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5.蛮人の交渉術

 

 彼らの姿を認めた瞬間、アイザックは我先にとゴブリンたちへと近付いていった。

 丸腰のまま護衛のガイストを置き去りにして、その顔にはとびきりの笑顔を貼り付けている。


「ばっ――用心しろよ!」


 叫び声を上げてアイザックを止めようとしたガイストだったが、それを隣にいるソルが制止する。


「ガイスト、安心していい。彼らに敵意はない。暗い色は見えないからね」

「あ? なんだよそれは」

「ああそうか。君たちには見えなかったか……まあ、問題はないから大丈夫だ」


 奇妙な事を呟いたソルは、アイザックとゴブリンたちの邂逅を興味深そうに眺めている。その様子は慌てるでもなく警戒もしていない。

 それを見て、ガイストも気を落ち着かせる。今は焦るべきではないと判断したのだ。


「コンニチハ! この度は招きに応じてくれて感謝――っ、と」


 開口一番、挨拶をしようとしたアイザックの鼻先に槍の切っ先が向けられる。

 無警戒なアイザックと違って、やはりゴブリンたちはこちらを警戒しているらしい。一波乱ありそうな予感を察知したガイストは、右手を腰に差している剣の柄に掛けた。


 もし襲われた場合、一撃くらいならば受けても急所を狙われなければ命に別状はないだろう。アイザックはあんな人となりをしているが抜けているわけでもないし、馬鹿でもない。楽観的な部分があるのは認めるが、奴らの一撃で死ぬようなヘマはしない。

 そう信じているからこそ、ガイストは躊躇無くあのゴブリン共を惨殺出来るのだ。


 全神経を目の前の状況に注いでいると、隣に佇んでいたソルが可笑しそうに笑い声を上げた。


「ガイスト、あれ見てみなよ。おもいっきり警戒されてるねえ。やっぱりアイザックほどの変人ともなると、人間とか魔物とか関係なく信用ならないってわけだ」

「笑い事じゃねえぞ。いざとなったらあいつらぶっ殺さなきゃならねえ。そうなったらお前はあの馬鹿の安全確保だ。致命傷を受けても死んでなけりゃあ御の字。その時は上手くやれよ」

「ふははっ、まあ任されてあげるけど……その必要はなさそうだ」


 二人の面前では奇妙な事が起きていた。

 槍を突き付けられていたアイザックは何を思ったか。諸手を挙げて数歩後退したかと思いきや、着ている服を脱ぎ始めたのだ。


 これにはガイストはもちろんのこと、対面しているゴブリンたちもたじろいだ。

 何を想ってそんなことをするのか。まるで理解出来ないからだ。アイザックと付き合いの長いガイストにだって知れないのだから、ここに居る者たちには皆目見当も付かないだろう。


