Ⅰ.4. 予演
「我がエリオン王立高等学校は、超難関の試験を突破された、全国からの生徒様と、選りすぐりの教師が在籍しております!成績優秀な三学年制!さぁ、選ばれし者たちよ、自信を胸に輝かしい未来へ!」
録音された音声が、拡声魔術によって学園中にこだまする。耳にするたび、いや耳にしなくとも、その大げさな調子が頭に染みついてくる。
「そして注目!学年ごとの成績順に、天使様の位階になぞらえた九クラス分け!最上位は熾組!あなたの実力がどの位階にあるかを示す、まさに実力主義のシステム!目指せ、トップ!栄光の熾組へ!」
音声はどこか煽るような調子で続く。上空を旋回する巨大な飛行船から流れるその声は、慣れた生徒たちには耳障り以外の何ものでもなかったが、初めて耳にする者にとっては印象深いものだろう。
「さらに!生徒寮は完全個室でプライバシーを保証!男子寮、女子寮、どちらも最新設備を完備しております。悩みごとはコンシェルジュにお任せ!どんな小さな相談も丁寧に解決!アメニティやサービスも充実で、快適な学生生活をフルサポート!」
飛行船が空を横切り、その影が地上の校舎やグラウンドに淡く落ちる。その動きに合わせるように、学園内に飾られた無数の装飾が陽光に輝いた。生徒たちはその動きには目もくれず、学園祭の準備作業に没頭している。煌びやかな飾りつけは学園祭のためのものだったが、現在はその準備段階である「予備祭」が行われている。
「生徒様の安全を第一に、中央には円形に配置された寮!その外周には教室棟、さらに外には訓練棟、多目的グラウンド、野外訓練場を完備!三十メートルのアダマンタイト製外壁が外敵をシャットアウト!王水のお堀も備え、安心・安全な学園生活をお約束いたします!」
やや高音に調整された聞き覚えのある男性の声が、一際強調するように響く。耳をふさぎたくなる生徒もちらほら見受けられたが、注意を受ける前に何事もなかったかのように作業へ戻っていく。
「そしてそしてなんと!今年は開国二千年の記念年!学園祭は例年を大幅に上回る規模で開催予定!予備祭も同時進行中!各国からの来賓をお迎えし、華麗なるイベントをお届けいたします!どうぞご期待ください!」
飛行船のクソうるさい音声が響く中、生徒たちは学園祭準備の作業に余念がない。装飾を微調整する者、談笑しながら神輿を整備する者。普段あまり目にすることのない外部関係者──異種族の来訪者たちの姿もちらほら見受けられた。彼らは学園の優秀な生徒を見極めるために訪れているのだ。
「……しつこいわね、あの宣伝」
ふと誰かがぼそりとつぶやいたが、すぐに作業のざわめきにかき消された。その声を拾った者がいたのかどうかもわからない。ただ、上空を飛ぶ飛行船は、その存在感を見せつけるように、再び録音音声を流し始めていた。
広告飛行船が流す宣伝は、どうやら来賓や異国の使者たちを意識したものらしい。それを背景に、エリオン国は確かに変わろうとしていた。かつての硬い印象を払拭し、より開放的で柔軟な国家を目指しているようだ。
本日、我がクラス──熾組はグラウンドに集合していた。グラウンドの一角には、学園祭で使用する予定の神輿や装飾品が並べられており、それらはシートと保護魔法で丁重に保護されている。我々は、それらに影響が及ばぬよう少し離れた場所に陣取っていた。
「えっと、みんな、そろそろ揃ったかな?出欠を取りたいんだけど…」
森の巨木かと見紛うほどの体躯を持つラアス先生が、妙におどおどした調子で声を上げた。その低く響く声が、頭上を旋回する広告飛行船の宣伝音声とどこか似ていて、微妙な笑いを誘う。
彼は、ユイ先生が直々にニエフからスカウトして連れてきた新任教師だ。ラアス先生とユイ先生は、あまりに距離感が近いので、まことしやかに二人の関係も噂されている。
