第35話 ランブルグ公爵事件
俺達が王宮を出ようとしたところで、近衛騎士団長のフランツが止めに入った。
「エルフリーデ様、どちらに向かわれるのですか?」
「どこでも良いでしょ。悪党を成敗ですわ!」
フランツを押しのけて城門を出ようとするが、城門を警備する近衛兵までやってきて通せんぼされてしまった。
ザッザッザッ――
「お退きなさい。わたくしには、なすべきことがあるのです!」
「エルフリーデ様、国王陛下の許しも無く、勝手に出歩かれてはなりませぬ。何かありましたら、どうされるのです」
「フランツ、わたくしは伝説の七星神の皆様と一緒なのです。何もあるはずありませんわ」
近衛騎士より圧倒的に強い七星神なのだ。それを言われては面目が立たない。
「なりませぬ。私はエルフリーデ様を警護する義務がございます」
「よろしい、側女の方、蹴散らせて通りましょう」
エルフリーデがライデンに助けを求めるが、ライデンは側女と呼ばれるのに納得がいかないようだ。
「姫、よろしいのですか? あと、側女ではありません」
待て待て、ライデンは危険過ぎる。
「お、おい、近衛兵の人達、この女は狂暴だから下がった方が良いぞ。ミンチにされたくなかったら」
「「「ひぃぃぃぃ~っ」」」
俺の一言で近衛兵が尻ごみする。
「おい、ジェイド! 私はそこまで狂暴ではないぞ。敵には容赦しないが、一般人には寛容だ。それくらいの常識は持っているつもりだ」
ライデンが反論するが、やっぱり敵認定されると容赦なしなので危険なのに変わりはない。
「とにかく、このライデンは滅茶苦茶強くて恐ろしい女だから、ミンチになりたくなかった下がってろ」
「「「ひぃぃぃぃ~っ! お、お助けを」」」
やっぱり近衛兵が怯えている。ジャスティスにボコられたトラウマかもしれない。
「さあさあ、道をお開けなさいな。側女の方のメガトンパンチをくらいたくなければ」
相変わらずエルフリーデは強引だ。ライデンの方は、『メガトンパンチ』と言われて更に渋い顔をする。意外と乙女な性格なだけに。
「エルフリーデ、ライデンは側女じゃなくエッチどれ……あっヤベっ」
穏便に済ませようと俺が間に入るが、つい口を滑らせてエッチ奴隷なのをバラしそうになる。うっかりさんだ。
「じぇ、ジェイドよ、それは内密に……くっ、やはり貴様には今一度分からせないとならぬようだな。そこに直れっ!」
「おい、待て!」
「くっ……はうっ♡」
久しぶりにライデンが発情した。そこに直れと言ったライデンが、自分でそこに直ってしまう。今のは俺が悪い気もするが。
「まあまあ、さすがジェイド様。真の英雄とはジェイド様のことですわね! とてもお強い側女の方を、一言で跪かせてしまうとは。素敵ですわ」
「い、いえ、それほどでも……」
エルフリーデに褒めまくられるが、ミウとララがジト目でにらんでいるので喜ぶわけにはいかない。パーティー崩壊を防ぐためだ。
「はあ……分かりました、エルフリーデ様」
フランツが溜め息をつきながら外出を許可してしまう。
「フランツ、分かってくれましたか」
「ですが、私も同行させていただきます」
「好きになさい。もう行きますわよ」
フランツが認めてしまい。俺達は城門を出てランブルグ公爵の元へと向かう。
ただ、フランツの俺を見る目が険しい。エルフリーデの態度で、俺との仲を怪しんでいるのだろう。
◆ ◇ ◆
会いたくもない人に突然押しかけられる迷惑とはいかばかりであろうか。大きな屋敷に住む大貴族であるランブルグ公爵も、強引に門番を押しのけて入ってきた俺達に、唾を飛ばしながら抗議の声を上げる。
「な、な、何のおつもりです、エルフリーデ王女殿下! い、いくら殿下といえど、このように無理やり踏み込むなど失礼ではありませんか!」
ヘルムート・フォン・ランブルグ
