隅っこの綿ぼこり令嬢は、隅っこが好き!【コミカライズ】
アリージェインは、テラスから庭にこっそりと出た。いつもアリージェインを苛める令嬢たちの姿が視界に映ったので、相手に気付かれる前に逃げ出したのだ。
警備の厳重な王宮夜会とはいえ、若い令嬢であるアリージェインがひとりで庭に出るのは危険であった。が、アリージェインは結界に特化した魔力持ちであったので、守りにおいての自信があり、事実これまでも幾度か結界のおかげで危難を乗り越えてきた。
ひんやりとした風が、豪華絢爛な夜会をうっとりと眺めて紅潮していたアリージェインのまろやかな頬を撫でる。
夜の風と月の光が混ざり合う下、明日に咲く薔薇の蕾が花の妖精のように眠っていた。
刈り込んだ低い生け垣を縁取りとした花壇には、夜に咲く白い花々が雪が降り注ぐみたいに咲き競い、その葉の色や形まで生かして、花嫁の純白のベールのように風に揺れている。
シャラシャラと旋律を奏でる噴水を中央に置き、透明な水を湛える池は、太陽の欠片みたいな金色の魚と月の破片みたいな銀色の魚がたおやかに泳いでいた。
池からの水は、星の逢瀬のように互いに手を差し伸べる男神の足元から女神の足元へと流れ、水の回廊を作っている。
所々に設置された魔法灯に照らされた王宮の庭は、美しさのために計算され尽くされて、夜の静寂と気品を纏い、王国の国力の高さを反映して栄華を極める庭園だった。
「綺麗……」
美しい庭園に酔ってしまったのか、アリージェインは普段ならば避けるのに、この夜はそろりそろりと迷いながらも近づいてしまった。木の陰で沈み込むようにうずくまる若い男性に。
「あ、あの大丈夫ですか? ご気分が悪いようならば、人を呼びましょうか?」
ぎこちなく声をかけたアリージェインに、若い男性はわずらわしげに返答した。低い声は、ぞっとするほど冷たい。
「近寄るな。わたしに触れることを許さない。さっさと立ち去るがいい」
しかし、アリージェインは動かなかった。
瞳に魔力を集めて、男性を見る。アリージェインが得意とする魔法は、結界の次が魔力視だった。
「もしかして、魔力酔い……?」
魔力は誰しもが保有するものであったが、魔力量には個人差があり、例外を除いて平民は少なく貴族の魔力量は多かった。なかでも高位貴族ほど膨大な魔力を保有していた。が、あまりにも大きい魔力は身体を蝕むことがあり、魔力による体調不良を魔力酔いと言っていた。
魔力酔いを解消する飲み薬はあるのだが、この世のものとは思えない不味さなので、飲んだ方が悪化するとの評判であった。だから、よほどの重症者以外は薬を飲む者はいなかった。
アリージェインも魔力が多かったので子どもの頃は魔力酔いで、よくベッドに寝たきりとなっていたから、魔力視で見た男性の症状の苦痛が理解できた。
アリージェインは膝をつくと、そっと男性の両手を握る。
「何をする!? 離せ!!」
アリージェインの手を乱暴に振り払おうとした男性は、体内で淀んでいた魔力が消えつつあることを感じた。
「これは……? 頭痛も吐き気も消えた……?」
ほっ、と男性の魔力が安定したことに安堵の息をつくと、アリージェインは急いで立ち上がった。つい助けてしまったが、姉から力をナイショにするように言われていたことを思い出したのだ。信じられない、と男性が茫然としている間に、脱兎のごとくアリージェインはドレスの裾を持って令嬢にあるまじき速さで走り去ったのだった。
ふわふわの白っぽい金髪をなびかせて全速力で走り去るアリージェインに男性はポカンと口を半開きにしていたが、あわてて我にかえった時には遅かった。アリージェインの姿はどこにも見えなくなっていたのである。
これが、アリージェインとサーペンタリア子爵レヴィアスとの初めての出会いであった。
アリージェインは、男爵家の令嬢である。
アリージェインには双子の姉マリアベルがいるのだが、王国一の美女と名高いマリアベルに比べてアリージェインはその劣化版と蔑まれていた。
太陽のような黄金色の髪に純青色の澄んだ瞳、理想的なスタイルの華やかで美しいマリアベルと。
