第33話 王女エルフリーデ
バロック様式なのかロココ様式なのか分からない豪華な廊下を進む。フランツを先頭に、俺、ララ、ミウ、ミーニャ、ライデンの順だ。その他にも近衛騎士が並んでいる。
国王グリムガルドに謁見するために、王の間に続く廊下を歩いていた。
あれだけ盛大な名乗りを上げたララだったが、宮殿に入ったら大人しくなってしまった。今は緊張した面持ちで俺の袖を掴んでいる。相変わらずテンションの差が激しい。
「うっ、何か、き、緊張してきた……」
ララが青い顔でつぶやく。
「ララ、大丈夫か? ゲロインする時は魔法で虹色にするんだぞ」
「そ、そんな魔法は無い……」
人前でゲロインしても困るので、抱き寄せて背中をさすってあげた。青かったララの顔が一瞬で赤くなる。
なでなでなで――
「ああっ、ふひっ♡ あっ……じぇ、ジェイド……そんなんされると、あっ♡ 変な気分になってしまう」
「おい、本当に大丈夫なのか? 気持ち悪いならトイレに……って、ここトイレあったっけ?」
「そ、そういう意味ではない。全く、ジェイドは……それ無意識なのか……」
今度はプリプリ怒り出すララ。意味が分からない。
「ジェイドさんっ! そういうの良くないと思います」
横から割り込んできたミウにまで怒られてしまった。両側から二人に挟まれて説教される。
「全くジェイドには困ったものだ」
「ジェイドさん、エッチなのはダメですよ」
くっ、ネット情報と美少女ゲームで女心を学んだつもりだったが、まだまだ甘かったようだぜ。女性心理は分からないことだらけだ。彼女をつくってデートする道は長いな。
そんな話をしながら王の間へと到着する。緊張しているようで緊張感の無い俺達。
玉座に座る髭の男が国王だろう。ジャスティスの一件があったからなのか不安そうな顔をしている。
「そ、そなたらが七星神を名乗る伝説の英雄か?」
ゆっくりとした口調で国王グリムガルドが言った。
「はい、俺……じゃない、私達は伝承に記されている七星神です。この世界でいうところの天より降臨した転生者になります」
俺に続いて皆が自己紹介する。
「おおっ、伝承は真であったか」
「はい。あと、先日は七星神の一人であるジャスティスとかいうアホが失礼をしたようですみません」
俺がそう言うと、グリムガルドは一気に安堵した顔になり、口調まで変化してしまう。
「はぁ~っ、そなたらは怖くなくて安心したわい。ジャスティスは怖くてのぉ。いきなり暴れで手におえんくて……。無理やり先遣隊の隊長にさせろと言い張ったのじゃ……」
グリムガルドの顔から当時の状況が何となく予想できた。
「あの……そのジャスティスの言った魔族との戦争ですが、本当に魔族が攻めてくるという情報でもあるのですか?」
「何っ! そなたら七星神が、神からの天啓を受けたのではないのか?」
「ああ……やっぱり証拠が無いのか……」
グリムガルドを始め側近やフランツにも動揺が走った。神の啓示だと思って始めた戦争が、何の根拠もなかったでは大問題だろう。
「やはりわたくしの言った通りですわ! お父様!」
その時、どこからか高らかなお嬢様言葉が聞こえた。誰がどう聞いてもお嬢様だ。
ツカツカツカ――
可憐な衣装に身を包んだ金髪の女性が現れる。少し気が強そうな顔をしているが、誰が見ても気品漂う美人だと思うこと間違いない。その場の誰もが、その気品や高貴な佇まいに圧倒されている。
「エルフリーデ……」
グリムガルドが、その女性をエルフリーデと呼んだ。関係からして娘だろう。
「申し遅れました、伝説の七星神の皆様。わたくし、アースガルズ王国第一王女、エルフリーデ・フォン・アースガルズですわ」
エルフリーデが挨拶し、俺の目を見て微笑んだ。
「お、おい、ミウよ、どう思う?」
「要注意人物ですね」
「やはりそうか」
「ですです」
俺の後ろでララとミウがコソコソ話をしている。要注意人物などと言っているが、俺にはそうは見えない。何のことだろう?