貴族の中でも最上級である公爵家。更に広大な領地を持つ大貴族である。王国内でも、かなりの権力を持っているとの噂だそうだ。
「ネタは上がっていますわ。ひっ捕らえなさい!」
エルフリーデが刑事ドラマの主人公みたいなセリフを言う。
「ば、バカな、何を根拠に! あいたたたっ」
ライデンが後ろに回り、ランブルグ公爵の腕を捻り上げたら大人しくなった。一瞬で体力差を悟ったのだろう。
「さあっ、尋問しますわよ! 正直に言わないと大変な目に遭ってしまいますわ」
エルフリーデの言葉に、不満そうな顔をしたランブルグ公がつぶやく。
「これは由々しき事態ですぞ。法を蔑ろにしておる。罪状もハッキリせぬのに拘束するなど。騎士団長まで御一緒とは……」
ランブルグ公の文句にフランツは黙ったままだ。何か言うと話がこじれるからなのかもしれない。
「さあさあ、全て自白しなさいな、今回の魔族領ニヴルヘイムへの侵攻。あなたの差し金ですわね!」
「し、知らん! わしのせいではない!」
エルフリーデとランブルグ公が言い合いをしている時、何か嫌な気配を感じ取った。それは今まで感じたことのない不思議な感覚だ。
「おかしい、探索魔法には何も引っ掛かっていない。だが何か感じる。強い力の根源のような……」
俺のつぶやきに、ランブルグ公を捕まえているライデンも何かを感じ取ったようだ。
「ん? 何かいるな……強い魔力を感じる」
「ライデン、やはり感じるか?」
「ああ、これは人ではないな」
「むむっ、我の探索にも掛からんぞ」
ララも魔法で探知を試しているようだ。
「えっ、て、敵ですか?」
ミウはオロオロしている。
「ミウ、新しく覚えた魔法があっただろ。【魔法術式破壊】を使ってくれ!」
「は、はいっ! 分かりました。えっと、聖天スピカの名のもとに、魔力の理を解析し術式の分解を! 魔法術式破壊!」
シュバァァァァーッ!
ミウの魔法が一定範囲に広がり、その空間内の全ての魔法に干渉し術式を解体する。ミウを上回るような高位術式魔法を除き、空間内の全ての偽装魔法や探索妨害魔法が解除された。
「いたっ、魔族だ! それも凄く強力な反応が」
「行くぞっ、ジェイド!」
俺が声を上げた時には、ライデンが動いていた。部屋を飛び出し、強い魔力を感じる方向へと走る。
「ミウとララは皆を守って」
「はいっ!」
「ああ!」
俺は皆をミウとララに任せて、ライデンを追って走り出した。
王都に魔族だと! どういうことだ。こんな中枢に入り込んでいる魔族がいるのか。やはりランブルグ公と関係が?
ダンッ!
ライデンがドアを蹴り開けて入った部屋に俺も突入する。
「ほう、私の偽装魔法を解除する人間がいるとは……。あなた方は一体何者ですかな?」
目の前に魔族が立っている。スラっとした背の高い体に、貴族のような装飾の付いた燕尾服とも軍服ともとれる服装をしている。
ただ、人間と違うのは顔であった。燃えるような黒と赤の瞳に、頭には角が二本。一目で魔族だと分かる風貌をしていた。
「おい、貴様、何者だ!」
ライデンが問いかける。
「ほう、質問に質問で返すとは礼儀知らずと見える」
その魔族は落ち着いて話している。自分の実力に相当な自信があるのだろうか。
「人に偽装していたのだが、まさか解除する高位魔法を使う者がおるとは誤算だった。まあ良い。正体がバレたからには証拠隠滅するのみ」
その魔族が戦闘態勢をとる。俺達を全員始末するつもりなのだろう。
「来るぞっ! ジェイド、警戒せよ!」
「ああっ!」
ライデンの声で俺も戦闘態勢をとる。
こいつは今までのモンスターなどとはレベルが違う。もっと高位の凄い魔力を秘めた存在だ。ニヴルヘイムの住人なのか?
強い魔力を内包した力の塊のような魔族と対峙する。遂に、この世界で初めて戦うであろう、想像を絶するような魔族との戦闘へと突入したのだ。




