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真っ逆さまに落ちてデザイナー

お題:   そ、それは・・・デザイナー

必須要素: どんでん返し

制限時間: 1時間(即興小説バトル参加作品)


 「か、完売です! 予約開始して一分も経たないうちに、初回出荷分が全て消し飛びましたっ!」


 悲鳴にも似た叫び声をあげたのは、全体予約システムを監視していた渋山くんだった。

 その一報を受けて室内にどよめきが広がる。

 我らが新商品は、どうやら速攻で予約完売してしまったらしい。


 喜ばしいことだ、と思われるかもしれない。

 しかし我々の顔に浮かぶのは歓喜よりもむしろ苦々しげな表情であった。


 「まぁぁぁた、今回も転売屋の大勝利ってわけかああああ」

 副部長が天井を仰ぎながら投げやりに叫んだ。


 そう、今回予約完売した商品は普通の商品ではなかった。

 それは我々、つまり尾白産業株式会社の製品開発室メンバーが企画・販売しており、日本の若者を中心に世界でも大流行しているトレーディングカードゲーム「ビーツ・アンド・ライム」、通称B&Rだ。


 二十年近くユーザーから愛され続けている老舗のカードゲームなのだが、最近ではユーチューバーの情報発信などの要因から何度目かのムーブメントが起こっている。

 また、昔のカードなんかはかなり高額で取引されていたりもする。

 そしてそういった背景から、近年では本来のユーザー以外の人間から投機・転売目的で買い占められることが増えてきていた。

 そのため新商品はリリース後すぐに値段が跳ね上がり、本来のターゲット層である小中学生のお小遣いでは買えなくなってしまうという本末転倒な事態に陥っていた。


 そして今回ウェブ上で予約を開始した最新エキスパンション(追加カードを収録した新商品のようなものと理解してもらえればよい)もまた、オンライン予約受付開始から数十秒のうちに完売したのだった。


 「これで今月もいっちょセルアウトっすね! 商品が売れるのはいいことっすよ!」

 「ううん、でもこんなんアリかよ。楽しみにしている子供たちに製品が行き渡らないんじゃ……」

 「そうは言うけど、別に予約したのが全員転売屋とは限らないでしょうが」

 

 室内では、製品開発室メンバーの諦めにも似たざわめきが未だくすぶっている。


 「麻浪さん、アクセス解析を一通り終わりました」

 システム担当の渋山くんが肩を落としながら私の前にやってくる。


 「ふむ。その顔を見れば大体の想像はつくけど、まぁ報告を聞こうか?」

 私がそう言うと、渋山くんは一瞬の瞑目のあと、一気に言葉を吐き出した。


 「酷いものですよ。今回の予約ルールは『おひとりさまにつき一品のみ』という触れ込みでSNSでもずっと呼びかけていましたし、システム上でも複数購入は出来ないように制限をかけていたんですが……」

 「守られていなかった、と?」

 私の問いかけに、渋山くんは目を伏せて頷いた。


 「どうやったのかは分かりません。手口不明です。それでも、単独のアドレスで複数の予約が成立されているのが確認できています。おそらく事前に何かしらの情報網で手口が出回っていたものと推測できます」

 「そうか、それはうちの予約システムにも落ち度があったのかもしれないね。何らかの穴を狙われたということだろう」

 そうは言ってみたものの、これは毎回のことであった。

 

 「アクセスや操作ログを見る限り、何らかの自動操縦マクロのようなものを使って予約していますね。他の予約希望者にボタンを押し負けないようにということでしょうが」

 「ああ、そりゃ普通の子供じゃなさそうだねぇ」

 「ええ。間違いなくいつもの転売屋集団でしょう。今回も全て持っていかれました」


 その言葉が周囲にも聞こえたのか、室内が陰鬱な雰囲気になった。


 おそらく今回の新商品も、希望小売価格の数倍の値段でフリマアプリなどで転売されるのだろう。

 ここ最近はずっとこんな感じであった。


 そう、ここ最近までは。


 「しっかたないねぇ。そんじゃ手はず通りに動くとしますか」

 私が大きく背伸びをしながら呟くと、皆の視線が集まった。


 「……麻浪さん、マジでやるんすか? あれを」

 「飲み会の場での戯言かと思ってたんですけど」

 「無茶ですよ……我が社は大損害、下手したらクビですよ」


 心配する皆の顔を順番に眺めながら、私は深呼吸した。


 「この商品は……B&Rは私が企画してこの世に生まれた。だから私が終わらせることになっても後悔はないよ」


 ゲームデザイナーとしてこの会社で働いてきて二十年以上。

 愛する商品を小銭稼ぎに使われるのは、商品の生みの親としてこれ以上見逃せない。

 本当に欲しがっているのに買えない子供たちのためにも、転売屋に一矢報いたい。


 そのための方法が、会社の信頼を著しく落とす最悪の方法だったとしても。


ーーー


 発売日当日。

 店舗在庫はすべて発送され、午前中には予約者の住所に届けられた。


 そしてそのニュースが広まったのは、その日の午後であった。

 ネット上はその話題で持ちきりとなっていた。

 

 「悲報! B&Rの新商品、即日ですべて公式禁止カードに指定!」


 これには阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。賛否両論どころか非難轟々であった。

 転売屋たちは当然ながら怒り狂って返品を迫った。

 それはそうだ。収録カード全てが禁止になった商品はもはや売り物にならない。


 しかし会社側は、「おひとりさま一品しか購入できないはずなのだから、返品もワンボックスまで」と公式アナウンスした。

 これもまたさらに騒ぎになったが、よくよく考えると金銭的に損しているのは転売屋だけなのでユーザーは特に不利益を被ることがないと分かると、次第に騒ぎは収まっていった。

 これを詐欺だと糾弾するものも当然いたが、むしろこのやり方を転売屋対策ともてはやすまとめサイトまで現れた。


 その後もB&Rはずっと販売を続けて愛されたが、転売屋はこの騒動で大損したことで恐怖心を植え付けられたらしく、この商品からは撤退したという。



【後書き】

 だいたいいつもアイディア出しに苦戦していた、妙なお題シリーズ。

 とはいえ必須要素と合わせても制約のゆるめな組み合わせだったので、割と好き勝手に書けた作品。


 オチは非現実的というか、こんなことが現実で起きたら界隈は荒れるだろうなと我ながら思う。

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