温泉屋敷
「大丈夫?」
[なにがです?]
「大丈夫ならええんやけど。心配したわ。」
[はぁ。]
そんな会話が交わされる。ナニが起きていたか、少し時を遡る。
寒くも暑くもない季節に隠れ家の表棟に呼ばれた、湯島君と塚口女史。
「昼間に動くだけなら君もいけるやん。」
幽霊調査。
怪談読むのも聞くのも見るのも大好きで、そんな怪談を筆頭にホラー耐性抜群な塚口女史と、怪談を読むのは好きだけど聞いたり、見たりするのはどうにも語り手の語り口調との相性や演者の演技にあらが見えたりして自分のゲームベタを自認する関係もありホラーゲームも苦手。びっくりしたらまず声より体の反応が先で、そのびっくりで体が痛いということがあり、その関係でホラーが好きじゃない湯島君。
この二人の反応と併せて、少し離れて素っ頓狂集団の専門家チームが調査していくという内容。
10人以上の実在人物が一緒に行ってくれないと精神的にきついという要望と、がっつり調査したい素っ頓狂集団の思惑が合致してこの編成となった。
今回の場所は大きなお屋敷だった。
すべて和風内装だが、鉄筋コンクリートで作られた二階建ての母屋と、木造漆喰造り3階建ての離れが有り、離れの方が大きい。
母屋はシンプル一直線構造。離れはロの字構造。高低差がある位置に立っており半階分離れが低い位置にある。
玄関に面した母屋表の庭は整って見えるが、母屋の裏にある庭は荒れている。
現在は無人であるが、つい2年前までは母、兄、妹の3人親子が暮らしていたらしい。
今の屋敷の持ち主は母親の兄で、別の場所に住みつつ館の掃除を行うものを派遣したりしている。
掃除や洗濯、補修する分には何もないがたまに荒れた庭の通路部分や、石を直しているときに離れを見ると離れの窓からいるはずのない女性や男性が見えると話題となり、素っ頓狂集団の妖怪金出させろにつてがあった母親の兄は所有権を譲渡し、調査してみてほしいという依頼があった。
母屋から来たら湯島君と塚口女史は時計回りにその後ろに1チーム。のこりは反時計回りで。
3つめの突き当たりにあった窓から下をのぞき込んだ後、まだスタート地点付近でいろいろやってる調査チームに向けて歩いているさなかに交わされたのが冒頭の会話である。
感心したようなでも納得してないような微妙な表情の湯島君をのぞき込むようにシテ問う塚口女史
彼女曰く、湯島君の後をつけていた少女霊がおり、窓の下をのぞいていた湯島君の背中を後ろから押そうとしていたそうだ。
後ろに来てくれていたチーム曰くコトネという名らしい。母屋からつながる階段状通路を抜け、右に曲がり突き当たりの壁。そこから現れ5mほど開けて後をついて行ったらしい。
後ろからついてきてくれたチーム(第一班と呼ばれているらしい。) 曰く押そうとしたというより、ベルトを掴みに行こうとしてタイミング良く湯島君が窓の下をのぞき込んだという形らしい
霊体との会話が可能な素っ頓狂集団出構成された、第一班が少女と会話をして受けた印象は優しい少女だった。
聞き出した話によれば、生前から彼女は孤独を感じていた。
兄は学校の合宿中に宿舎そばの沼に足を踏み外してはまり溺死。
誰も見ていないタイミングではまった結果行方不明。しかも遺体が見つからなかったことから失踪扱いになっていた。本件と搦めた調査で、先に沼にはまって死んだものが地縛霊となりそれに引きずり込まれ、新たに地縛霊となっていることが判明。
二人の母親は兄を溺愛しており、この息子の訃報に触れ、狂い死に。その後、娘を引っ張り病死させる。
今母親は息子の元へと行ったためここにはもういない。
そこからコトネは感じていたというより実際に孤独となった。
庭にいる人こっちに来てお話しできないかなぁと思ったらもう来ない。さみしい。
そう思っていたらぞろぞろと一気に100人くらい入ってきた。その先頭の人がなんかいろいろキョロキョロしながら歩いている。大丈夫かなとみていたら窓から外を見ている。危ないから落ちないように引っ張らなきゃと思ったら下をのぞいて別の場所に。行かないで。さみしい。
そんな感じだった。その勢いで半ば悪霊化していたらしい
第一班の人が話しかけてくれて、少し紛れたらしく悪霊化の気配も消えちょっと幼げな雰囲気の10代半ばの少女という印象に落ち着いたそうだ。
「今日はここにお泊まりかぁ。」
[そう言って、速攻で脱がんでくださいよ!仮に脱いでも下着はお風呂かトイレの時だけにしてください。]
塚口女史のナイスボデーを盗み見たコトネ真っ赤になって、廊下をぐるぐると回遊していたのを第一班の面々、何してるん?と微笑ましくもあきれていた。
「私もお役目を頂けると?」
接続領域において、我らが素っ頓狂集団が活動拠点としている地域の外れにあるこのお屋敷。
つながっている道路は高規格林道といわれるいわゆる準国道扱いの県道で、2kmほど下ると迷家や回廊屋敷につながるお土産屋が面する幹線道路につながっている。まあ、そこから10kmほど上がったところに迷家の入り口があるわけで。
その迷家表棟で管理人さんから接続領域内にある隠れ家の管理を管理人さんのお姉さんと分担してほしいというお話。
