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Ⅰ.12. 魔剣

 長い洞窟のような通路を、慎重に下っていく。足元に広がる床は苔に覆われ、歩くたびに嫌な音を立てる。苔は何かの溝に沿って繁殖しており、もとは滑り止めだったはずの工夫が、いまでは逆に滑りやすさを増す原因になっていた。


 アレンは踵に重心をかけ、慎重に歩みを進める。急ぐべき状況ではあったが、焦りから転倒でもすれば、余計な怪我で体力を削られるだけだ。そんなことを考えながら、湿った冷気の漂う暗闇に目を凝らした。


 ──長い。とにかく長い。


 通路は途切れる気配を見せない。緩やかなカーブや下り坂を繰り返すうち、アレンはすっかり自分がどこを歩いているのか見失ってしまっていた。地上がどれほど遠のいたのかもわからない。そんなとき、先に現れたのは鉄製の扉だった。


「またか……」


 苦笑に似た吐息が漏れる。最初に見た扉とほぼ同じ造りだ。アレンは、扉の奥にこそ「未知の剣」があるのではないかという期待を抱いた。


 慎重に扉を調べたが、特に罠の気配はなかった。結界らしき魔法もかかっていない。ただの錆びた鉄製の扉だ。それでもアレンは油断せず、破壊用の魔法を準備し、一気に扉を吹き飛ばした。


 鉄の塊が崩れ落ちる鈍い音が通路に響き渡る。その音は、かつての出来事を思い出させた。


 ラッツ、アル、セシル、姉様……無事でいてくれ。


 彼らの顔が脳裏をよぎる。今は彼らの命が何よりも心配だった。しかし、キャミィを信じるしかない。彼女ならきっと何とかしてくれるはずだ。


「大丈夫。みんな強い。キャミィだって強い。焦るな……慎重に、だ」


 独り言のように自分を励ますと、アレンは壊れた扉をまたいで、さらに奥へと足を踏み入れた。


 しかし、扉の先にはまたしても長い通路が待ち構えていた。


「……さすがに嫌になるな」


 通路の先には何も見えない。まるで迷路だ。これで三度目の鉄製の扉を壊したとき、アレンは壁に目印をつけることを思いついた。短剣で傷をつけておけば、通路が本当に一本道なのか確認できる。だが、その傷に出会うことは二度となかった。


