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2.異形の咆吼

 

 先ほどのガイストの話では、ギルドメンバーの皆は既に集まっているそうだが……もれなく全員が曲者揃い。

 唯一まともと言えるのは、アイザックの隣に居る聖騎士のガイストくらいだ。


 そして、そんな彼らを纏め上げているのが、自他共に変人と認めるアイザックである。



 ギルドへ戻ると、件のメンバーたちはガイストの話通り好き勝手に振る舞っていた。


「おおっ、アイザック! 遅かったじゃねえか!!」


 どっかりと椅子に座って、酒瓶を振りまいている男――ヴォルフがさっそくアイザックへと声を掛けてきた。

 明らかに素面ではない様子に、隣に居るガイストは溜息を吐き出すが……ギルドマスターであるアイザックは特に気にした素振りはない。


「遅れてごめん。冒険者ギルドに顔を出したら絡まれちゃって」

「ぶははっ! まあ、当然だろうなあ!」


 ばかでかい声で喚くヴォルフの背中に、直後強烈な蹴りが見舞われた。


「いあッ、いってえなあおい!! ナニすんだよ!!」

「うううううるさいいいい」


 ソファに寝転んで頭から毛布を被っていた彼女は、その隙間から恨みがましくヴォルフを睨み付ける。


「キャンキャン喚かないでよぅ。寝起きの頭に響くんだからぁ」

「思い切り蹴るこたあねえだろ!?」

「うるさいうるさい!! フッター、こいつなんとかして」


 呆れたように息を吐くと、彼女は膝枕をしてもらっていた人物へと声を掛ける。

 全身黒尽くめの、白髪の女。フッターと呼ばれた彼女は寝転んでいる金髪の少女を見て、それからアイザックに視線を移した。


「カーミラ、それはできない」

「なんで!?」

「アイザックが戻ってきた。彼の前でギルドのルールを破ることはできない」


 異形の咆吼(ヴァリアントロアー)のルールその一。

 ギルドメンバー同士での乱闘は禁止。


「ちぇっ、ざんねん。でもマスターが見てない所ならいいよねぇ。ボコっても」

「それなら問題はない」

「ねえ、それギルドマスターの僕がいる所で言っちゃう!?」


 にこにこと笑みを崩さないアイザックはやれやれと肩を竦める。

 けれど、それにまたもや突っかかっていったのは【狂犬】の異名を持つヴォルフだった。


「誰が誰をボコるって!? もう一度言ってみろよ!? こんなかで俺をボコれるのなんざ、アラジャ以外いねえだろうが!? 非力なお前らじゃあどれだけ足掻いても無駄だぜ!」


 なぜか得意げに言い放つヴォルフは、アラジャと呼んだ人物を親指でさす。ヴォルフが着いていたテーブルの相席には、カードゲームに勤しむ二人がいた。


 一人は素肌が見えないように衣服を着込んで手袋をしている男。彼の顔面は麻袋をすっぽりと被っているから伺い知れないが、眼窩の穴からは青白い炎がチラチラと飛び出している。


「アラジャ、ご指名だよ」

「……ふむ」


 麻袋の男は、隣に座っているアラジャに声を掛ける。彼はカマキリのような複眼を手元のカードからヴォルフに向けた。

 アラジャは種族特性により全方位を見渡せる。彼には死角が存在しない。それ故に、わざとらしく視線が分かるような所作をして、アラジャは【狂犬】の指名を無視した。


「ソル、これは捨て置くべきか?」

「ああ、それは弱いカードだからいらないね」


 ぺしっとカードをテーブルの中央へ投げ捨てると、続いてソルが自分の手札を弄くる。


「はい、僕の上がり~。掛け金は全部もらっちゃうね」

「えっ!? うええ!! マジかよお!!!」


 アイザックが戻ってくる間、彼らは三人で賭け事をしていたらしい。

 そしてたった今それの決着が着いた。掛け金のコインをかき集めたソルは、それを懐に収めるとご満悦だ。


「いやあ、悪いね。僕の総取りだ」

「ぐっ……いいや、まだだ! カモが残ってる!!」


 吠えたヴォルフはターゲットをアラジャへと絞る。

 賭け事に慣れていない彼ならばふんだくれるとヴォルフは考えたのだ。けれどそれを阻止するべく、ソルは相棒に助言をする。


「ああ、それは残しておいた方がいいね」

「おいおいおいソル! やめろ! 入れ知恵すんな!!」

「友人が困っていたら手を差し伸べるべきだろ?」

「そっ、……不公平だろ!!」


 そこでやっとヴォルフも賭け事では勝てないと見切りを付けたのだろう。

 それでも引かないのは彼が極度の負けず嫌いだからだ。ともすれば、誰からも鬱陶しがられる性格をしているが、アラジャはそれに律儀に応じることにした。


「こうなったら得意分野でケリ付けるしかねえなあ!」

「良いだろう。受けてたとう」


 勝負は力比べ。腕相撲だ。テーブルを台にして、両者が腕を組む。

 アラジャは人間より優れた肉体を持つ。特別亜人目の蟲人(エントマ)だ。対してヴォルフは人狼(ウェアウルフ)。どちらも力自慢の種族である。


 アラジャは衣服代わりに纏っていた長布をはだけて、ヴォルフは利き腕の右を獣化させる。両者の準備が整った所で、ソルが開始のかけ声を唱えた。


「はじめっ!」


「ぬおおおおおお!!!」

「ふっ」


 ヴォルフは雄叫びを上げてテーブルに齧り付く。対してアラジャは涼しい顔をして、余裕そうな態度を見せた。


 決着はすぐについた。

 力負けしたヴォルフは台にしていたテーブルを真っ二つに割った後、勢いが納まらずそのままアラジャの腕力に吹き飛ばされて一回転したのち、床に背中から倒れていった。


「うぷぷっ、お犬様ってどうして毎回イキがるのかねぇ」

「習性のようなものだろう。仕方ない」


 ソファのすぐ傍に倒れているヴォルフを、起き上がったカーミラが座ったまま踏みつける。相づちを打つフッターは彼女を止めもせずに冷ややかな眼差しをヴォルフへと向けた。


「ぐっ……だあああ!! 足どけろ!!」


 煩く喚くヴォルフを余所に、腕相撲の勝者であるアラジャはしょんぼりと肩を落としていた。


「ああ……テーブルを駄目にしてしまった。力が強すぎるのも考え物だ」

「もっと頑丈なものを用意しよう。なあに、金ならあるから問題ないさ」

「ふむ……ならば良いか」


 ケラケラと笑ったソルは、先ほどの賭け事で得られた硬貨の入った袋を見せびらかす。

 そんなギルド内の喧騒に頭を抱えるガイストと、楽しそうに笑っているアイザック。


 ――この騒々しさが、異形の咆吼(ヴァリアントロアー)の日常だ。


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