第38話 ひきこもり魔王の憂鬱 (ヘル視点)
陰鬱な暗く寒い世界の果て。恐ろしい魔族が住む冥界。阿鼻叫喚の地獄の底。このニヴルヘイムを形容する言葉は多岐にわたる。
つまり、誰も住みたがらない僻地なのだ。
こんな国の統治を任されている女王。それがこのボク、魔王ヘルだ。
世間では、『恐ろしい怪物の巨人』だとか『半分腐ってる』とか言われているが、ボクは巨人でもなければ腐ってもいない。普通の女の子なのだ。
女の子とか……歳を考えろよと言われるが、ボクは元神なので歳は取らない。永遠の15歳とでも呼んでもらおうか。合法美少女なのだ。
そんなボクが今一番頭を悩ませているのは、アースガルズが攻めてきたことである。なぜこちらが静かにしているのに、わざわざ戦争を起こす物好きがいるのか。本当に困ったものだ。
そもそも魔王などと呼ばれているのに、だれもボクの言うことなんて聞いてくれないのだから。
竜王ファフニールは『倶荷田ベース』とかいう趣味部屋でコレクションをイジっては『わび・さび』などと言って、全く統治に協力しないし。
蛇王ニーズヘッグと翼王フレースヴェルグは喧嘩してばかりで仲が険悪だし。幻王ラタトスクに至っては、協力どころか裏で離間工作までしているとの噂だ。
唯一協力している獣王ガルムだが、たまに暴走して手におえない。
「うぎゃああああっ! もうヤダっ! ボク、こんな国いやだぁ! アースガルズさ行きてえ! 都会に出てパンケーキとかタピタピ何とかティーとか飲みてぇ!」
ベッドの上でゴロゴロと転がる。
「もう、いっそのこと死の軍勢を引き連れてアースガルズに侵攻しちゃうべか。今こそ超巨大機動戦艦ナグルファルを使う時。それでパンケーキを食べに行くとか……」
そんな、ちょっと都会に憧れる少女チックな空想に浸っていると、けたたましく部屋をノックする音で現実に引き戻される。
ダンダンダンッ! ダンダンダンッ!
「魔王様! 魔王様! おられますか?」
部下がボクを呼びに来たようだ。
「な、なんだ。騒がしい」
「すぐ来てください。我が国に攻め込んだアースガルズの先兵ですが、やたら強い剣士が先頭におり我が軍が圧されております」
「はあぁぁ……めんどくさい」
仕方なくボクはエーリューズニル城の執務室へと向かった。
ニヴルヘイム奥に位置するエーリューズニル城。おどろおどろしい外観に気味の悪い調度品。わざと魔王の城に見えるよう趣味を悪くしているとしか思えない。
「はあ……気が重い」
ボクの溜め息など無視して、側近が状況を説明している。敵が強過ぎて負けそうだから、魔王クラスが救援に向かって欲しいと言うことらしい。
「魔王様! そう言うことですので、今すぐ救援に向かってくだされ」
「えええ……救援なら獣王ガルムに頼んでよ」
「ガルム様は既に向かっております。ただ、あの剣士の異常なまでの強さ、もしや天界から遣わされた伝説の七星神ではないかと噂される次第でありまして」
「はあああぁ、七星神だって! それ大ピンチなのでは?」
七星神というのは、世界の終焉の時に天から降臨する救世主らしい。七星神が現れたということは、このニヴルヘイムが滅んでしまうのかもしれないのだ。
「魔王様、何とかしてください」
うっ……ううっ……ボクが何とかしないとならないのか……。
◆ ◇ ◆
その場所に到着した時、獣王ガルムと敵の剣士が戦っている真っ最中だった。それは常識外れで規格外の戦い。相対する二人の攻撃で、周辺の地形が変わるほどの。
ズガガガガガガガガガガァァァァーン!
「ヒャッハー! 俺様、俺様、俺様最高ぅ! 悪の魔族は全滅だぜぇぇぇぇーっ!」
下品な人族の男がイキっている。ボクの一番苦手なタイプだ。
高級そうなVIP仕様の純白のプレートアーマーを身に着け、四本の光の腕を生やしていて、それぞれの手に剣を握っている。
「あの剣……神剣グラムじゃないか! 炎剣レーヴァテインや侵食剣ミストルティンまで……。マズい、マズいぞ。ボク達魔族の天敵じゃないか。早く何とかしないと」
一方、剣士の攻撃をかわしつつ強力な攻撃を繰り出しているのが獣王ガルムだ。
冥界の門番と呼ばれるだけあって、進入する奴らを片っ端からボコボコにしている戦闘狂。バトルできればなんでも良いとさえいわれている。
「ウォォォォオオオオッ! 強いな人間。こんな歯ごたえのある奴は初めてだ! 行くぞっ! グガァァーッ!」
剣士の攻撃を全てかわしたガルムが、その腕から強烈な斬撃を叩き出す。
ズドドドドドドォォォォーーーン!
「ハァーッハッハッハァーッ! 俺様は最強だぁーっ! くらえっ! 聖剣エクスカリバーぁぁーっ!」
ドッガァァァァーン!
剣士の無鉄砲な攻撃で周囲の地形が破壊されてゆく。騒々しくて迷惑極まりない。
「ああ……もう氷漬けにでもして見なかったことにしようべか。そうしようそうしよう」
ボクは魔王の大魔法を発動させる。
「冥界の王ヘルの名において命ずる。大地と大気の精霊よ古の盟約に基づき、その力で万物の振動を止め永遠の眠りにつかせよ。絶対零度監獄!」
シュバァァァァァァーーーーッ!
ボクの放った大魔法は瞬時に温度を極限まで下げ、対象の物質全ての時間を停止させる。少しガルムにかすったが、剣士に直撃しクリスタルのような氷の棺に閉じ込めた。
ガッチィィィィーン!
イキった剣士の活き造りの完成だ。
「おいおいおい! 俺にかすったじゃねーか! 危ねえな」
ガルムが文句を言うが、もうボクは帰って寝たい。
「帰るよガルム。もう用はないべ」
「ヘル、まだザコが残ってるぜ!」
ガルムが残った人族の兵士を睨みつけると、彼らは戦意を喪失したかのように座り込んでしまう。
「そんなザコは放っておきなよ。ボク達が手を下すまでもない。そのままでも魔獣のエサになるだけさ」
「そうだな、弱い者いじめはダメだ。俺は強い戦士と戦うのが生きがいだからな」
ガルムが同意してボクの後に続く。
ボクはガルムを連れてエーリューズニル城へと帰る。もうこれで人族が、これ以上面倒ごとを起こさなければ良いのだが。
でも、ボクは気付いていなかった。この選択が最悪の事態を招き、世界を巻き込む大戦争に発展してしまうことを。