 湿度は増し、気温は下がっていく。肌を刺すような冷たさに耐えながら進むと、再び鉄製の扉が現れた。これまでの扉よりも少し古びていて、鍵もかかっていない。


 アレンはノブを回し、扉をゆっくりと開けた。


 ──そこは広大な空間だった。


 天井は高く、壁も遠い。かつての宴会場を思わせるほどの広さを持つ大広間だ。その中央には、埃をかぶった奇妙な機械が無数に並んでいた。どれも古びていて動く様子はない。


 奥には一段高くなった石の祭壇が見える。その中央には、一本の剣が刺さっていた。


「ここが……封牢か」


 アレンは息を呑んだ。剣は明らかにただの武器ではない。その放つ光は生きているかのようで、見る者を引きつける力を持っていた。


「おやおや……また君かい?いや、君は初めての客人かな?」


 低く重い声が響く。気だるげだが、不気味な親しみを含んだ声だ。


 アレンは反射的に、腰の短剣を引き抜き身構えた。


「誰だ!どこにいる!」


 声は反響し、壁に吸い込まれるように消えていく。


「ええ、ここにいますとも。ほら、どうぞ近くまでおいで。怖がる必要はありませんよ」


 声の主は姿を現さない。ただ、その存在感だけがアレンを圧倒した。


 短剣を握る手を緩めて、アレンは剣の周りを一周する。


 鉄などの金属製ではなく、有機的にみえた。何かドラゴンやらの巨大な牙を一塊にして、削り出したような見た目をしている。


「……お前が、この剣なのか?」


 アレンが剣に近づくと、再び声が響いた。


「ほう、賢い子だね。それにしても、礼儀がなっていないな。人の周りをぐるぐると、何かの獣のようだ」


 その言葉にアレンは眉をひそめた。


「僕はエルフだ。獣とは失礼な」


「エルフね。人族は、くだらんことを思いつくんだな」


 剣は嘲笑するように言い放った。アレンはぐっと拳を握り締めた。


「お前に、ネームドか?魔剣ってところか?」


「ネームド?魔剣?はあ。お前に、そうみえるなら、そうなのであろう。ヒトは未知のものに、やたらと意味ありげな言葉をつけるのが好きだからな。幸にして、語感も悪くはない。甘んじてやろう」


「ヒトなんかと一緒にしないで頂きたい。もう一度言うが、僕は誇り高きエルフの子だ」


「エルフだとかは、本質ではない。全くくだらん。さて?お困りのようだが?本題に入ろうか」


 この魔剣は、イニシアティブが自身のものであって間違いないと確信しているようだ。その態度に、アレンはカチンとくる。


「お前もお困りのようだが?」


「吾輩は別に、困ってなどいない。ここは存外、ひんやりしていて、居心地が良くてな。食うものにも困らんよ」


 また猫撫で声に戻ってしまった。剣は真っ直ぐなのに、性格はひん曲がっているようだ。声からして、年季がはいってそうだが。年からくる驕りなのだろうか。


「そうか?そんなにここがいいのか。僕はごめんだがね。こんな暗くてジメジメしたところ。ナメクジと同じ感性をお待ちのようで。お邪魔したようだな。ナメクジ魔剣さん。それじゃあ、僕はこれで」


 アレンはその場で180度ターンし、祭壇から降りようとする。すぐさま後ろから慌てた声がした。


「おい!!!それは少しばかり言い過ぎだろう。待ってくれ。まぁ、一つ話でもしよう。それに、お前はいいものを、もっているぞ。吾輩の好みだ」


 そんなことは絶対にないのだが、剣に目があったら見定められていそうな雰囲気だった。 


「魔剣とお前が感じたように、吾輩の力は絶対的だ。だが、争いは好まない。吾輩、不殺生思想(アヒンサー)でな。そこでだ。お前も無益な殺傷をしないというのなら、どうだ?しばらくの間、力をかそう」


 石の隙間に挟まれた細い牙のような直剣が、まるでどうどうと胸をはるように、己が陳述を述べた。 


「全く見た目からは想像できないんだけど?争いは好まなくても、相手からふっかけてくる場合もある。やらなきゃやられる。この世は弱いものは強いものに蹂躙される定めにある」


