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10話 手取川の戦い

この小説は、史実に基づいたフィクションであり娯楽作品です。



 宗顒(そうぐう)が帰還してすぐに羽柴軍は手取川を渡り、粟生、寺井、そして御幸塚(現在の小松市今江町付近)を通り、越前国へと落ちて行った。そして水島に残った柴田軍も急ぎ陣払いをして一旦越前へ戻る選択をした。


 しかし陣払いをすると一口でいっても、すぐには出来ない。何せ十日近くかけて進軍してきて、しかも増水した手取川を渡河もしてきてるのだから。そのため大半の兵は疲れたと口にし、食事を貪り酒を飲んで休んでたのだ。


 柴田勝家も水島で陣を敷いてから直ぐに斥候を放って情報収集をしていた。

 特に長家一族の頸が打ち据えられてたのが相川(そごう)浜なのだから、海岸線を沿って宮越津(現在の金石港)大野庄湊(現在の金沢港)に上杉謙信らの大軍が居ないかと重点的に調べさせていた。


 しかしここで柴田勝家は間違いを犯す。

 一向宗徒らが一揆を起こしてた松任城付近は殆ど調べさせてなかったのだ。



「親父殿。また、雨が降ってまいりましたね」


 柴田勝家の本陣に詰めてた前田利家がそう言った。


「はは。北陸は年に半分も雨雪が降る土地柄だそうだ。尾張から来た身としては越前ですらいつも何かが降ってるよなって思えてしまうよな。───しかも冬になれば晴天を拝む事が本当に少なくなるし」


 もう九月二十二日、新暦なら残暑厳しい時期だろうが当時の暦ならもうじき立冬になる時期。空より落ちてくる雨は冷たく、寒く冷えた風が陣内に吹き込んでいた。


「ところで犬千代、陣払いは終わったのか?」


「あ、はい。ただ、どうも佐々の陣払いに時間が掛かってるみたいで、先ほど堀久太郎(秀政)殿がお手伝いしておりましたね」


「かの()()久太郎殿がお手伝いしてるなら……我々は手出し無用だな」


 今回の出陣には堀秀政が参加していた、とにかく気の回る男で何をやらせても失敗はしない。そして部下らの指導にも長けてるという、非の打ち所がない者なのだが、とにかく目立たないのだ。しかも、自分はこんな仕事をしたと自慢する性格でもない男なので、勝家も利家も秀政が今何の仕事をしてるのかはなるべく目を離さずに見るようにしているという。


「取り合えず、明朝には完全に陣払いして渡河して一旦引く。今日はしっかり休んでおれ」


「承知」


 利家はそう言うと陣を出て行った。勝家も明日は陽が上った時にも手取川を渡って越前に帰ろうか、そう思って仮眠に入るのだった。




     * * *




 上杉謙信は付城の陣を引き払い、鏑木頼信が開城してくれた松任城に入る。そこで兵たちをしっかり休ませると夜更けに全員を集合させた。


「今から、ここより二里ほど離れた水島に陣を張る織田軍を、叩く」


 皆から生唾を飲む音が聞こえそうだった。


「向こうは四万の軍勢と聞くが、どうも疲労困憊だと軒猿からの情報だ。───ということは、今から儂ら二万の兵が当たればどうなるかなんて判るだろう」


 そう言って謙信は立ち上がると手にしてた酒盃から飲む。


「前々から信用の置けない男だった信長は、比叡山を焼き、義弟をも斬り、しかも将軍の義昭殿まで京から追い出すといった覇道を突き進む男だ。───古来より徳によって本当の仁政を行うことが良しと言われてる中で、信長という男は武力や権謀によって借り物の仁政を今も行って居る。それを覇道と呼ぶが、彼奴の行うものに徳はあるのだろうか! いや、無い。───今こそ、我々が正しい道を示すときぞ!」


 謙信は酒盃を頭上に掲げると兵たちは勝鬨を上げた。これは出陣前にいつも行ってる事だが、ついに強敵である織田家とぶつかれる事に喜びを見出してる家臣らが熱くなってるのだ。


「では、出陣。くれぐれも余計な音を立てたりしないよう」


 上杉軍は松任城を出ると、一路水島へと向かった。




     * * *




「敵襲、敵襲ー!」

「上杉の兵だー!」


 哨戒兵の声が響く中、篝火を蹴とばしながら大軍がなだれ込んできたのだ。突然の夜襲に兵どもは大混乱に陥ってしまった。ある者は応戦しようとするもどれが上杉兵なのか判らない、ある者は逃げ出そうにも暗くてどう逃げていいのか判らない、またある者は味方同士で斬り合ってしまうのだ。雨も強くなっており、そのせいで哨戒兵が接敵するまで存在に気付かなかったのもこの混乱の原因とも言えよう。


