3.極秘任務
「はいはい。遊ぶのはそこまで! 今からちゃんと仕事してもらうからね」
パンパンと手を打ち鳴らして、アイザックは全員の視線を自分へと向けさせる。注目が集まった所で、彼は本題に入った。
「ゴブリンの編目は皆も知っているだろう。調印式は一月後だ。それまでに問題が起これば今までの苦労が水の泡。僕もそれは避けたい。だから、皆には色々と根回しをしてほしい。役割は僕の方で割り振っておいた」
まず、隠密活動に長けた暗殺者のフッターと、吸血鬼のカーミラはゴブリンの巣穴の偵察。
「了解した」
「たしかぁ、群れの頭目を割り出せばいいんだよねぇ」
カーミラの問いに、アイザックはその通りだと頷く。
彼ら偵察組に言い渡された任務は、各地に点在しているゴブリンの巣穴。そこに潜んでいる群れを率いているリーダー――頭目をすべて調査して欲しいというものだ。
――ゴブリンにも種類がある。
一般的なゴブリン――子供の背丈ほどしかない小柄な、人類の言葉を理解出来ない知能の低いものと、ロワゴブリン――上背があり、人間の言葉を理解してある程度話すことが出来る知能の高いゴブリン。
この二つの違いは、交雑しているかどうかによる。
人間からしてみれば、どちらもゴブリンであることには違いないが、種族内で見るとそうではないらしい。
彼らロワゴブリンたちは、普通のゴブリン――ここでは、レッサーゴブリンと定義する――を、目の敵にしているのだ。
同じ群れの仲間ではあるが、ゴブリン種同士の純血であるロワゴブリンと、人間との交配によって生まれたレッサーゴブリン。
ここには明確な差がある。それは知能の差もあるし、体格の差もある。
元々、ゴブリンというのは種族内での交配は可能である。そうして生まれるのが純血であるロワゴブリンなのだ。しかし、純血種はきわめて繁殖能力が低い。単一の魔物としてみれば貧弱そのものである。
それを問題視した魔王の指揮によって、人間と交配をすることで繁殖力の高いレッサーゴブリンというものが生まれたのだ。
千年前に魔王が人間の勇者によって討たれてよりは、戦力増強の為の交配も必要なくなった。けれど、その頃には既に歯止めは利かず、レッサーゴブリンは数を増やしまくり、今に至るというわけだ。
点在しているゴブリンの群れを率いている頭目は大抵がロワゴブリンである。しかし稀にレッサーゴブリンが率いている群れも存在していて、彼らが酷い略奪や被害をもたらしている事が多い。
「欲しい情報は、群れのリーダーがロワかレッサーか。それを知りたい。現状分かっている巣穴は二十。すべてを調査して欲しい」
「手段は問うか?」
「どんな手を使っても構わないけれど、警戒されるような事は避けて。後が面倒になる」
「はぁい」
眠そうな声を出してカーミラが返事をする。フッターもアイザックの指示に同意するかのように頷いた。
「そして、それが割れたら次は実行部隊の出番だ。アラジャとヴォルフ。君たちには、レッサーの巣穴を掃討してほしい」
「おうよ! 任せとけ!」
「……わかった」
ギルド内で一二を争う武闘派の二人に、後始末を任せる。この任務は人間には任せられない、あくまで人間以外の亜人種が行うことに意味があるのだ。
「ヴォルフはちゃんと獣化して任務にあたってくれよ。それを守ってくれたのなら何をしても良い」
「ハッハー!! 虐殺って事だな!! テンション上がってきたぜ!」
吠えるヴォルフにうんざりとした様子でカーミラが顔を顰める。
アラジャは、アイザックの指令に淡々と頷いた。
「残り……ソルとガイストは僕の付き添い。依頼主と話を付けに行く」
「俺は護衛ってところか?」
「そうそう。察しが良くて助かるよ」
にこやかな笑みを浮かべるアイザックにガイストは深い溜息を吐いた。そこには心労が滲んでいる。
「いいねえ。流石の僕もゴブリンと対談なんてしたことがない。長生きしてみるもんだ」
楽しそうに笑んでソルは青い炎を揺らした。
任務の説明が済んだら、各自に装備を渡して解散。
アイザックの予想では、彼らならば一連の任務を数日でこなしてくれるだろう。それが滞りなく進むように、異形の咆吼マスターであるアイザックは動き出す。