 幼少の頃から厳しく教え込まれたエリオンの訓示を、剣にも教えてやった。


「その考えには同意はできんが、わかった。わかったよ。正直に言おう。ここでは満足に飯も食べれてない。今が、最も貧弱な姿だ。後生だ。吾輩を連れ出してくれ」


 心なしか剣が哀愁を帯びて縮んでみえる。

 さっきまでの尊大な態度と打って変わったような、しおらしい声に、アレンは同情してしまった。


「君は何年ここにいるの?」


「耐え難い時を過ごした。考えたくもない。気が狂いそうだった。本当にもう無理だ。ここにいたくない」


「条件は飲めるよ。こっちからも条件はいい?」


「もちろんだとも」


 アレンは、自分の提示する条件が、なるべくハッキリと、強く伝わるように、一呼吸おいて、息を深く吸った。


「僕を世界の王様にして」


 父様の悲願だった。各国が狙うこの魔剣となら、それが可能なのかもしれない。


「はあ?これまた、おおきくでたな。そんなものは無理だ」


「そう、じゃあ、ぼくはこれで」


 魔剣は、アレンがここから去られるのを嫌がっていた事実がある。それを交渉の一手として存分に使おうとした。


「わ、わかった。できる限りの努力はしよう」


 アレンは、剣に向き直って、捲し立てる。


「努力?これは契約では?努力義務ってこと?」


「ちょこざいな。吾輩の義務としよう。なぜそんなことを望む」


 しめた、心の中で両腕をあげ勝利のポーズをして、剣に対しては誠実な気持ちを示すように言う。


「僕らエルフは、過去の栄光だけで、近年の実績がなく、戦闘に有利な種族と君という抑止力だけで他国から脅かされずに済んできた。だが近年の他国の発展は著しい。いつかこの国が焦土と化さなかったとしても、乗っ取られるのも時間の問題だと僕は懸念している。頼む。この場限りじゃなく、今後も僕に力を貸してくれ。そして、国をめぐり見識とそれ相応の力と地位を!」


「ふうん。まあ。野心がある方がなんとやらだな。よかろう。吾輩を解放してくれ。名をなんという」


 ここまできて、アレンは、気持ちが昂っていた。全ての鍛錬、勉学、嫌な出来事は今日この時のために超えてきたのだと。


「アレン!アレン・アラリックだ!お前の名は!」


 認められたことが嬉しく、アレンは、テンションが高くなる。広間に響くような大きな声で、声高々に叫んだ。


「名などとうに忘れた。そうだな」


 雰囲気を損なうことを魔剣が呟く。テンションが低くて許せず、アレンは発言を被せた。


「じゃあ僕がつけてやる!スレイヤーだ!幾多の敵を屠るもの!どうだ!かっこいいだろう!」


 名付け親になった高揚感をそのままに、アレンは、魔剣を引き抜き、天に掲げる。


「おうえ!急に引っ張るな!酔うだろ!そしてお前、話を聞いてたのか?」


「なにがだ?」


「おいおい、勘弁してくれ。大丈夫かよ。さあ。下ろしてくれ」


 言われた通りに、アレンの足の甲に剣先をむけるように、魔剣を下段でもった。


「あほう、手を離せ手を。動けんだろ」


「ん?離していいの?浮くの?」


 アレンは、魔剣からぱっと手を離す。重力が働く通りに、なんの抵抗もなく、魔剣が石畳に打ち付けられる。カツンという、石で骨を叩いたような音が何度か鳴った後、静寂が訪れる。


「嘘だろ。吾輩は。本当に剣に成り下がったのか。まてよ。もしかすると、そうか、あやつ、はは」


 石畳の上の、剣はカタカタと独りでに震え、独り言を呟いた。


「え、気持ち悪っ。あ、ねえ。もしかしてスレイってネームドなんでしょ?」


 アレンは、お尻を地面につけずにしゃがんで、膝の上に肘をおき、両手で顎をささえて、首を傾げ、無邪気に魔剣に質問する。


「スレイ?吾輩に、あだ名をつけるのか?安直すぎるだろう。そして、さっきから、ネームドってなんのことだ?」


「可愛いでしょ?スレイ。気に入った?え、知らないの?⦅(いみな)付き》通称ネームド。固有の名前をもつ武具の総称さ。知性をもって話すとか言われてるから、スレイもそうなのかなって」