「織田兵、覚悟!」

「盗め、奪え、火をつけろ!」


 上杉軍は規律を持ってやってきたのだが、所詮は農民兵ばかりの軍団。陣中に切り込むや鹵獲や放火に回ったそうだ。しかも翌朝には陣払いをするため兵糧などの物資は一か所に集積してたのも原因だろう。


「全員、退却!」


 誰かの声に柴田軍の兵らは陣を捨てて手取川に殺到、大雨により増水する川を渡り始めたのだ。しかしまだ夜も明けきらぬ時間帯に各々が勝手に川へ飛び込めば、中には流されてゆくものもいるだろう。しかも水島と粟生宿の間はまだ手取川中流域のため川幅はそこまで広くはないが急流なのだから。そのため何百ともいう雑兵たちが流されていった。


 しかし予め羽柴軍を撤兵させてた為に、ほぼ手ぶらで退却をしたが武器兵糧の補給が出来た事。しかも農民兵たちが蜂起しなかった事。そのため柴田軍は御幸塚や大聖寺に守将を置いて逃げる事が出来た為、壊滅せず越前国北ノ庄城へ退却出来たのだったが。




 上杉謙信と織田信長の決戦は、瞬く間に国内中に情報は走り回ったという。なんと沈静化させた越前一向宗徒も再び蜂起し、勝家らはその対応に追われることとなる。


 他にも本願寺家を包囲してた一角の松永久秀が叛意を示し、信貴山城に立てこもったのだ。




     * * *




「───で、あるか。暫く閉門蟄居してろ」


 上座にいる神経質そうな男は、平伏する小男にそう言い放ち、応接間を出て行った。のしのしと足音を立てて廊下をしばし歩いてく音、そして


「おのれぇー!」


と奇声を上げるのも聞こえた。



 先に撤兵した秀吉は信長の許可を得てなかった為に軍紀違反だ。そのため、申し開きの為に安土城へと呼び出したのだ。


 しかし、急に決まったことで信長に具申できる時間が無かった事。その許可は北陸方面軍の柴田勝家が下した事。そして大幅な損失も無く撤兵出来たことを考慮して、信長は秀吉に譴責(けんせき)処分とした。長浜城へ戻った秀吉は、言われた通り閉門し大人しくしてた……って事はなく、無事に帰れた事を祝い酒宴を開いてたという。



 そして戦があればどういう結論であったとしても両軍とも勝った勝ったと宣伝し合うものである。しかし今回、柴田軍は損失少なく帰還出来たとはいえ、戻ってすぐに越前国にて蜂起する一向宗徒への仕置きがあった為にそれが疎かになってしまった為、あちこちに皮肉が効いた落書きがされたという。



上杉に逢うては織田も手取川 はねる謙信逃げるとぶ長(信長)



 信長は出兵してなかったのだが、きっと軒猿たちがあちこちで上杉軍が圧勝したと強く宣伝し回ってたのだろう。




     * * *




 後の世で、太田牛一は手取川の戦いについて簡単にまとめている。


「このとき、羽柴秀吉は届出もなしに突如陣を払って帰着してしまった。この曲事は信長公の逆鱗に触れるところとなり、諸人は大いに当惑した」


 この時の逆鱗は、秀吉の勝手な行動ばかりでなくさまざまに重なった失策についても腹を立ててるのだろう。そうでなければこれだけの軍紀違反を犯しておいて目に見えた処分もなく、しかも長浜に帰って一か月もしないうちに松永久秀討伐軍に参加させられてることもないだろう。


 太田牛一は信長公記では事細かに記載はあるが、一部誤りがあったり、必要な情報が薄めて書かれてたりするところが散見されるので、今回の件もそうであろうと思う。それにしても、上杉軍と交戦したかの情報すら抜けてるのだ。なお天明五年(1785年)に成立した長家家譜についても、七尾城落城の報を聞いて秀吉が戦わずに帰ったという記述しかない。



 なお、戦死者についての記述は歴代古案に記述なのだが、これは上杉家が発行した書状からの情報である。それを公式発表として良いのだろうか?


 こんな記録が本当にない戦について考えると、未だミステリーな戦乱といえるのではないだろうか?

本編はこれにて終了です。


後日談を含めた、登場人物の話を書く予定です

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