そのエルフリーデは王を差し置いて話し始める。
「わたくしが最初から変だと言っていたでしょう。これは国家転覆や簒奪を目論むランブルグ公爵の策略ではないかと」
「しかし、証拠もないのでの……」
エルフリーデの勢いにグリムガルドがたじたじだ。この父親、娘には弱いらしい。
「七星神の皆様、詳しいことはわたくしが説明いたしますわ。どうぞこちらへ」
エルフリーデに促され、別室へと案内される。国王への謁見のはずが、いつの間にか王女に主役を取って代わられてグリムガルドがションボリしている。どこの家庭も、父は娘に勝てないのは同じかもしれない。
◆ ◇ ◆
応接室のような場所に通され、紅茶とお菓子まで出てくる。何やら王女に歓迎されているようだ。
「フランツ、あなたは下がっていていいですわよ」
「エルフリーデ様、しかし……」
エルフリーデが近衛騎士団長のフランツに退室するように言うが、フランツは俺達をチラッと見て何か言いたそうだ。
「フランツ、下がりなさい」
「は、はっ」
エルフリーデの声音が少し低くなる。その迫力に圧されたようにフランツは退室した。
部屋の中に、彼女と俺達だけになったところで、エルフリーデは身を乗り出すようにしながら話し出した。
「ほ、本当に伝説の七星神ですのね? あの神話の時代に描かれた世界の終焉を止める救世主! わ、わたくし、七星神の皆様と出会えて感激ですわ!」
えっ? この王女、テンション爆上げじゃないか。さっきまでとは大違いだぞ。
「ジャスティス様が現れた時は威張ってばかりだし言葉遣いも酷いし、これが伝説の七星神なのかと幻滅しましたが、実はあなた達が本当の七星神ということなのかしら。天界からの使者の中にも、あのような不作法者がいるのですわね」
エルフリーデのマシンガントークが止まらない。きっと、幼き日から王族に伝えられた、古の御伽噺の中に描かれた英雄に会えて興奮しているのだろう。
「あの、エルフリーデ王女、少し聞きたいのですが?」
「はいっ! 何でもおっしゃってくださいまし。あっ、わたくし、年齢は17歳、好きな食べ物はギムレー牛の蒸し煮ですわ。それから、幼き日より御伽噺の英雄に嫁ぐのを夢見ておりまして。きゃっ♡」
ええええ…………。
「ほら、やっぱり要注意人物だったろ、ミウ」
「ですね。むしろ危険人物です。ララさん」
俺の横でララとミウがコソコソ話をしている。ライデンは黙ったままだしミーニャは緊張からか存在感を消してしまっていた。
「あの、エルフリーデ王女、神話のことを詳しく聞きたいのです。この世界に伝わる七星神の伝説を。それと、さきほど王女が申しました、ランブルグ公爵の策略のお話を」
俺は本筋へと話を戻す。王女の結婚願望は俺には関係無いので後にしてほしい。
「あっ、そうでした。わたくしとしたことが。つい、御伽噺の英雄様を前に、心が昂り天界ヴァルハラまで跳ねて行ってしまいましたわ」
面白い姫様だな。御伽噺の英雄って……まるで俺が結婚を夢見た相手みたいじゃないか。まあ、そんなわけないけどな。ははっ。
「では、順を追ってお話しますわね。この世界の伝説と世界の混沌を望む者達の陰謀。そしてこれからのことを」
相変わらずハイテンションのエルフリーデ。そして、俺達は恐ろしい伝説の神話を聞かされることになる。
それは、世界の終焉と人類の滅亡に関わる御伽噺。