マリアベルの色を薄くしたような白っぽいふわふわの金色の髪と青色ではなく淡い水色の瞳、背は低く体格は細く華奢で小さな顔に行儀よくちょこんとついている可愛い鼻と口、全体的にちんまりとして存在感があまりないアリージェイン。
アリージェインとて姉マリアベルとのセットでなければそれなりに愛らしい容姿をしているのだが、マリアベルが天元突破に美しすぎて、同じ双子であるのにと貶されることが日常化しているのであった。
そんな人々の視線を避けて、出席する茶会やパーティーでの人目につきにくい端の端の隅っこは、アリージェインにとって居心地のよい避難場所だった。
それに貴族としての体面がある故に社交界に出てはいるが、アリージェインとマリアベルとのドレスははっきりと格差があった。美しいマリアベルは政略の道具として最高であるが、アリージェインはマリアベルに数段劣る。それが父親である男爵の考え方であったから、マリアベルが雅やかに着飾るのは当然、とする男爵家でアリージェインは全てに差をつけられて育った。ぶっちゃけ豪華なドレスを姉妹ふたり分も用意する財力を男爵家は所有していなかった。だから、わがままを言っても無駄と早々に諦めて、自己主張をしなくなったアリージェインには隅っこがとても心落ち着く場所だったのだ。
いつしか、いつも隅っこにいるアリージェインを、そのふわふわの髪を揶揄って〈綿ぼこり〉と人々は囁くようになっていた。父親の男爵から大切にもされず、後ろ楯らしい後ろ楯のないアリージェインには、悪い噂であろうと侮蔑される別称であろうと取り繕う手段も払拭する術もなかったのである。
もっともアリージェイン自身は、〈綿ぼこり〉って昔に読んだ絵本の不思議物体みたいで可愛い、と思っていたのだが。
そして夜会の翌日、アリージェインにサーペンタリア子爵家からの縁談が来た。姉のマリアベルには降る雨のごとく縁談が来ていたが、アリージェインには初めての申し込みであった。
父親の男爵は、持参金は不要との子爵家の言葉に大喜びをして、すぐさまアリージェインに子爵家からの迎えの馬車に乗るように命令をした。マリアベルのために使う財産はあっても、アリージェインのために財産は使いたくなかったのだ。
相手のことを調べもせず、相手の気が変わらないうちにと即座に子爵家の執事が持参した諸々の書類に署名する父親を見て、マリアベルは自分の部屋に駆け込むと宝石箱を掴んで、馬車に座るアリージェインに押しつけた。
「私も王太子殿下の側室に決まりそうなの。もし、アリージェインの結婚相手が酷い人ならば王太子殿下にお願いをして助けるからね」
優しい姉にアリージェインは、
「会ったこともない相手に嫁ぐなんて貴族では珍しくないことだもの。心配しないで。それよりも、宝石箱を勝手に持ち出したりすればお姉様がお父様に叱られてしまうわ」
と宝石箱を返そうとした。貴族制度のもと、王国では家長の権限は絶対であった。父親の男爵は娘たちを支配する者であり、マリアベルとアリージェインは支配される者だった。
美しいと称えられるマリアベルも、〈綿ぼこり〉と貶されるアリージェインも、等しく弱く無力だった。苦しく、悲しく、切ない立場だったが、お互いがいた。苦しみも悲しみも切なさも共有して片翼のように寄り添いあった。
いっそ二人で家から逃亡することも考えたが、アリージェインはそれなりに可愛いしマリアベルはとんでもない美女であるし、たった16歳の貴族の令嬢としては暗い未来しか想像できず我慢するしか方法はなかった。
「私の宝石箱よ。磨きあげた美貌と教養で必ず王太子殿下を虜にして、権力を握り、アリージェインに子爵家で肩身の狭い思いなんてさせないから。待っていて。〈綿ぼこり〉ではなく〈寵姫様の妹様〉と人々から尊敬を受けられるようにするから。それまで何かあれば、この宝石を売ってアリージェインの役に立ててね。それか結界を張って身を守るのよ」
「お姉様こそ王宮は怖い場所だもの。くれぐれも気をつけてね」
アリージェインがマリアベルに抱きつく。マリアベルもアリージェインの背中に優美な腕を真珠貝が真珠を守るみたいに優しく回す。