「おっ――おいおいおい!! なにやってんだ!? ついに頭イカレちまったのか!?」

「はははっ、いいねえ! 流石の僕でも何を考えているのかまったくわからない!」


 興奮しているソルを残して、ガイストはアイザックへと近付こうとした。

 けれどそれは、彼が片手を挙げたことで止まることとなる。


「来なくていい。そこで見ていてくれ」

「はあ!? なに言って――」


 外套を外して、服とズボンを脱ぎ捨てたアイザックは半裸の状態だ。晴天の下、変人が半裸で両手を広げている。

 これ以上の奇妙な光景をガイストは目撃したことはない。それはソルも、ゴブリンたちも同じなはずだ。


 一身に視線を集めたアイザックは、本当の意味で丸腰のままゴブリンへと語りかける。


「今回は話し合いに来たんだ。争うためじゃない。理解してくれたのなら、槍先を降ろしてくれると助かる」

「……ッ、ウイィ、ンン」


 アイザックへと槍先を向けていたレッサーは、たじろぎながらも頷いて武器を下げた。けれどその代わりに他のものを失ったようにも感じる。


「俺、あんな奴が交渉相手なんて嫌だ……」

「僕も願い下げだなあ」


 仲間からの酷評を受け流して、アイザックは脱ぎ捨てた服を着直す。


「さて、改めて自己紹介をさせてもらおう。僕はアイザック。交渉人(ネゴシエイター)ギルド、異形の咆吼(ヴァリアントロアー)のギルドマスターをやっている」


 居住まいを正して自己紹介を始めたアイザック。

 彼の口上を聞き終えたロワゴブリンは、長い爪先でぽりぽりと頬を掻いた。少しだけ頭を傾げて不思議そうにしている。


「ウイィ、ノイ……ソれ、わからなイ」


 ぎこちない言葉にアイザックはしばらく考え込んで、それからああ、と頷くと身振りを交えて説明をする。


「長であるあなたと同じ立場と思ってもらえたらいい」

「ンン。でモ、レギはグヴァンじゃなイ」

「そういわれてみれば……前に会ったゴブリンとは少し違うね」


 ゴブリンの言語を理解しているであろうアイザックは当たり前のようにロワと話している。

 そんな二人を眺めて、ガイストとソルは感嘆に声を上げた。


「ありゃあ……こっちの言ってること、通じてんのか?」

「そうみたいだねえ。僕には彼らが何を言っているのかさっぱり分からない」


 そう言って、ソルは懐から手帳を取り出した。

 アイザックがまとめたゴブリンの言語教本である。自作な為、完璧とは言えないが彼らの言語は単語で出来ている。ゆえに読解はそんなに難しくはないのだ。


「ええと……レギが自分を指す言葉で、グヴァンが長って意味だ。単語を繋げた文章の前に是非が入るから……ンンは肯定を指す言葉だね」

「うえぇ、よくこんなの理解しようと思うよな」

「アイザックの言った通り、理解するにはそこまで難しくはない。単語さえ覚えてしまえば意思の疎通は出来るよ」


 パンッ――と手帳を閉じて、ソルは興味深そうに彼らの様子を眺めている。ガイストはやれやれと溜息を吐きながら、剣の柄から手を離した。


「つまり、キミは交渉役として遣わされたわけだ」

「ウイィ、ンン。グヴァン、ケイカイしてル」

「構わない。きっと僕でもそうする」

「シンライ、ミせてホしい」


 交渉役のロワゴブリン――スゥレはアイザックに条件を突き付けてきた。


 信用に値するものが欲しい。

 彼らゴブリンの要求はその一つ。しかし、それが一番の難所である。


「信頼って言ったって……んなもんどうしろって言うんだ? 賄賂でなんとかなるもんでもねえだろ」


 疑問を口にするガイストの横で、ソルはある事に気づいた。


「ああ、なるほどね。既に先手は打ってあるってことか。抜け目ないねえ」


 ソルにはアイザックが何を考えているのかがおおよそ分かってしまったのだ。

 麻袋の眼窩から青い炎がチラチラと踊る。


「あ? なんのことだよ」

「アラジャやヴォルフ、他のメンバーに頼んだ仕事があるだろう? あれがこの交渉の絶対条件だったんだ」

「はあ? でもあれは……」


 ガイストはソルの話を疑問視している。

 それもそのはず、アイザックがメンバーに頼んだ仕事はゴブリンの巣穴の調査とその殲滅である。

 同族の虐殺が交渉条件など、筋が通らない。


「そりゃあいくらなんでも無理ってもん――」

「いいや、そうでもないみたいだ」


 二人の視界の先ではスゥレとアイザックが握手を交わしている所だった。


「それなら問題ないよ。あの話はこちらでしっかりと請け負う。今回こうして会いに来たのはそれの確約が欲しいからだ。こちらも仕事はしっかりとこなす。その対価が欲しいだけだ」


 アイザックは懐から巻物を取り出してスゥレに渡す。

 そこに何が書かれていたのか。スゥレはそれを見て、ニッコリと笑みを浮かべた。


「ンン。グヴァンもよろこぶ」

「すべてを終えたらグヴァンに会いに行くと伝えて欲しい。僕からの言伝はそれだけだ」


 ――つまり、彼らの提示した『シンライ』をアイザックは勝ち取ったのだ。




 ===




 あっさりと交渉が終わったことにガイストは驚きを隠せなかった。何が起こったのか、未だ状況を掴めていない。

 ゴブリンたちと別れてこちらに戻ってくるアイザックに、我先にと詰め寄っていく。


「お前! 話が違うじゃねえか!」

「なにが?」

「なにが? じゃねえよ! 隠し事しやがって!!」


 首を絞められてがくがくと揺さぶられているアイザックは、ガイストの詰問にも涼しい顔をしている。


「ゴブリンとこうした交渉をするのはこれが初めてじゃない。それで合ってる?」

「そうそう。前も一度会ってるんだ。そこで約束をしてね。僕から持ちかけたんだけど……彼らにもそうするだけの事情があったってことだ。交渉自体は難航しなかったよ」


 ソルの疑問をあっさりと肯定したアイザックに、ガイストは思わず襟首を離した。

 その表情は愕然としており、開いた口が塞がっていない。


「じゃ、じゃあなんだ? お前は一人でゴブリンに会って交渉したってことか?」

「もちろん!」

「もちろんじゃねえよ! それでもし殺されてたらお前、どうするつもりだったんだ!? 俺との契約だってまだ済んでねえだろうが!」

「その心配はいらないよ。死ぬつもりはないから安心して欲しい」

「そういう問題じゃ――」


「はい、そこまで!」


 口論に発展しそうな二人の間にソルが割って入る。

 ここで口喧嘩をしている暇はないのである。


「終わりよければすべてよし。それで良いじゃないか」

「だがよ……」

「彼への愚痴は僕が聞いてあげるから。今は帰ろう」


 二人の仲を取り持って、ソルは帰路を先導する。

 ガイストは未だ不満げではあるが、渋々後ろを着いてきている。


「ふう、助かったよ」

「他人の諍いには首を突っ込みたくはないから、こういうことはほどほどにした方がいいよ。そのうち愛想尽かされても文句は言えないだろうね」

「はははっ、耳が痛いね」


 ソルは興味がないから詮索はしないが、異形の咆吼(ヴァリアントロアー)に在籍しているメンバーは何かしらの目的を持っている。

 アイザックが魔物図鑑を完成させたいのと同じように。利害の一致があるからこそ、みな彼の野望に協力しているのだ。


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