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Ⅰ.10. 初陣

 


 数十分ほど地面を蹴り続けて進んでいると、先頭を行くキャミィが前を向いたまま、不意に左の掌をこちらに向けた。続けて右手を拳にして、その甲を見せる。止まれ、という合図だ。


 急に足を止めると膝に負担がかかる。それを察してか、キャミィは余裕を持っての合図だった。彼女は前方に視線を向けたまま、徐々に速度を落としていく。視力がいいのだろうか。その動きに続き、全員が呼吸を潜めながら岩陰に身を隠した。


 岩の向こうを探ると、灰色の毛が草むらを押しのけるように群れを成していた。その中心には、大きな肉塊が見える。ウルフパックだ。


「魔力探知に引っかかったのさ。レベリングにはちょうどいい相手だろ。連携の練習にも持ってこいだ。あいつらの動きは手強いが、私たちのほうが上を行けるさ」


 アルが意気揚々と提案したのは奇襲だった。しかし、それをキャミィは首を振って退ける。


「私とアレンの姉との連携でやれば、一掃はできるだろう。でもな、アタックした私らにしか経験値が入らねえ。それじゃお前らリンドウの意味がねえだろ?パーティの契りを結んでるんだろうが。ちゃんとパーティで戦えば、ボーナスで通常の1.5倍の経験値が入る。旨味があるし、練習にもなる。尻拭いは私がしてやるから、安心してやれ」


 アルは不承不承ながらも頷いた。その様子にキャミィは肩をすくめる。


「そういえば、どうして経験値なんてものがあって、レベルが上がるんですかね?」


 アルの問いかけにキャミィは少し笑って答える。

「さあな。この世界の理なんて私にわかるわけねえだろ。それこそ God only knows、神のみぞ知る、ってやつだ。もらえるもんはもらっときゃいいんだよ」


 アルはその答えに納得したふうでもなく、鎧を鳴らして小さく頷く。その姿にはどこか物語の真相を追わずにはいられない性分が見え隠れしていた。


 キャミィは一息ついてから指示を出す。

「まず、タンクのラッツが九時の方向から飛び出してヘイトを稼げ。あいつらは波状攻撃を仕掛けてくる。気を抜くなよ」


 続けて、さらに厳しい口調で言葉を重ねる。

「パリィ、スウェー、ガード、それからカウンターをふんだんに使え。チャンスがあればバッシュをぶち込め。ただし注意しろ。やつらは賢い。群れで攻撃してくる中で、お前の動きを観察してくる。同じ手を二度使うな」


