9.水面下の脅威
吸血鬼の少女、カーミラは陽の差さない木陰の樹上にてほっと安堵の息を吐いていた。
器用に足を使って大木の枝に逆さまになってぶら下がると、遠目に見える洞穴を凝視する。
「よかったぁ。あのうるさいのと組まされてたら発狂するところだったよぉ」
「そうか。それは良かった」
安堵の息を吐いたカーミラの隣では蟲人のアラジャが、彼女と同じように樹上に立って洞穴を眺めていた。
「あれが標的で間違いはないか?」
「うん。でも少しおかしいんだよねぇ」
「おかしい?」
眠そうに欠伸をしながら、カーミラはたったいま潜入してきたレッサーゴブリンの巣穴について、アラジャに説明をする。
「なんていうか、やけに統率が取れているっていうかぁ。他のレッサーの巣穴とは雰囲気が違ってたんだよねぇ」
「具体的には?」
「ええ? うーん……やけにピリピリしてるっていうかぁ……殺気立ってるっていうの? 余裕がないっていうか……そんな感じがしたよ」
「この計画について知られた、ということもありえるか?」
「多分ソレはないと思う。だって、もしそうだとしたらもっと警戒されてるはずだよぉ。あんなにすんなり潜入できないってぇ」
ぐるんと一回転するとカーミラは身体を起こす。
腕を組んで悩んでいるアラジャを見つめて、でも――と続ける。
「アイザックの任務ではあいつらみぃんな始末するんでしょぉ? だったら余計なこと気にしても意味なくない?」
「ふむ、それも一理ある」
カーミラは任務遂行を優先しろと言外に言っている。アラジャはそれに従うことにした。
「手段は問わない。それでいいか?」
「んー? そういうの興味ないかなぁ。どうでもいいよ」
「分かった。私の好きなようにさせてもらう」
アラジャは背負っていた大型の弩を取り出した。その大きさは人間が扱えるレベルを超えている。通常ならば弦を引くのも一苦労であるだろう。けれど、アラジャにはそんなものは何の障害にも成りはしない。
彼の筋力は人間とは比べものにならない程に発達しているのだ。ボルトを込めて放つことは容易いのである。
ギッ――と、弦を張り上げて固定すると、彼は背中からボルトを取り出した。これも特殊なもので、太くて頑丈で強度もあるこのボルトはアラジャの体内で生成されているものだ。背中の、人間で言うと背骨の部分――首から腰辺りまで生えている棘を引き抜いて、ボルトとして使用しているのだ。
体内で生成して突き出ているものだから、抜いたからと言って身体的な不都合は無い。
しかし、彼が得手としているのは近接戦闘である。アラジャの複眼は三六○度見渡すことが出来る為、死角が存在しない。加えてこの怪力である。接近戦なら負け無しなのだ。
といっても相手の出方を見るには遠距離からの攻撃が定石。初手の狙撃はアラジャの十八番だった。
巣穴の入り口にはゴブリンが数匹、その内の一匹に照準を合わせてアラジャはボルトを放った。
それは鋭い射出音を上げて、ゴブリンの頭蓋を砕く。
――と同時に、アラジャは弩を投げ捨てて手を打ち合わせた。
その合図に呼応するかのように、ゴブリンに刺さったボルトが蠢く。死体の肉を食い破って現れたのは蟲の大群だ。
「うっわぁ~~グロいなぁ」
顔を顰めているカーミラに構わずに、アラジャは樹上から降りると巣穴へと駆けていく。
あのボルトの中身には蟲が詰まっている。蟲人の体内で生成されたもの。このような芸当は容易いのだ。
警備をしていた他のゴブリンは蟲の相手で手いっぱいだ。巣穴の中から仲間を呼ばれるにはまだ猶予がある。
その隙をついて、アラジャは接近戦を仕掛ける。
アラジャは種族特性で体躯の形を変えられる。もっとも人狼のように人から獣のような変態は出来ない。
けれど、こうして身体の一部を武器として扱えるのだ。
両の前腕から逆刃の刃を生成すると、それを振るってゴブリンの首を狩る。驚異的な身体能力から繰り出される一撃は断末魔を上げることすら許さない。
一瞬にして入り口のゴブリンを壊滅させたアラジャは、そこで一度足を止めた。
「カーミラの言った通り、何かがおかしい」
この警備の様子、何かを警戒してのことだ。何をここまで恐れているのか。普通の巣穴ならここまで警戒はしない。
カーミラの潜入がバレているとも思えない。彼女の態度はあんなだが、仕事はきっちりこなしてくれる。
ならば――
「……そういうことか」
アラジャはあるものに気づいた。
ゴブリンの身体に焼き印が見えたのだ。それはアラジャにも見覚えがあるものだった。
「さて、任務は殲滅だったな」
蟲どもに無残に食い散らかされた死体を踏み拉いてアラジャは巣穴に潜入する。




