お猿の町
これは―くんが巻き込まれた出来事である。
―くん、よく接続領域に迷い込む。自覚はあるし、それで何か悪影響がある事もない。
今回も気付いたら、砂に埋もれた廃墟がたくさんの場所にいた。振り向けばなんかよくわからないが同僚という認識はある人たちが行けというジェスチャーをしている。
目の前にある廃墟は二階建て。正面に入り口らしきものはなくなんとなく左に回ればドアがある。ドアを開けて入れば金属製のフレームで作られた約2.5m四方の直方体が組み合わされた空間。
右手にある上に上がる階段状のブロック積みは後に置いておいて、先ずはこの階層を探索しようとそう思えた。
階段の奥に奥の空間へ向かう道があった。そこへ行こうとしたら、
「ギャァァアアア!」
でっかい猿が出てきた。
見た目はニホンザル的な感じであるが手足が長くそのバランスは人間に近い。
牙を剥きこちらに迫ってくるその形相に思わず腰を抜かした―くん。
まあ、捕まりますわな。
猿に髪をつかまれ引っ張らて(でもいたくないようにやんわりと加減してくれている。)連れて行かれた先には別の猿がいた。そして、数名の様々な人種の男女白人系は下着姿。モンゴロイド系も下着姿だが一部服を着ている。
男女と猿の間には鉄製とおぼしき柵があるが、どんなに壁際に下がっても猿が手を伸ばせば簡単に捕まってしまう位置であった。
―くんは猿側にいる。
「いやぁぁああ。」
一段下がった位置にある奥のドアが開いて若い男数名によって白人女性2人が連れてこられる。
部屋の中央にいる猿が女性二人に顔を近づけ息を吐きかける。ここまで生臭い匂いが来る。ふと猿が何か持っていることに気がついた―くん。よーく見ればそれは20代ほどの白人男性の生首だった。
猿はそれをかじっている。その光景に女性達だけでなく柵の向こうの者達も悲鳴を上げる。
音で興奮したのか猿がかじっていた頭を振り回す。かじられて露出していた脳がそこら中に飛び散る。
連れてこられたはいいが、そのまま一切行動の制限がなさそうだったので、飛び散る脳みそがかからないように部屋の奥によける。そのまま柵にをくぐるドアがあったので柵を越える。
「あなたも堕ちたんだ。でも私と一緒であなたは大丈夫そう。そこのドアをくぐれば温室のような場所になってるから隠れる場所がたくさんあるよ。だけど気をつけてね。」
成人前とおぼしき少女にそう告げられて、示されたドアをくぐると、確かに温室のような場所でたくさんの植物が繁茂している。部屋の中央には先ほどの猿と同じような猿が5,6体集まって何か言っている。
こちらに気付いていない様子なのでこっそりと、隣の温室へ隠れて様子をうかがっていると、猿たちが何をしているか解ってきた。猿たちは将棋ないし囲碁のような者をしている2体をほかの猿たちが囲んで観戦しているようだった。
どんなゲームなのかとちょっと興味を持って顔を出せば、
「「むぎゃぁぁああ!!」」
サラウンドで、すっこん出ろと言わんばかりに威嚇される。ああ、気付いてたのね。
意外としっかりと掃除されている、木の床でぼーっとしていたらあごひげがチャーミングな20代前半の男2人がやってきた。
「―さん、ここから逃げてください。」
よくわからないと反応していると、
「車があります。とある場所まで車で送りますが、そこからご自身でとなってしまいます。ですが、あなたはここにいてはいけない。」
男達に案内された先には確かに車があった。お読みの方には某T社の陸の巡洋艦という名称がつけられた車種の少し古い方だと言えば調べていただけるかと。そんな車の後部座席に横になり、男達にシートをかぶせてもらって、ドアが閉まり、車は動き出す。
「もう起きていただいて大丈夫です。」
声に従って椅子に座り直すと、車は青空の下。新しめの団地の中を走っていた。
とりあえず写真を撮って後で神子さんに見てもらおうと考えて、至る所にある看板を撮影する。
車は団地を抜け町中に入り、建物の一階に入って停車した。
「ここは?」
「とある芸能事務所です。すいませんが、ーさんはこれを中にいるわれわれの仲間に渡してください。それで、あなたは放免だと 様より。」
様と呼ばれた名前はよくわからなかったが、何やら液体の入ったパックの感触があるバックパックを受け取り建物へ。
建物内は、一言で言えば小学校とか中学校みたいな間取りだった。すれ違う人たちに挨拶をしていると、声をかけられ名を呼ばれた。
声をかけてきたのは2人の若い男性。聞けば、この事務所に所属する芸人さんだとか。2人の案内で手近な部屋に入る。
預かった者を渡すと、
「ありがとうございます。 様から、町に出てかまわないがここのことは他言無用でとのことです。」
またもよく聞き取れなかった名前。あまり聞き返してくれるなという感じだったので従っておく。
声をかけてきた2人組が去って行った後、―くん、近くの窓から周りを見渡す。
高くても5階建てくらいの建物が広がる町の外にはのどかそうな田園風景がある。
町に出ていいと言うことだったので建物を出て道路を歩く。持っている電子マネーがそのまま使えたので、自販機でお茶を買う。
しばらくぶらぶらしていると神子さんからメッセージが届いた。
『はぁ~い。お元気ぃ?なかなかやっかいな場所に迷い込みよってからに。…』
その後の内容としては、神子さん別件でいけないので神子さんの妹さんが来ること。+―女史結構心配しているので同行してもらうこと。ハーネス受け入れてねということだった。
―くんがいる町から少し離れた山中。渓谷を埋めるように真っ白な一体の大きな獣が横たわっていた。
渓谷に沿って走る道路には何台もの白いワンボックスカーと全身フル装備の白い防護服をまとった集団が獣を見下ろしながら何やらやっている。獣は虫の息であったが死の間際とても強い怨嗟のこえを挙げて死んだ。
『許さない。この地に住まう生きとし生けるものすべてを根絶やしにする。』と。
これを受け集団はあの学校のような建物へ。
その頃―くんぶらぶらと田園風景の中を歩いていた。辺りは暗くなって星空がきれいだねぇとのんきなことを考えながら歩いていると、突然あたりが明るくなった。
「とーてつ様がお怒りじゃ。」
ちょうど前を歩いていた民家の住人が様子を見に表に出て大声を上げる。
[とーてつさま?]