 キャミィの言葉に、リンドウのメンバーが揃って声を合わせる。

「了解です!」


 その声が響き、静かだった岩陰に一瞬だけ緊張の中の活気が生まれた。幸先は悪くない。





「危なくなったら私らで援護してやるから、お前らの実力みせてくれ。ラッツ!行ってこい!」

 背中を叩かれて、ラッツが狼の群れの前に躍り出る。


 ウルフパックは平均四から八匹ほどの狼のむれだ。


 ラッツに威嚇するように四匹のウルフパックが、姿勢を低くし一斉に吠え出す。


「最低限度の群れやん!楽できそうやな」


 ラッツは、ブロードソードの鍔で、タワーシールドを叩いて、余裕のある挑発をした。すると、奥の茂みからさらに四匹の狼が、飛び出してくる。最大限度の群れだったようだ。


「やべえわ!さすがに多すぎやわ!」

 タワーシールドの後ろで、ラッツがタンクらしくなく怯む。


 ラッツは怯みながらも、波状に襲いかかってくるウルフパックの攻撃をいなしつつ、後ろに回られないよう器用にタワーシールドを振り回した。


「おっけい!私もヘイトをかっとくぞ」

 三時の方向から、キャミィが、カイトシールドを取り出して、ラッツと同じラインまで攻め上がり、盾を胸の前に構えて突進し、ウルフパックの連携を乱す。


「ダメージさえ与えなければ、とりあえず私には経験値は入らないから、九時側からアレン、アルも加われ。私んとこには、アレンの姉とセシルが来い」


「言われなくてもそのつもりよ!リーダーぶらないでくれる?」


「いやお姉ちゃん。キャミィは」


「うっさい!あんたもさっさとラッツの援護に前線行くわよ!」


「は、はい!」


 岩陰からみんな一斉に飛び出し、タンク、メレー。キャスターの順で隊列を組んだ。


「大丈夫か?」


 ラッツの斜め後ろについて、アレンは到着したことを示すため肩に手を置く。


「一悶着で、ちょっとばかし右足首を噛まれたわ。アレン、ヒール頼めるか?解剖分かるかあ?」


 負傷したためか、ブロードソードを鞘にしまい、ラッツはタワーシールドを両手で持ち、防御に徹していた。


「誰に言ってんだ?赤点野郎」


 ラッツの足元に手をかざし、解剖を思い描き、スケッチに描写するように治癒魔法をラッツの右足首にアウトプットした。


「さっすが!むしろ前より筋肉ついたわ!しゃあ!」


 タワーシールドの底辺部分についている尖りを突き出して、突進してきた一匹に対し、シールドバッシュというより盾による刺突をお見舞いする。


 頭部にもろに入ったためと、比較的小柄な個体だったのも相まって、カエルが潰れたような音と共に一撃で昏倒した。


 ウルフパックは、倒れた仲間の穴を埋めるように、すぐさま波状攻撃をしてくるが、難なくラッツが防ぐ。


 一匹が心配そうに、昏倒した狼によりそう。よくみると群れは、全体的に若そうだ。


「なんか地味に増えてるな。お前たち、少ししんどくないか?アルファといわれるリーダーを探せ!他の個体より一回り大きくて背中の毛の色が他より薄い!そいつを潰せばこいつらは去る!」


 キャミィの司令に、アルが呼応する


「いた。見つけた」


 ターゲティングされるように、アルがペイント弾を投げつけるが、上手く当たらない。


「どれ?わかんない。面倒だわ。錯乱魔法!」


 姉が、扇状に錯乱魔法を放つ。見事に、狼たちの八割は錯乱した。


 のびをするもの、腹をむけて尻尾を振るもの、ぐるぐる自分の尻尾を追いかけるもの、ご家庭で見たことのある光景が目の前に広がり、おおよそ敵と呼べる魔物ではなくなった。


「これは一時的よ!あと数十秒としたらもとにもどるわ」


「っていっても増援に来た方は、まだチビも混ざってる!こんな愛らしいの攻撃できないよ」


「ぬるいな。レベルあげなんて夢のまた夢だぞ」


「うちでかってた犬もこんな動きしたなあ」 


「はやく!解けるわ!誰かやられてからじゃおそいのよ!」


「くっ!気は乗らないけどね!せめて苦しまずに一瞬で!爆砕魔法!」


 アレンは、アロポスから伝授された爆砕魔法を唱え始めた。



「──フォス・シッレゲイ、 デュナミ・オニーロン・カロウメ

 ケイライス・アペイロス・デュナミス・エスト

 ブロンティン・ホス・ウラノン・スキズウサ

 イホン・ホスペル・セイスモス・エダフス


 アステルシ・アンティホウサ

 アクロノン・クロノン・ディアヴェイヌサ

 イホン・フォネス・イヒ」



 詠唱陣が、ウルフパックを取り囲むように一つ一つ展開されていく。アレンが唱え始めて二十秒ほどたったが、まだぶつぶつと呟いている。


「はよせえ!アレン!」


 ウルフパックこ混乱がとけ始めたことに焦りを感じたラッツはたまらず吠える。


 ウルフパックたちは、いまだおかしな動きをしている狼の周囲に集まって、庇うように群れの陣形を整え、詠唱陣にむかって唸っている。



「ドゥルキス・エグジティウム モメンタ・リベルタティス

 ──今ここに爆砕の詩を!!」


 詠唱陣が一斉に、光と共に拡散、消滅し、ウルフパックの直上に、大きな線香花火のような物体が出現する。


 その物体は一瞬の閃光弾のような明滅の後、空間を吸い込むように歪ませた途端、ウルフパックを中心に爆縮がおこる。


 目が明順応するまでの間、アレンを除くリンドウのメンバーと姉は、動かずにいた。

 キャミィは、いち早く状況を把握するため、目を凝らす。

 ウルフパックがいたであろう地面は、球体状に切り取られていた。


「お前その魔法」


 キャミィが絶句している


「グロテスクな死体が残って、みんなの士気がさがるのもあれかなあって」


 アレンは、照れ隠しに頭をぽりぽりとかいた。


「アレンお前、あほなのか?ウルフパックからとれる毛皮などは貴重で、なかなか流通しないんだぞ。とくにアルファはな。まぁ消えちまったもんはしゃーないか。いくぞ。怪我をしたものはなるべく自分でヒールしろ。自分の体の形は覚えてるだろ。負傷部位の解剖学に精通してない場合は、違う人に頼め。下手にやると増悪するぞ」