噂の一つでは、ユイ先生の愛杖にラアス先生の腕が似ているため、ラアス先生が寝ている隙に型をとって模造品を作ったのではないかといわれている。その噂を皆が信じるほど、マジで似ている。なぜかラアス先生も満更ではなさそうである。
「ラアス先生って、来た時よりなんか一回りくらいゴツくなったよね」
「そう?私はかっこよくなった気がする。こうキリッとしたような」
ラアス先生は見るたびに巨大化している。何故かは誰も知らない。生徒の間ではもはや人間ではなく「大型の魔物」に近いとささやかれていた。しかし年が生徒たちに近いことと、その性格のせいか生徒に舐められている。
「案外身体ごと整形してんじゃね?」
「まさかドワーフのとこまで行ってんのかな?」
「よせよ。一応、先生だぜ。聞こえるぞ」
グラウンドに並んだ生徒たちがひそひそと話している。ラアス先生の耳には届いているだろうが、彼は気にした様子もなく、手元の出席簿を眺めている。その姿が、また生徒たちのちゃかし心を煽る。
「今日は、ユイちゃん先生と一緒じゃないんだねー??」
熾組中、最も性悪エルフのメイナードが、取り巻きを連れて、遅刻早々ヤジを飛ばす。モデル体型の上に、顔はむかつくほど精悍であり、顔ファンは、学園内にとどまっていない。
加えて国王軍の元帥を父に持つボンボンであり(アレンが言えたことではないが)、ウザイことにクソナードは近接戦闘の成績が学校一である。生徒だけでなく、教師を含めてのものだ。
「ああ、たまにはね。いてくれた方が皆んなは嬉しいんだろうけど。僕だけでごめんね」
その素直な返答に、メイナードたちの表情が一瞬引きつった。からかうつもりが、逆に彼の純粋さに呆気を取られたのだろう。
「チッ人間風情が、エルフに講釈するなんて千年はええわ」
全員に聞こえる声でメイナードは悪態をついた。
近くで準備体操をしていたラッツが苦笑しながらアレンに話しかける。
「アイツ黙ってればええ感じやのにな。シュッとしてて。アレン。お前もそう思うやろ?」
アレンは黙っていたが、やがてラッツに視線を向けると、くすりと笑って肩をすくめた。
「ずっと言ってるけど、よっぽどお前のほうがシュッとしてるよ?」
その軽い口調に、ラッツは「マジで?!」と目を丸くしたが、アレンはすぐに顔をそらしてストレッチを再開した。
「ユイ先生といえば、昨日、お前大丈夫だったんか?」
ラッツが、気さくにアレンの肩に手を置いてきた。その仕草に、アレンは少しだけ驚いたように顔を上げた。
「あ、そういえば、立て込んでて謝りに行ってないや」
「せやろな。ちゃんとしとけや。授業来た時から、ユイちゃん先生、めっちゃ慌ててたぞ。そりゃ遅刻してきたユイちゃん先生も多少は悪いっちゃ悪いけどよ……」
ラッツは、わざとらしく深いため息をついてから続ける。
「俺らが一回、起こしてやったのに、休み時間からぶっ通しで寝てるお前の方が、どう考えても悪いわ!」
「え?ユイ先生が遅刻してきたのか?」
アレンの素っ頓狂な反応に、ラッツは一瞬、呆れたような顔をしたが、すぐにおかしそうに笑い出した。
「いやいや、そんな鬼の首を取ったみたいな顔されてもな。お前が悪いんやから、さっさと謝りに行けや。俺のフォローも、ぜーんぶ台無しにしやがって」
「台無しって……あれ、火に油だったろうに」
「なんやと!?お前、もう二度と助けてやんねーからな!」
ラッツの憤慨した顔が妙におかしくて、アレンは思わず肩を揺らして笑った。そして、わざとらしく手を合わせてみせる。
「冗談、冗談。またよろしく頼むよ」
「またって……もう二度とすんなっつの!」
言いながらも、ラッツの口元には笑みが浮かんでいる。二人のやり取りを横目で見ていた周囲の生徒たちも、あからさまに興味津々という顔つきだ。熾組の中ではお馴染みの掛け合いだが、いつ見ても飽きないらしい。
その一方で、ラアス先生は、生徒たちがわいわいと騒いでいるのを全く気にせず、自分のペースで話を始めていた。巨体に似合わぬ穏やかな声が、グラウンドにゆっくりと響き渡る。