「私はしたたかなのよ。私の美貌によろめいて忠誠を誓う下僕もたくさんいるし。私に害意を向ける者は、ひっそりと退場してもらうから平気よ。いずれお父様も、ね。それとティーカップちゃんのこと、バレないようにするのよ」
父親の男爵には、マリアベルが王太子の側室に内定するかどうかの大事な時期に、〈綿ぼこり〉と囁かれる不出来なアリージェインの存在は邪魔だったのだろう。サーペンタリア子爵の申し込みは好都合とばかりに婚約の段階を飛ばして婚姻が結ばれ、水鳥が飛び立つような急な別れにマリアベルとアリージェインは、お互いの温もりを確かめあうみたいに抱きしめあったのだった。
そうして、姉の宝石箱と古い鞄ひとつだけが花嫁道具となり、アリージェインはサーペンタリア子爵家へと向かうこととなった。
馬車の内で、アリージェインは自分の質素なドレスのしわを伸ばし、男爵家の庭で摘んだ小花をふわふわの髪に編み込む。身を飾る装飾品のないアリージェインは、初対面となる夫にせめて少しでも可愛く思ってもらえるように、小さな花で髪を飾り三つ編みにして長い髪を流した。
ふと馬車の外を覗くと、花々の並木道であった。
アリージェインの門出を祝福するように、花びらが舞い散っている。
波のように花房が風に吹かれて。
蝶のように花びらが舞い降りて。
虹のように色とりどりの花びらが地面に敷き詰められていた。
見知らぬ場所に嫁ぐ心細さを吐露することもできないアリージェインを慰めるように、花の道をたどりつつ馬車は進んだのだった。
「ようこそ、アリージェイン様」
子爵家の玄関でズラリと並んだ使用人たちの先頭に立つ執事が、歓待の辞を述べた。
「よろしくお願いします。アリージェインと申します」
慎ましやかに頭を下げるアリージェインに、使用人たちの目が驚きで丸くなる。うちの奥様、貴族のご令嬢なのに物腰が柔らかくて慎み深くて可愛くない!? と、一気に使用人たちの好感度が爆上がりとなった。
「さぁさぁ、アリージェイン様。旦那様がお待ちかねですよ」
満面の笑顔の侍女長が進み出て、アリージェインの案内役をする。
面識のない相手との結婚に不安でいっぱいだったアリージェインは、歓迎一色の使用人たちに戸惑いつつも胸をなでおろした。
「旦那様。アリージェイン様がお着きでございます」
侍女長が扉を開けた先には、昨夜の男性がいた。驚愕に目を見開いたアリージェインに、
「……やっぱり可愛い……」
と、ぼそりとレヴィアスが吐息を漏らすように呟く。
「可愛い。気の迷いではなく、本当に可愛い」
レヴィアスは自分の気持ちを確認するように胸に手を当てた。
「しかも、君を見るとドキドキする」
心臓が高鳴り、きゅう、と痛い。
「可愛いとは痛いものなんだな」
「聞いてくれ。わたしは昨夜から眠れないんだ」
レヴィアスはアリージェインの両手をやんわりと取った。大きな手で華奢な手を檻のように包み込む。金砂の入った銀色の目が獲物を前にした獣のように輝いていた。
「わたしは幼少期から、わたしの顔や家柄目当ての女性たちに群がられ、さんざんな目にあってきた。薬を盛られたことも付け回されたこともある。だからか、わたしは女性を可愛いと思ったことはなかった。でも、昨夜はじめて女性を可愛いと思ったんだ。君のことだよ、君を可愛いと思ったんだよ。それから君のことばかり考えて眠れなくなったんだ」
「あの……、勘違いでは? 私は〈綿ぼこり〉と呼ばれるほど容姿には恵まれていないのですが……」
自己肯定感の低いアリージェインは、影が落ちたように俯いて首を振る。ずっと容姿を貶され続けて、色滲みするように悪評がアリージェインを染めていた。マリアベルがアリージェインは可愛いと繰り返し言ってくれていても、自分に自信がなかった。
「はっ? 君は世界一可愛いではないか。君を可愛くないと言う世間の方が間違っているんだ。君は可愛い。君だけが可愛い。君以外は可愛くない」
きっぱりと断言するレヴィアスの言葉が、アリージェインに染み付いた悪評を削いでいく。否定するにはレヴィアスの声音は甘すぎた。まるで深い水のような。一歩進めば、溺れてしまいそうな。蕩ける声だった。
けれども信じて、傷つきたくなくて、アリージェインは目を逸らして足掻いた。