「御猿様、御猿様お守りくださいませ。お守りくださいませ。」
そういえばあの芸能事務所で聞いた名前、こんなだったな。
[あーネットはつながると。 さん、 さんとーてつさまとおましらさまという名称について問い合わせてください。]
神子さんからもらった人工人格が―くんの指示に従って問い合わせる。
[とーてつ様は饕餮様。はー。猿って漢字、ましらって読みもあるんだしらなんだぁ。あ、あのおっきな猿のような方々が御猿様なんだなぁ。]
届いた回答を呼んで一人納得する―くん。
続きには饕餮様と呼ばれる存在は普段山中奥深くで寝ているくせに死ぬ直前に見つかりやすい場所に出てきて勝手に世の中すべてに逆恨みして呪いをまき散らすたたり神のような者。
逆に御猿様はこの地一体を守護する猿の姿をした巨体を持つ存在の集団を総称する。
この地を汚す行いをする者は饕餮の眷属として御猿様に捕らえられ壊れることも許されず四六時中恐怖を味わい続ける羽目になる。
と記されていた。
あの集団はこの地を汚す行いをしていたんだね。と納得しつつ歩き出そうとしたら、ひたすらお祈り続けていた、住民が声をかけてきた。
「おまえさん、この先行ったらだめやぞ。御猿様が敵と見なしてしまう。あんたここの人でないやろ。迎えが町の方に来とるさかい来た道戻りまっし。」
なーんかどっかで聞いたことある言い回しだなぁと感じつつ忠告に感謝しながらも、
[すんまへん。気の向くまま適当に歩いとったさかいここまで町からどないな道のりできたのか覚えてへんのどす。差し支えな、御猿様から敵視されへん道のりを教えていただけしまへんでっしゃろか?]
何でか関西風の言い回しになって当の本人が一番首をかしげている訳なのだが、それでも住民は快く、―くんが出したアプリの地図を見て丁寧に答えてくれた。
[ありがとうございます。これは忠告と案内のお礼です。どうぞお納めください。]
そう言って出した品を見て住民は、
「おめさ、北信の出け?こりゃ懐かしいのもらったなぁ。」
[あー。上高井の出です。]
「そうか。上高井ってぇと見た目的に、下だな。小布施とか、そこら辺の出で今は長野とかそこら辺住んでるって感じだな。」
―くんの肯定に気を良くした住人は、
「あんた町のどこら辺からきたの?俺も北信の出だけ、話聞かせてもないがてら送ってったる。」
あの建物だというと、
「なら近くに駅があるからそこまで一緒に行こ。駅まで行けばなから周りは解るから。」そう言って歩き出した住人改めおじいちゃん。聞けば―くんの曾祖父母世代の人で、高校までは北信にいたが、金沢の大学に進学し、そのまま金沢に居着いた後、今から20年ほど前に帰郷した折にこの地に迷い込み、いらいあの家で周りで田んぼやりつつ暮らしていたそうな。
おじいちゃんの案内で駅に着いた―くん。
「お疲れ様でした。まあ、この後―さまはちょっと大変かもしれませんが。」
リンさんと―女史が迎える。そいで持って、リンさんからねぎらいの言葉を受けたあと、―女史からお説教されました。
「あなたも帰りますか?かしこまりました。」
おじいちゃんに確認をとったリンさんでした。
改札を抜け、入ってきた列車に乗って町を出るタイミングで線路脇に整列する御猿様達。あの無機質な部屋にいた者のうち泣き叫んでいなかった一人の少女は泣かなければいいと誤解させるためのおとりとしてあそこにいた御猿様の巫女たちの一人だそう。その彼女も満面の笑みで手を振っていた。
「また行きますか?」
リンさんに問われて思いっきり横に首を振った―くんであった。