 キャミィも、頭をぽりぽりとかいた。アレンは、はすっかり褒められるものと思っていたため、戸惑いを隠せなかった。今度はアレンが呆ける番だった。


 各々が、治癒魔法の光を手から放っていた。

 ラッツは、軽傷だけ自分で治し、傷が深い部分はセシルにみせて、ヒールをしてもらっているようだ。


 アルがステータス画面を開いて歓声をあげる。


「あ、僕のレベル上がってる!2レベルも!」


 その声を皮切りに、キャミィ以外も画面を開き、喜んだ。


「俺もや!うひょー!」


「目論見成功。いいねいいね。じゃんじゃん行こう」


 キャミィも、大きく頷いて喜びを露わにした。


 アレンがキャミィにすごすごと話しかける。


「あのう……、すみませんでした」


「いいんだ。ちょっと予想外だったもんでよ。あのあと、アイテムの説明もしてやろうと思ってたから。実際、あの局面で、躊躇ってたらお前ら全滅してたかもしれないしな。それにレベリングが主な目的で、アイテムは副次的なものにすぎんよ。さっきはああいったが、よくやった」


 そういうとキャミィは、アレンの頭にポンと手を置いた。


「さ、先はまだ長いぞ!」


 彼女はその手で、ついでとばかりにうなじあたりも軽く叩いた。





 今回の戦闘での体力の消耗を考え、キャミィは魔法による移動を避け、徒歩での進行を選んだ。それは慎重さを伴った判断であり、同時に冷静な計画の上に成り立つ行動だった。しかし、徒歩での道中には当然、危険がつきまとう。


 道すがら、事件は次々と起きた。腕ほどの太さのある巨大なトンボが空を埋め尽くし、セシルを空中にさらおうとしたかと思えば、地面からは身の丈を超える二メートルのモグラが顔を出し、そのままラッツが突然現れた穴に吸い込まれる。


 そのたびにキャミィは冷静に指示を飛ばし、アレンたちは慌ただしく動いて応じた。結果として、進行を大きく遅らせるような怪我は──少なくとも身体的には──一度も起こらなかった。


