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7.袋の狼


鬱蒼と茂る森のなか、それはクンクンと鼻をひくつかせて顔を顰めた。


「くっせぇ……どうにもあのゴブリンの匂いは好きになれねえぜ」


大きく顎門を開いて溜息を零したヴォルフはぶるぶると頭を振るう。人狼である彼は嗅覚が鋭い。種族的な特性も相まって、こうして獣化している間はそれがさらに顕著になる。


げんなりとしながら森の中を進んでいると、不意に頭上にあった枝葉が揺れた。木の葉がヴォルフの面前に舞い降りてきたかと思いきや、いきなり目の前に見知った人物が音も無く現われた。


「標的はこの先にある」

「うおっ! おどろかせんじゃねえよ!」


突然現われたフッターにヴォルフは全身の毛を逆立ててじりじりと後退りをする。彼の様子を訝しげに見つめて、フッターは冷めた視線を送った。


「なっ、なにか言いてえ事でもあんのか!?」

「いいや、なにも」


素っ気ない返事をしてフッターはそっとヴォルフから目を逸らした。気まずさを感じながらヴォルフは耳の後ろを掻く。


彼はこの暗殺者のことが得意ではない。何を考えているのかてんで分からないからだ。

感情を殺せてこそ一流の暗殺者と言うが、彼女の場合もとから感情がないのではないかと錯覚してしまうほど。笑った顔も怒った顔も一度だって見たことがない。


異形の咆吼(ヴァリアントロアー)に在籍している者は少なからずなにかしらの事情を抱えている。もちろんヴォルフだってその内の一人だ。彼にも成すべきことがある。

だから余計な詮索をするべきではないのだが……共に任務をこなすとなると話は別だ。


「お前よぉ、少しは愛想良く出来ねえのか?」

「それはこの任務に必要なことか?」

「あ? そういうことじゃ……」

「だったらそれは必要無い。任務の遂行が最優先」


いつものフッターの態度を見て、ヴォルフは右耳をパタつかせた。


今回の任務は二人一組。偵察部隊と実行部隊。組み分けはご覧の通りである。

ヴォルフのパートナーであるフッターは愛想ナシの冷たい人間ではあるが……仕事は一流だ。文句の一つもなく完遂してくれる。

それを思えばもう片方のじゃじゃ馬姫と組まされなかっただけマシである。


「んじゃあ、さっさとヤってくるけどよ」

「今日のノルマは三つだ。これが終わったら、北東の巣穴。場所は地図に書いてある」

「おう」


必要なことだけを話すとフッターは次の偵察に向かっていった。

音もなく姿を消したパートナーにやれやれと息を吐くと、ヴォルフは任務に向かう。


――ゴブリンの巣穴のせん滅。

人狼であるヴォルフには容易い任務である。ヴォルフが獣化すればその膂力は人間を軽く超える。小柄なゴブリンなど腕を払っただけで殺せるだろう。


しかし如何せん場所が悪い。

狭い巣穴の中では彼の大きな体躯はかえって不利になるのだ。


「あああああッ!! うざってえなあ!!」


大声で吠えたヴォルフは腕に刺さった槍を引き抜く。

狭く長い地形はゴブリンにとって有利に働く。中に籠って防衛するならなおさらだ。

ヴォルフは自慢の怪力を半分も発揮できない。おかげで負わなくてもいい怪我を負ってしまった。


「バカスカ刺しやがって! イテェんだよ!」


巣穴の最深部。ゴブリンの死体に囲まれながらヴォルフはぐちぐちと文句を言う。

いつもはフワフワな毛並みも流れ出た血のおかげでしんなりと湿っている。もちろんそれは浴びた返り血のせいでもあるが、ヴォルフのイライラは限界に達しつつあった。


「あー……めんどくせぇ。さっさと帰るか。こいつらもう死んでるだろ。終わりだ終わり!」


荒々しい足取りで巣穴内を歩く。

薄暗い内部では足元に何があるか判然としない。だから運悪くそれを踏んでしまった。


「んあ、なんだこれ?」


ぐにっとした感触にヴォルフは足元を見た。

足裏に何かある。片足をあげて確認すると、それは水のような透明な物体――スライムだった。


「あ? なんでこんなところに……」


疑問に思った直後、天井から冷たいものが降ってきた。

それはヴォルフの頭に直撃。今の状況では確認しなくてもそれが何か分かる。


「ゴブリンの巣穴じゃなくて、スライムの巣穴ってか? 冗談じゃねえ!」


無形の生物はヴォルフのもっとも不得手とするものだった。

粘性の持った身体はいくら振り払っても取れない。牙も通らない。爪で割いても数が増えるだけ。

天敵とまではいかないが厄介な相手である。


「クソッ! めんどくせぇ!!」


ヴォルフは出口目掛けて全速力で駆けていく。

不得手な相手だが対策はある。だがこの狭い場所では払おうにも無理だ。それ故にヴォルフは速力を上げて出口を目指し、外に出た。


「グッ、ガアアアアアアアアアッッ!!」


巣穴の入り口、そこに立ち塞がったヴォルフは巣穴の内部目掛けて吠えた。

衝撃が遡る。驚異的な体躯から迸る咆哮はその衝撃波だけでスライムの波を巣穴へと押し返した。


「ふう、焦ったぜ。スライムに殺されるなんざまっぴらだ」

「終わったか?」


一息つくのも束の間、背後から聞こえた声でヴォルフは毛を逆立てる。振り返るとフッターがそこにいた。


「おう、終わったぜ。少しばかり手間取ったがどうってことねえよ」

「そうか」


フッターは冷めた声音で事務的な返答をする。

それにヴォルフは内心ほっとしていた。これがあのカーミラだったなら、ここからさらに馬鹿にされていたことだろう。


「それはなんだ?」

「あ?」

「奇妙な文様のことだ。以前はなかったと記憶している」


フッターはヴォルフの身体を指して言う。

それに自分の身体を確認すると、彼の毛並みに十字の文様が走っていた。前面の腹部は他より体毛の色が薄い。だから余計目立つのだ。


「ああ、これは興奮するとこうなる。怪我でもなんでもねえよ」

「腕のそれは?」

「これは槍で突かれた……あ?」


腕をまさぐって傷の具合を確認すると、なぜか傷が塞がりかけている。

人狼は人間よりも治癒力に優れているが、それでも数分で怪我が治るなんてことはない。つまり今のこれはあり得ないことだ。


「なんだァ? これ」

「酷くなければ任務を続行してもらう。あと二つだ」

「わぁったよ。はあ、めんどくせぇ」


気にはなるがそれほど問題視するものではなさそうだ。

大きな溜息を吐いてヴォルフは次の巣穴へと向かっていった。


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