視線を逸らしている。
「僕は、ロポに、ユイ先生と同じ目にあってほしくない。もちろん、この国のみんな、全員。誰一人として」
「ロポも、この国も、みんな、僕が守らなくちゃ」
アロポスがゆっくりと目線を合わしてくる。数秒間、睨めっこした後に、アロポスはため息をアレンの顔に吹きかけた。
「わかった。わかった。負けじゃ負けじゃ。ただし、絶対にワシを連れてけよ。」
「よし!もちろんだよ!ロポ!」
アロポスに、ハイタッチを要求し、無理矢理両手を上げさせて、何度も彼女の手を叩いた。
ロポに、師匠に、認められたのが、アレンには純粋に嬉しかったのかもしれない。