 キャミィが立ち止まり、小声で言った。

「つけられているな。いつからだ。ラッツくん、気づいてたか?」


 突然名指しされたラッツは目を丸くする。アレンは心の中で、なんでこの人に聞くんだろうと首を傾げた。誰が見ても、最も鈍感そうな人物に思えるのだ。


「いや。わからんっす」

 ラッツはあっさり答えた。それを受けたキャミィが溜息をつく間もなく、彼女は突然後方の木を睨みつけた。そして、迷いのない手つきで火炎魔法を放つ。


「そこ!」

 木の上に魔力の炎が炸裂する。枝が揺れ、木の葉が焼け焦げ、そしてバランスを崩した人影が落下してきた。


「うわっ!」

 地面に叩きつけられたそれが体勢を整え、顔を上げる。アレンたちの目に映ったのは、見覚えのある捻くれ者の少年──メイナードだった。


「何しゃがんだテメェ!」

 地面に立ち上がりながら、メイナードはこちらを睨む。


「おいおい、こちらのセリフだが?」

 キャミィは緊張感を崩さないまま冷たく返す。その背中からは、いざとなれば即座に行動を起こせるという気迫がにじんでいた。


「うわ! メイナード! なにしてんや。遊びできてないんだぞ俺らわ。あ、アレンのストーカーか?趣味悪っ」

 ラッツが苦笑いしながら、場を和ませようと冗談を飛ばす。キャミィが肩の力を抜き、軽く鼻で笑った。


「うっせえ! お前らこそこそ何やってんだよ! 授業中だぞ!」

 メイナードは怒りを隠さない。だがその声には、どこか焦りのようなものも混じっていた。


「そっくりそのままお返しするよ」

 アレンは肩をすくめ、挑発的に応じた。


「チッ! ウゼエ!」

 メイナードは舌打ちをし、険しい表情を浮かべながらこう続けた。

「エルフの血じゃない奴らとつるみやがって、お前ら恥ずかしくねえのか」


 アレンの眉間に皺が寄る。

「そうやって差別する! メイナードの方が恥を知るべきだ!」


「アレン! 貴様はなんでも信じすぎじゃあねえか?」


「どういう意味だ?」


 メイナードは何か言い返すかと思われたが、結局それ以上の言葉は吐かず、最後に吐き捨てるようにこう言った。

「まぁ、いい。父さんに報告しておく。へんな動きしたら承知しねえぞ!」


 大きく後退しながらバックステップを踏むと、そのまま茂みの向こうへ消えていった。


「ふぇ……メイナード! 一人だと危ないよ、ふぇ」

 アルが心配そうに言葉を漏らす。


「なんやったんやアイツ」

 ラッツが呆れたように肩をすくめる。


「まぁ、メイナードなら大丈夫だと思うけど」

 アルは首をかしげながら言った。


 その横で、キャミィがラッツに耳打ちをした後、何かの魔道具を取り出して連絡を取っているようだった。どうやら先生たちにメイナードの保護を依頼しているのだろうか。


 キャミィはふとこちらを振り向き、両手を広げて言った。

「さ、よく分かんなかったが、一応先生たちに報告しておいた。じゃ、進もうか」


 アレンは、どうやって先生に連絡を取ったのか気になったが、それ以上にメイナードの行動の意味が引っかかっていた。


 ロポの言葉が不意に脳裏をよぎる。

「ワシは、内部にもいると思っているんじゃ。裏切り者がな。もちろん生徒側にあり得る話じゃ」


「まさかね」

 小さな独り言は、歩き出したパーティの背後に置き去りにされ、誰の耳にも届かず消えていった。



──────────────


「ここから禁足地の入り口だ」


 前方には一枚岩をくり抜いたような巨大な天然の門がそびえ立ち、その中央には重厚な鉄製の門扉が鎖で何重にも閉じられていた。

 扉には大きく赤い文字で、「許可なく立ち入りを禁ず」と記された札がぶら下がっていた。

「まだ日が落ちる前に着いたやん」


「はー!よかったー!じゃあ、僕らはこれで」


 ラッツとアレンが景気良く引き返そうとすると、キャミィのラリアットにその勢いのまま捕まり咳こんだ。


「なぁにすんねん!」

「自分のSTR考えて行動してくださいよ!」


 二人は、口々に文句を垂れる。


「いやあ、ここから20キロ、さらに奥に進むんだ。ほら?な?」


 ずいずいと、背中を押される。


 少年とはいえ、二人とも抵抗しているにも関わらず、押されるがまま進んでしまう。


「あんたどうやってこの前学園まで来たんだ…」

 アレンは、ブーツの踵で轍を作りながら、毒づいた。


「それは、アロポスに。ま、ここをくぐったらすぐそばに簡易的な小屋があるからよ。泊まってけよ」


「ふぇ、お泊まり会ですか?!楽しそう!」

「いやあ疲れたし。ありっちゃありですね」


「学校には私から連絡しとくわ」


「みんながそういうんやったら、もうちょい付き合ってやっか」


「ありがとう恩にきるよ」


 鎖についている何個もの鍵を外すと、甲高い音をあげて門扉が開いた。


 鉄分の匂いを嗅ぐわせた門扉を通り、岩の洞窟のようなひと一人分の穴を潜り抜けると、赤土が目立つすこし開けた空間に出た。