「うぅむ。まぁよいだろう。ネームドか、そんなもんじゃないさ」


「なあんだ。その程度か」


「なんだとはなんだ。よっぽどそいつらより強いぞ吾輩は」


「本当?期待しちゃうね!スレイ、僕急ぎなんだ。いかなきゃ!上に!」


「地上に早速、用があるのか」


「友達が襲われているんだ。たぶんタンランの蛮族だ!」


「タンラン?まあ、誰であろうが吾輩の力を、アレンに見せつけるのに、ちょうど良いか」


「でも戻り方がわかんないや」


「来た道をもどればよかろう。アレン、お前どうやってきた」


「箱に入ったのは覚えてるんだけど」


「箱とな。ここに来るまでかなり下に潜ったか?」


「え、ああ。そうだよ。スレイ、よく分かるね」


「一つの壁の向こう側に大量の水の気配がする。ここは──か。となると」


「さすが長生きしてるだけはあるね、先輩!」


 アレンの言葉を無視して、魔剣は続ける。


「こっちか」


 ちくっと針をさすような痛みを感じて右手の剣をみると、柄になにやら棘のような触手がしまわれていくとこだった。


「スレイ!なにしてる」


 言い終わる前に体に違和感を感じ、同時にとてつもない大きさの魔力の片鱗に触れた様な気がした。


 剣を掴んでいない方の左手が、勝手に壁に触れる。即座に、壁が吹き飛んだ。


「うッ……」

 アレンは左手に、強い筋肉痛を感じる。


「悪いな。タダより怖いものはないぞ。アレン。教訓になったな」


 ガラガラと石のような物体が壁から崩れ落ち、外の光が刺す。雨が降っているようで、水の飛沫が入りこんでくる。


「スレイ、お前、僕の体を乗っ取りやがったのか?」


「人聞きの悪い。動かしてみろ」


 力を入れてみると、体はアレンのいうことを聞き、左手も痛みなく動いた。


「なんだよ。でも、さっきみたいに勝手に動かれると困るんだけど。痛みもあるし」


「ご主人。次からは一声かけよう」


「そうしてくれよスレイ」


「じゃあ借りるぞ」


 まだ納得しきれていないうちに、壁の穴から勝手に、アレンの体は飛び出していき、建物の外壁を、人外のようなスピードで登り切った。雨が、強く頬を打って、弾ける。


 建物の屋上に立つ。足に痛みが走ったが、消えた。熱風が頬を焼いた。湿度もあって暑い。熱い。煙も充満している。


「痛い!もっと前もって言って!ていうか、このままだと、焼かれちゃうよ」


 煙を吸い込まないように体を低くして口に服の裾を当てる。少し煙を吸い込んでしまったのか、むせてしまった。


「走るぞ。よこせ。二人二脚だ」


 ぐんと体が引っ張られる。その力にアレンの意思も上乗せした。とんでもないスピードであっという間に、高原側に降り立つ。また、足にびりっときた。


「便利だろう吾輩は。さて、この状況どうしたものか。大体分かったがな」


「使い終わったら痛みが走るのだけはしんどいけど。すごいな。流石に長いこと石杭だっただけある」


「茶化すなよ。むこうの林で魔力を探知した。おままごとに混ぜてもらおう」


「頼りにしてるぞ!スレイ!」


「ん?なんだ」


 ハングリーズリーが、前方から迫ってきていた


「あいつはやばい!!どうしようスレイ」


「殺す必要はないな。ほれ」


 アレンの右腕がかってに、空を薙ぐ。

 ハングリーズリーは、アレンの右腕が振り抜かれた方向と同じ方向に吹き飛んだ。

 その巨体は、右手の痛みが消え切る前に、丘の向こうに見えなくなった。


「へ?」


「殺しはしてないぞ」


「すっごい!頼もしい限りだよ!スレイ」


 呼びかけに応えるように剣が小さく震えた。


(すごいだろう。アレン。さらに、吾輩は、テレパシーが使える)


「え、きもい」


(便利だろ!お前の考えていることもつつ抜けるから、話さなくても良い)


「思考を読むの!?怖ッ!」


「話さなくても良いと言っている。これから戦うであろう侵入者の前では、吾輩に喋りかけるなよ」


「イヤッ!イヤー!」


 アレンは、スレイを捨てようと腕を振るも、触手が絡みついて、びくともしない。


「呪いの装備かよ、おまえ!!」


(酔うからやめろ。どんなことがあっても吾輩を落とすことはないぞ)


「とんだデメリットだよ!!」


「メリットだろ。そんなことはどうでも良いが、やはりおまえは──」


「やめろ!変態魔剣!いくぞ!」 


「くっく。よろしくなあアレンちゃん」


 体が勝手に大地を強く蹴り出した。アロポスの瞬間移動を彷彿とさせるような速さで駆けていく。まるで竜にでもなった気分だった。


 全能感というものは、これのことかと高ぶった。




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