享年15。高校入学さえかなわずに地縛霊となった後自我を失わず悪霊とならずに済んだのは自身の領域と認めたこの別館のおかげ。
別館にはじつは地下が有った。入り口はなくコトネだけが入れる空間だった。
そこは、大きな書庫になっており庭園に人の気配がするとき以外は、書庫で知識をむさぼっていたからといっていた。
報告書を読んだ我らが素っ頓狂集団の頭目たる暇人集団が歴代併せてぞろぞろ訪れ、コトネが外出可能なように設定してくれた。
最終的な手続きは素っ頓狂集団の頭目たる暇人集団は銀色民族衣装が所有するお屋敷で行われるとのことでそちらへ向かうことに。
用意された車に乗って移動を開始。コトネと塚口女史、湯島君が乗る(乗せられた)ザ・高級車なセダンと素っ頓狂集団の頭目たる暇人集団が乗る有名ハイブリッドセダン数台、調査団の乗るワンボックスに機材を運ぶワンボックスが数台ずつ。
そんな車列は麓の街へ向け走りと道を下るにつれ密度の上がる建造物にお屋敷の窓から眺めるだけで、あまり街へ行ったことのないコトネは目に見えて興奮していた。
広大な住宅街を走り、徐々に道が細くなっていく。大きな塀を左手に見て、大きなお屋敷の門が見え、その門の前で車列は止まる。
塀の外、塀の基礎に等間隔で空けられた四角い穴からもうもうと湯気を立てるお湯が穴の大きさいっぱいにあふれていた。豪快な音を立て側溝に流れ込んだお湯は40cmほどの深さが有る側溝の7割ほどを満たしていた。
車を降り門をくぐるともう湿気がすごい。公衆浴場の浴室並みな湿気。湯気で視界は目測30cm。
それでもなんとか木でできた階段らしき場所の前で靴を脱ぎ木造の屋内らしき空間を進む。廊下らしきその空間は両側の壁がなく手すりがあるだけ。手すりから下をのぞけばチラリと水面が見える。
「温泉屋敷へようこそ。」
神子さん曰く、ここが隠れ家ネットワークの興りであるという。
寝殿造りなこのお屋敷は柱の周囲と各温泉を区切る境以外はすべて様々な泉質からなる温泉で床下すら温泉で満たされた池なのだという。
この濃密な湯気のせいで基本的に屋敷の東西で男女は分けてはいるが、どこで脱衣しても見えやしないという暴論の元入り放題である。
言われてみればと横を見れば速攻で水着に着替えた塚口女史。
[「はぇ~。」]
コトネも塚口女史に倣って水着に。
こちらは霊体なのでお着替えも簡単。
だが正真正銘箱入り娘だったため、水着の知識が乏しい。自宅の母屋にあった使用人室に残された雑誌に載っていたワンピースタイプの水着を着ている。
[うはぁ~。]
温泉を堪能してお屋敷を出てきた湯島君。門前に延びる通りと、沿道の各店舗に感心していた。
少しして湯上がりほかほかな塚口女史とコトネも合流してのんびり散策を始める。
通りの舗装は石畳だが常にお湯が流れており、汚れやゴミが流されている。どこへ流れていくのか。詰まらないのか。そんなことは気にしても仕方が無いという位に日常であった。
通りの幅は10mほどで、300mほど進むと、左に折れ曲がる。
お屋敷から150mほど進むと赤い鳥居と木々が生い茂る神社がある。鳥居から50mほどの参道が延び、拝殿がある。境内は木漏れ日だけでは説明できない程度に明るく常に一人は巫女さんがいる。
3人が通りの折れ曲がりで右を見ると幅1.5mほどのアスファルト舗装が20mほど延びた先は行き止まりになっていた。その行き止まりには何やら彫り物がされていたが、コトネが黒いものが見えると言ったことで近づくのをやめ戻ろうとしたときにけたたましいサイレンが鳴り響き店がどんどんとシャッターを下ろし始めた。
お屋敷へ戻ろうと走り始めたときに気付いた。石畳がカラッカラに乾いている。
神社のそばへ来ると巫女さんが声をかけてきた。
「お屋敷へは間に合いません。一時この神域へ。」
巫女さんに誘われ鳥居に駆け込むと真っ黒な煙というレベルの濃度をした、霧状のものがお屋敷めがけて移動していた。
「不定期に起きるんです。この地というのが周辺の地域から負の気が集まりあのお屋敷と、この神域によって煮こごり溜まってしまう。そんな場所で。石畳が乾いていたでしょ。アレが前兆。そして。」
巫女さんが言葉を句切ると、お屋敷から聞こえていたあの水面に大量の水が流れ落ちる滝の音が聞こえなくなり、そして風も含めたすべての音が消えた。
次の瞬間、鳥居の前の空間がお屋敷からとしか考えられない大量のお湯に代り黒い煙を包み込んでいく光景が広がった。それから数十分の間、鳥居の向こうは水中という何というか、水族館で水槽を眺めている気分になった。まあ、黒い煙で濁っているが。
大量のお湯に覆われても黒い煙は頑張っていたがやがて力尽き流されていった。
黒い煙が見えなくなり数分後、押し寄せたときと同じくいきなりとしか表現できないが、ぱっと、お湯がなくなり石畳の表面を覆う程度にちょろちょろと流れていた。
「もう大丈夫です。突き当たりを左に曲がるとこことは比べものにならないレベルで賑わっていますよ。」
巫女さんに言われるが、さっきのことで疲れたのでお屋敷に戻ろうとなった3人。
戻ったら戻ったで神子さんから「さいなんでしたねぇ。」といわれ、もう一度温泉にたたき込まれたのでした。