「昨夜、私が魔力酔いを回復させたから、取り込みたくて可愛いなんて言うのですか?」
「あ、ああ!? しまった、礼を言うのを忘れていた! ありがとう。助かったよ、いつも魔力酔いになると頭痛が治まらなくて辛かったんだ。凄いね、何かの新しい魔法かい? あっ、秘密ならば教えてくれなくていいからね」
魔力酔いを回復させるには、一時的に味覚障害となってしまうほどの激不味の飲み薬しか方法はない。
アリージェインの回復方法は、だからこそ価値が計り知れない。なのにレヴィアスは興味を示さなかった。
レヴィアスは昨夜会っただけの人だ。
でも、アリージェインに初めて結婚を申し込んでくれた人だ。
レヴィアスの本気を嘘と決めつけて後悔するよりも、簡単に騙された令嬢、と後から嘲笑されてもかまわないから信じたいとアリージェインは思った。それに嘲笑なんて日常茶飯事なのだから、今さらだ。
アリージェインを可愛いと言ってくれるなんて夢のようだし、夢ならば覚めないうちに返事をしなければ、と。
アリージェインはドレスの隠しポケットから丸いものを取り出した。
それは、アリージェインの手のひらの上でぷるるんと震えていた。
「子どもの頃に拾ったのです。姉と魔物図鑑で調べたのですが該当する魔物がいなくて。スライムの変種か新種かと思うのですが……。ティーカップに入る大きさなので、姉とティーカップスライムと名付けました。名前は、ティーカップスライムのティーカップちゃんです」
ぷるるん、とティーカップちゃんが胸を張るようにぷるぷる小さな体を揺らす。体長は5センチ。普通のスライムはアメーバのように平べったいのに、ティーカップちゃんのフォルムは丸っこい水まんじゅうのように真ん丸だ。
「スライムは雑食ですが、魔力を食べるスライムなんていません。でもティーカップちゃんの餌は魔力なのです。私も魔力酔いで苦しんでいましたが、ティーカップちゃんが私の体内で淀み濁った魔力を食べてくれて元気になることができました」
アリージェインはティーカップちゃんを指先で撫でながら言葉を続ける。
「しかもティーカップちゃんを持っていると、他人の余剰魔力も吸いとれるのです。それで昨夜は助けることができたのです。今日まで姉と私だけの二人の秘密でした」
ごくり、とアリージェインが息を呑む。
レヴィアスに騙されているならば、このままティーカップちゃんといっしょに結界を張って、マリアベルの宝石箱を持って逃亡しよう、とアリージェインは心の中で決心していた。
「へぇ、見たことも聞いたこともない魔物だ。これからもきちんと隠しておくんだよ。珍しい魔物だから、欲しがる人間は多いだろうから。まぁ、君から奪い取ろうとする人間は、わたしが抹殺してあげるけどね」
アリージェインの決心を知らないレヴィアスは口元をほころばせる。
「わたしは子爵だが、父は公爵だ。いずれ公爵位をわたしが継ぐ。だから権力も財力もある。貴族相手ならば正面から潰して、王族ならば裏から潰して、君も君の大事なものも守ってみせるよ。任せてくれ、悪辣も奸計も王国一番と自負しているから」
瞳孔全開の肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべるレヴィアスに、アリージェインの本能が「逆らうな」と警告する。同時に、至近距離から熱情を孕んだ目で見つめられて、アリージェインの心臓は跳び跳ねてまろび出そうであった。
ぷるるんぷるるんるるるるる、とティーカップちゃんが真っ赤になったアリージェインを心配して、るるるるると涼やかな音が鳴るように揺れに揺れる。
アリージェインはティーカップちゃんをナデナデと撫でて、色々の衝撃で限界値を突破していた心を落ち着かせると、レヴィアスと視線を合わせた。
「……私、あの、まだ好きとかわからないのですけど」
ありったけの全身全霊の勇気を振り絞ってアリージェインは声を綴る。
「でも今日から夫婦ですし、私、仲良しの夫婦が理想ですし、その、たぶんちょっと好きにもうなっていますし、えと、レヴィアス様の花嫁になりたい令嬢は星の数ほどいると思うのですが、私、レヴィアス様の恥とならないように頑張ります」