 少し前に手入れされていたであろう、ほったて小屋が、伸びてきた雑草に取り囲まれていた。


 小屋の木製の扉を、キャミィが押してあけ、指先に炎魔法を宿して、入り口のランタンに火を灯した。


「ところでお前らどれくらいレベル上がったんだ?」


 たたきの上でブーツをぬぎ、室内の壁掛けランタンに小さな炎魔法を飛ばし、ランタンを真剣にみつめながら、尋ねてくる。


「ふぇ、私は24…6レベルもあがってます!!」


「私も、33だわ!アレン!お姉ちゃん強くなったわよ!」


「うおっ!俺も24や。新しいスキル覚えたかもしれんでー!スキル一覧スキル一覧っと」


「うあー!僕も23です!一レベル上がるのに、人によっては一年もかかるのに!すごすぎます!」


 は画面を開いて小屋に上がり、休憩できる喜びと、実績の向上を、少年少女たちは、小躍りして喜んだ。


「アレン!お前は?」


「あー、僕も36だね」


「なんでそんなにテンション低いんだよ!これやったらなんべんだってきてえなあ!禁足な遠足!」


「はは、引き返すこと考えるとね」


 アレンは、閉じた画面に表示されていたレベルの数値に変動はないことを悟られまいと、みんなと調子をあわせ、小屋の中にあった木製の椅子に腰掛けた。


「それは何よりだ。だがお前たち。ここからはより一層気を引き締めろよ。準ネームド級もゴロゴロしている。それらが侵入者を阻む。禁足地、天然の要塞といわれている所以だ」


 和かな中にも厳しさが混じった眼差しを、キャミィは向け、木の机を挟んでアレンと向かい合う位置の椅子に座った。


「え、そんな危険な場所なん?」


 ラッツは、もはや定位置のアレンの右隣の椅子を選んだ。


「そうだぞラッツ?授業きいてなかったのか?」


 アルが、キャミィのとなりに何気なく座った。


「だからなんやみんなの顔が強張ってたんか」


 ラッツは、机の上にバックパックをのっける。


「アレンが遠足や、ゆうから、菓子持ってきたぐらいなんに」


 ラッツは、二つの孤立したお誕生日席に、姉とセシルが着席したことを確認すると、バックパックから、女物の香水でもぶちまけたのかというくらい甘い匂いを解放した。



「お前、こんな匂いのするもの持ってきてたのか?」


「うそでしょ」


 キャミィと、姉が信じられないものを見たという顔をする。


「でもみんな気づかんかったやろ?ほら食べなん」


 そういうとバックパックの中から極彩色のグミがつまった瓶を取り出した。


「わー!ナリボー!私好きなんですこれ!」


 セシルが、目を輝かせて瓶に飛びつく。


「ラッツお前…。匂いのする食べ物は基本的に巡検ではNGなんだぞ?」


 アルが眉を寄せつつも、グミをひとつとろうとして、ラッツに手をはたかれる。


「硬いこと言うなや。ええぞアルお前も食え!」


 ラッツからカラフルなグミがアルに放物線を描いて投げてよこされた


「魔物に襲われる確率が……ハッ!だからやけに遭遇率がたかかったのか!」


 アルは、もらったグミをかみしだきながら、我天啓を得たり、という表情をした。


「まあまあ、お前たちのレベリングになったし良しとするか。レベリングには、あえて匂いのきついものを持ったりするみたいだしな。理には適ってる」


 キャミィは、グミをひとつぶつまんで、初めて見るものかのようにしげしげと眺めている。


「とりあえず全部食っちまってくれ。予想外のことが起こると困るからな」


 キャミィは、グミを口に放り込んで、サディスティックなことを平然と言ってのける。


「え!これ全部くうん!?」


 ラッツの口からグミがこぼれ落ちる。


「そうだ」


 ドSメスゴリラは腕を組んで、大きく頷く。


「行きと帰りの二日分あるんやけど」


 ラッツはバックパックから、さらにもうひとつグミの瓶詰めをおそるおそる取り出した。


「生きて帰りたければくえ」


「うへえ」


「ラッツ、僕も手伝うよ」


「私も手伝います。すきですし」


「タンクが胃もたれで動けなからったら、僕らに支障が出るからね。ちょっとよこせ」


「お、おまえら」


「ふ、パーティの連携取れてるじゃねえか」


「ダイエットしてるけど、私も頂くわ」


「ま、私も食べてやるか」


 は甘い匂いと、穏やかな会話の中で夜が更けていくのであった。


 簡易的な木製のベッドに、ボロボロのタオルケットで身を休めながら、アレンは寝付けずにいた。


 謁見の間での、勅命の件は、キャミィの家についてから、キャミィへ直々に相談しようと思っていた。みんなを巻き込むわけにはいかないと責任を感じていた。各国が狙っているというネームド級のなにか、それの調査。ロポ不在にして、どこまで探れるのか。危険はないのか。悶々とする間に、実戦の疲れからかアレンは自然と眠りについた。その憂い自体、無意味なことになるとは知らずに。




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