「星は数多あろうとも天空に輝く太陽はひとつだ。アリージェイン、君はわたしの太陽だ。唯一の愛であり、君はわたしのものであり、わたしは君のものだ。それに、恥? 君を悪く言う者は奈落の底で後悔させてあげるよ」
骨の髄までとことんアリージェイン至上主義となったレヴィアスは、魔王のように笑った。
壁側に立って待機していた執事と侍女長は、昨日まで絶壁の態度で女性を拒絶していたレヴィアスの変貌ぶりに、奇跡!! と内心で狂喜乱舞していた。レヴィアスの両親も使用人たちも半ば公爵家の血の断絶を覚悟していたのだ。
執事は後ろ手で、部下にレヴィアスの父親である公爵に早馬を送るように指示を出して、侍女長は部下にアイコンタクトをして、アリージェインを快適な環境の包囲網で逃がさないように準備をさせた。
それらをティーカップちゃんが目がないのに、全部を感知してぷるぷるしている。ぷるぷる。ティーカップちゃんはマリアベルの絶世の美貌を思い浮かべて、ない肩をすくめた。マリアベルが白馬の騎士となってアリージェインを救いにくる場面は必要ないみたい、と。
そんな周囲の思惑を把握することもないアリージェインは、レヴィアスの告白にとうとう部屋の隅っこへと逃げ出した。聞いたこともない激甘な台詞の数々に心臓が悲鳴をあげて立っていられなくなり、部屋の隅っこで冬の小鳥のようにちまりと座りこむ。
隅っこからレヴィアスの猛攻を涙目で見上げてくるアリージェインの可愛さに、レヴィアスは胸を押さえた。
「可愛すぎる……っ! 書類上は夫婦なんだし、ちょびっといいかな? いいかい!? いいよね!!」
潤んだ瞳の上目遣いがレヴィアスを煽っているとは気づかない恋愛経験のないアリージェインは、いいって何が? ときょとんとしている。
ジリジリと距離をつめるレヴィアス。
心の内で応援歌を熱唱する使用人たち。
ぷるぷる震えるティーカップちゃんは、ふくふく笑うように柔らかなマシュマロボディをるるるるると揺すっている。
サーペンタリア子爵家到着の初日の、アリージェインが幸せになる始まりの最初の出来事であった。
【ちょこっと】ティーカップちゃんはティーカップの中
ティーカップちゃんはティーカップの中に、コロン、と入り眠っていた。
ぷぅぷぅ。
鼻も口もないのに寝息がもれる。不思議である。でも、かわいい。
メイドも侍従も足音を忍ばせて、ソロリとティーカップを覗きこんでは、春の木漏れ日のように微笑んだり、くぅぅと身悶えたり、鼻血を噴いたりしている。
平和で穏やかなサーペンタリア子爵家の午後のことであった。
【ちょこっと】男爵はいなくなりました
マリアベルは王太子の側室となった。
もとより王国一と称えられたマリアベルが、王宮でありあまる財貨と手間と時間をかけられた結果。
視線ひとつで、失神する者が出るような傾国レベルの美女となってしまった。
美の女神でさえも思わず溜め息をもらすと言われるマリアベルの姿を見た者は、恍惚の表情を浮かべ崇め奉る者や、視界の幸福に酔う者が続出して、もはや金銭の殴りあいではないかと思うような贈り物が山のごとく貢がれる現状であった。
王太子はもちろん王太子妃からも重く深く愛されているマリアベルが、ある朝、涙を流していた。
「昔のことを……、父にピアノの上達が悪いと殴られていたことを夢で見て……、怖くて……」
王太子と王太子妃とマリアベルの狂信者たちの目が、ガッと吊り上がった瞬間であった。
【ちょこっと】お揃い
「わたくしが、次の夜会でアリージェインと揃いのドレスを着るのです」
とレヴィアスの母親である公爵夫人が主張すると、
「わしも可愛いお嫁ちゃんと揃いの衣装がいい」
とレヴィアスの父親である公爵も口を挟み、
「アリージェインと揃いの衣装は、夫であるわたしの権利です」
とレヴィアスも譲らない。
かくして睨み合いの結果4人お揃いの衣装で夜会に出席をし、それを羨んだ王太子妃のおねだりにより、王太子と王太子妃とマリアベルの3人のお揃いの衣装が作られることとなり、お揃いが王国で大流行することとなったのであった。
読んで下さりありがとうございました。